はなさないではなさないで

維 黎

静寂閑雅

 ごくごく普通の閑静な住宅街のド真ん中に、中型スーパー並みの敷地を持つ豪邸が建てられた。そこに大富豪が越してきて四年目。

 今年も開かれるイベントが始まろうとしていた。

 越してきた大富豪が近所の方たちへの挨拶も兼ねて、当初行われた引っ越し蕎麦ならぬ引っ越しバーゲン。その大富豪主催のバーゲンセールが恒例化したのだ。

 超高級ブランドのバッグやアクセサリー、衣類などを定価の1/100という破格を通り越して、良い意味で馬鹿格ばかくの値段で提供している。簡単に言えばご近所限定のフリマのようなものだ。

 参加資格は町内会費を払っている町内会員で一家族二人まで。


『さぁ、今年もやってまいりました〇〇町最大のイベント! 第四回【はなさないではなさないで】カップ! 今日というこの日に幸運の女神に微笑まれるのは果たしてどなたなのかッ!!』


 トッププロスポーツチームが所有しているような綺麗に整備された広い天然芝の上に、スーパーなどで見かけるワゴンが置かれている。

 ワゴンの上、中心には複雑に絡み合ったローブの塊が鎮座していた。

 ロープの先は番号札のプレートに結ばれているのだが、今は様子が分からないように白い大きな布がかけられている。そして反対側のロープはワゴンの四方の端にだらりと垂れ下がっていた。その数、数十本。


『ではここでルールを説明させていただきます。見ていただいてわかります通り、ワゴンには参加人数分のロープがあります。皆さまにはこれぞと思うローブを選んでいただきます。ロープの先には商品番号の書かれた札が結ばれているので、その札のロープを引き当てた人に番号の商品購入権が与えられます』


 この場に集まった数十人の住人は、誰一人言葉を漏らさずルール説明に聞き入っていた。


『しかしながら商品番号の札が結ばれていないロープも多数あります。要するに"ハズレ"ですね。さらに一番高額商品の札には二本のロープが結ばれています。この二本のロープを掴んだ人は、お互いに引っ張り合っていただき、自らのもとに引き寄せた方に購入権が与えられます。尚、今年は例年と比べて商品数が少なく、5点のみとなっております』


 住人達から落胆の気配が漂う。


『しか~しッ! 5点すべてが定価100万円以上の物ばかりですッ! 一番の高額商品はヘルメスのバッグ、パーキン30! 190万円相当の品となっておりますッ!」

「190万ッ!? あッ!!」

『はい、田中さん失格ぅぅぅぅ!! 残念ながら参加資格剥奪となります。どうぞ観戦エリアへ移動してください』


 50代と思われる女性が無言のまま地団駄を踏んだあと、同年代と思われる男性をキッと睨みつける。

 男性――田中さんは肩を落とすとスゴスゴと移動する。きっとイベント終了後、奥さんにこっぴどく怒られることだろう。

 田中さんのご主人の失格が確定すると、すぐにどこからともなく黒子が現れ、布の中をごそごそと確認すると、ハズレのロープを一本回収して何処かへと消えて行った。


『――それではルール説明を続けさせていただきます。ご覧いただけたように一言でも話せば失格となります。厳密に言えば声を出した時点で失格です。開始前なら今年と来年度の参加資格剥奪、開始後であれば例え札を引き当てたとしても購入権の剥奪と来年度参加資格剥奪となります。こちらは閑静な住宅街ですので、大きな音をお立てになりますと近所迷惑となります。ですので観戦の皆様方も含めて一言も話さないでお静かにお願い致します』


 全員が無言で頷く。

 観覧席の身内も含めてかなりの数がこの場にいるのだが、異様なほど静まり返ったイベント会場である富豪豪邸の敷地に、キーボードを打ち込むカタカタとした乾いた音だけが聞こえてくる。

 当然、主催者側もマイクなど使って話はしない。

 パプリックビューイングのように大型モニターが設置され、そこに進行役の者がキーボードに打ち込んだ文字が表示されていた。

 

『さぁ、それではお集まりの皆さま、ロープを手にお取りください。その際、まだロープを引きませんようお願いします。こちらのモニターに表示されます合図を見てから引いていただくよう、よろしくお願い致します」


 ザワザワとした騒めき――は全く起きずに、ただ芝生を踏みしめる音だけが聞こえる。


『皆様、ロープはお持ちいただけましたね? ではモニターにご注視くださいませ』


 その一文を最後にしばし画面が真っ黒になり。


 ⑤

 ④

 ③

 ②

 ①


 【START!!】



「!?」

「あぁぁ!」

「くそッ!」

「💕♪」

「🎵」

「ハズレたぁぁ!」

 

 すかさずカタカタカタカタ。


『はい! 近藤さん、古館さん、佐々岡さん、しっかぁぁぁぁぁくぅぅぅぅ!!!』


 言葉を発した三人は慌てて口元を覆うがもう遅い。


『ハズレた方は速やかにこの場から退場してください。お家に帰るまでがイベントです。話さないでお静かに願いし――おおおおっとぉぉ! 今年の対決は二年連続引き当てた今西さんと、去年は資格を剝奪されていた久多良木くたらぎさんだぁぁぁぁ!』


 二人の対決構図にイベント会場の熱気は最高潮に達する。

 ほぼ無音なので伝わりづらいが。


『さぁ、さぁ。ある種今年は絶対に負けたくないお二人の対決となりましたッ! 片や去年の綱引き対決に敗北を喫した今西さん、片や去年は残念ながら観覧席からの応援となった久多良木さん。一体、どちらに軍配が上がるのかッ!! 話した方が負けです! 離した方が負けです! 両者、頑張ってください!!』


 

 ここは閑静な住宅街。

 聞こえてくる小鳥のさえずりが心地よい町。




――了――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はなさないではなさないで 維 黎 @yuirei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ