きっかけのホワイトデー
野森ちえこ
くされ縁
人は他人の秘密や内緒話が大好きだ。そこに色恋がからんでいればなおのこと。
「最新版では、私を一生離さないで——とか、熱烈な告白をしたことになってるらしいぞ?」
「事実無根だ!」
運ばれてきたばかりのワンコインランチ(学生の味方)のメンチコロッケにグサリとフォークをつきたてる。
なにが腹立つって、そんな軟弱なセリフをあたしが吐くと思われていることである。
ほかの女の子とは話さないで、私を見放さないでと泣いてすがった——なんて噂を聞いたときには軽く殺意をおぼえたくらいだ。
なんなんだ。一生離さないでだの、女の子とは話さないでだの、見放さないでだの。『はなさないで』という言葉に特別な思い入れでもあるのか。
「いったの俺じゃないから。そんな睨むな。石になったらどうする。あとコロッケに八つ当たりするな。うまいぞ」
「うん、コロッケうまいね」
つきたてたフォークをくちに運べば口中がしあわせで満たされる。
さすがお店の顔。今日もさくさくジューシー、絶好調にうまい。
きっかけは、おなじ大学の面倒な男子に面倒な好意を持たれたことだった。
きっぱりお断りしたらどこからか噂が広まり、そのときにはなぜかあたしがフラれたことになっていた。
逆恨みによる嫌がらせなのかなんなのか。
あたしをよく知る友人らは、新しい噂が耳にはいるたびに爆笑している。本人とあまりにもかけ離れていて、これはもはやギャグであろうと。
相手が友人ならそれですむのだが、他人はそうはいかない。
初対面であるはずの相手におかしなイメージを持たれるだけならまだしも、あからさまに嫌悪されることも増えている。
そんなことがつづくと、さすがにちょっとダメージをくらってしまう。
「本人を見ようともせずに、噂を真に受けて勝手に嫌うようなやつらは所詮その程度の人間てことだろ。
「おお? どうした
「なにをいう。俺はもともとイケメンだ」
「初耳!」
「有名な話だぞ。おぼえとけ」
まじめな男がまじめくさった顔でそんなことをいうものだから、思わず笑ってしまう。
「よし、笑ったな。では七葉、今日がなんの日か知ってるか」
「え、なにその世の男たちが恐れる、彼女からの質問第一位みたいなやつ」
「ヒント。三月十四日。バレンタインのお返し」
それはもはやヒントではなく答えなのでは。
「ええと……ホワイトデー?」
「正解! ということで、今日はこれからホワイトデーツアーをしたいと思う」
「いや待て。あたしあんたにバレンタインあげた記憶ないんだけど」
斉出とは中学からのくされ縁だけれど、今日まで一度もカレカノになったことはない。
「俺ももらった記憶はないな」
「それでなんでホワイトデーツアー」
「バレンタインをもらっていようがいまいが、今日がホワイトデーであることは間違いないだろう」
「それはそう、かな?」
「それなら俺たちがホワイトデーを満喫してもいいじゃないか」
「そう、なのか?」
「こまかいことは気にするな。カップルだけが注文できるホワイトデー限定スイーツとかたべてみたくないか」
「それは……」
ちょっとたべてみたいかもしれない。
そういえば
バレンタインも人からもらうことを期待するより、自分チョコを喜々として買ってしまうような男だった。
しかしホワイトデーツアーを考えていたにしてはしっかりランチをたべてしまったが、さては……
「いま思いついたんだな、ホワイトデーツアー」
「バレたか。でも問題ないだろ。七葉にも立派な別腹がついているのは知ってるぞ」
それは否定できない。
まあいいか。なんか、斉出と話しているとクサクサした気分がどうでもよくなってくる。
「オッケー。どこから行く?」
スマホをとりだし検索してみると、近くにさっき斉出がいっていた『カップルだけが注文できるホワイトデー限定スイーツ』をだしているカフェがみつかった。
「ここ?」
「そうそう。きのう通りかかったときにチラシ配ってたんだ」
「へえ」
「あと駅前のショッピングモールでもホワイトデーフェアやってる」
「さすが、よくリサーチしてるねえ」
「今日は七葉がいるから、男ひとりじゃはいりにくい店にもチャレンジできるな」
この日をきっかけに斉出とカレカノに——なんてことにはもちろんならなかったけれど、斉出のスイーツめぐりには時々つきあうようになった。
おかげで三キロ太った。
現在ダイエット中である。
(おしまい)
きっかけのホワイトデー 野森ちえこ @nono_chie
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