第2話 話さないで

 ヨウヘイは魔法陣と共に消えてしまった。


 離さないで、言ったのに…。でも、ヨウヘイは私の手を離さなかった。それどころか私を庇うように抱き寄せ、私の言う通りにしてくれたのに………。


「高校オカルト消失殺人事件」

「白昼堂々、魔法陣が現れ異世界転移か⁉」

「校舎屋上に儀式の跡」

「女子高生の愛は届かなかった?」

「彼女は置いてけぼり」

「嗚呼‼彼は何処に?」


 マズゴミは連日連夜勝手に面白おかしく騒ぎ立てていた。私の家にも無遠慮に津波の如く押し寄せてきた。


 ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!

 どん!どん!どん!


「トガワさーん!コメントお願いします!」

「一言だけでいいですからぁ!」

「トガワさーん!いるんでしょう⁉」


 私は何も悪い事なんかしていないのに何故、マズゴミは怒涛の如く集団で騒がしく無遠慮に集まるのか。同様の事はヨウヘイの家でもあったと後日ヨウヘイの妹であるユウコちゃんから聞かされた。父は怒ってインターホンをぶち壊してしまった。



 殺人及び死体損壊事件として警察の捜査が続いていた。警察の捜査は、事件当時や加害者生徒の証言は数多くあるものの、殺害方法が例のない奇妙な方法かつ物証が極端に少なく、被害者であるヨウヘイに関する証言は当たり障りのないモノだったから難航しているらしい。一方で加害者側は政治的地位を駆使して色々圧力を警察やマズゴミ、学校にかけているらしい。

 私は最後までヨウヘイと一緒にいたので、マズゴミどもの格好の餌食になっていた。



「いい。あの事は絶対に話さないように。分かっているよね?」

 私はルリナ先輩にチャットで念を押された。あの事件以来、文化祭は当然中止。学校は休校になっている。委員会の活動も見合わせになっている。

「はい。分かっています」

「うん。大変よろしい。一応、警察の偉い人達にも事情を知っている人がいるからあの事は、もう聞かれないとは思うけれど、マズゴミには特に注意してね。アイツら、マジでしつこいから」

「はい…」

「学校も取材自粛を申し入れているようだし、県庁も県警も動くみたいよ」

「そうなんですか?」

「ええ。だってうちの学校、県立高校だし」

「ああ。そうか…」

「それに、パトロンも動いているから、指示があるまで絶対に相手しないでね」

「はい」



 事件から数日たってもマズゴミの暴虐無人な過熱報道は続く。やがて、そうした報道姿勢に対して世間一般から批判的な論調が目立つようになって来た。


「加害者の父親である県議、各方面に圧力⁉」

「息子を悪者にするな⁉」

「警察に事件もみ消しを要求⁉」

「県教育委員会に謝罪要求」

「校長に土下座強要」

「事件の責任を被害者になすりつける」


 ある日。加害者の父親に関する音声データーがマズゴミに流出し、学校関係者から情報を引き出せず手詰まりになっていたマズゴミは、それに飛びついた。この話題は県議会でも取り上げられた。


「ずいぶん、警察や県庁、学校だけでなく報道機関にも圧力をかけているそうですね?」

「ご子息が加害したというのは本当でしょうか?」

「亡くなったとはいえ、ご子息の行いについて、父親として、どう弁明をなされるおつもりでしょうか?」

「政治的、道義的責任は感じないのですか?」

「被害者に事件の責任を押し付けるのは、非常識だと思いますが?」

 県議会で事件対応に関する質問が相次ぐ。


「息子の…プライベートな問題ですので、この場において答弁するのは不適切かと存じます」


「なんだと⁉」

「ふざけるな!」

「そんな答弁がまかり通るとでも思っているのか!」


 県議である父親は事実上の答弁拒否をして県議会は当然の如く紛糾した。自発的に議員辞職をしなかった父親は、所属会派からも、所属政党からも除名されてしまった。県議会では辞職勧告決議が満場一致で可決されて勧告が為された。


 世間の牙は加害者家族にも及ぶ。母親と祖母が著名な教育評論家だった事も災いした。

「今回の、ご子息が引き起こした事件。親として評論家としてどう思われますか?」

「被害者の方にも非があるんじゃないでしょうか?事件はそういうところからスタートしますから」

「ご、ご子息に全く責任が無いとでも仰るんですか⁉」

 テレビ司会者は驚愕する。

「何だ!今のコメントは⁉」

「謝罪もできんのか⁉」

「被害者になすりつけるのか⁉」


 両親の他人行儀かつ無責任な発言に、世間は憤り、テレビ局には抗議電話が殺到する。出版した著作物は出版社の倉庫に返品の山が築かれた。やがて、SNSで呼びかけられた抗議の群衆が加害者宅に押しかけ、警察が出動する事態となった。


 業を煮やしたのは親戚一同も同じだった。

「もう、あんたらは何も話さない方がいいよ」

「しかし…」

「だって、世間の感情を逆撫でしているだけなんだもの」

 親戚一同からも総スカンされる。


「もういい。うちらはあんたらとは縁を切る。もう話す事はない」



 結局数日後、加害者の父親は県会議員をようやく辞職した。母親と祖母は教育者失格の烙印が押され、その理論は子育て失敗理論とか犯罪者育成理論などと世間から批判・嘲笑された。


 彼等はやがて一家無理心中という悲惨な末路を辿る。加害者の自宅は荒らされて無残な姿で晒され、ずいぶん時間が経ってから解体されて更地となった。

 聞く所によれば、親族間で相続の押し付け合いがあったらしい。結局のところ資産が有り余っているのにもかかわらず相続放棄と相成り、それらの資産は全部国庫に収められた。しかし、葬儀は行われず遺骨すら引き取られずに無縁仏として自治体によって保管されているという。



 県立高校殺人事件捜査本部が置かれている警察署内。

「課長。この事件には、どうやらが関係しているらしい」

ですか?」

 署長と課長は年代差があるとはいえ出身県でありについて心当たりがあった。自分達が中高生の頃、耳にした事があった。

「別に、のメンバーがやった訳ではないですよね?」

 課長は署長に念を押す。

「ああ。当然だ。被害者がの看板メンバーだったそうだが…今朝、本部の部長が来て、情報提供者からある情報がもたらされた。この情報をもとに地検とも協議に入る」

「もう、この事件は終わりという事ですね」

「そうだ。管理官にも部長から直接伝えれたそうだ。捜査員達には私から説明する」


 警察は、殺人事件として被疑者死亡で書類送検した。しかし、死んだ確証がなくかつ死体が見つからなかったが、被害者は死亡という事で一件落着させた。事件発生から23日目の事だった。死体損壊容疑については、結局立件できなかった。

 地検も、被疑者死亡により殺人の罪で不起訴処分にしたとの報道が行われた。


 こうして、この事件捜査は終結した。



「よく耐えたわね」

 ルリナ先輩からチャットが来た。

「あっという間でしたね」

「ええ。委員会活動も再開するわ」

「学校が再開したばかりですよね?」

「だからこそ。なのよ」

「はぁ」

「みんなで、フジムラ君の分まで頑張りましょう♡」


 私は、このチャットには返事をしなかった。マズゴミに追いかけ回されているから委員会活動どころではなかった。それでも、ルリナ先輩と連絡を絶やす事はしなかったというよりできる訳がなかった。なによりも味方が欲しかった。私を守ってくれる味方が欲しかった。スーパーヒーローなんかじゃなくてもいいから。

「彼氏彼女、互いにかばい合う!」

「彼だけを行かせない!彼女は魔法陣の中に留まった!」

 そのうち私は何故かマズゴミに“大和撫子の鑑”と激賞されて、さらに追いかけ回されて疲れ果ててしまっていた。


 私への過熱報道が終わったのは、委員会のパトロンである弁護士さんのおかげだった。



                                  つづく

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