はなさないで

「はなさないで」

 薄紅色の唇が、俺の耳元でそう告げた。

 色めき立つ声、抱きしめるたびに強くなる彼女の香り。首筋にでも顔を埋めて口付ければ、五感の全てが彼女で埋め尽くされた。


 寝室で、二人だけの時間。

 付き合ったばかりというわけでもない。

 久しぶりに会ったというわけでもない。


 ただその日は、甘えたい日というだけ。

 強いて言うなら、今日はホワイトデーというぐらいだ。


 ◇


 バレンタインのお返しにデートをして、最後に部屋でまったりと寛いでいた。

 最初は、ソファーで映画を見ていただけ。でも途中から、彼女がちょっかいを出してきて、首筋にキスをされた。

 最初は映画の集中するをしていた。それでも彼女は気にせず続けて、鎖骨や筋辺りばかりのキスは、徐々に上へと移動して。気づいたら、耳のすぐ下まで迫っていた。

 そのまま、頬へと移動した彼女は、頬や目尻、更には口の端へと、キスの雨を降らせて好き放題だった。


 けど、決して口にはしてくれない。

 自制が効かなくなったのは、俺の方だった。


 そのまま彼女の体ごと引き寄せて膝に乗せ、彼女の顔を両手で捕まえて唇を重ねた。

 

 何度も、何度も。


 段々と深くなるそれに、互いにのめり込む。

 互いにはなさないと言わんばかりに抱きしめあって、甘い空気に酔いしれる。


 唇に距離ができた時には、彼女の顔はのぼせ上がったように上気して、物足りなさそうな顔で俺を見ていた。


「寝室、行く?」

「映画は良いの? 見たかったんでしょ?」


 物足りなさそうな顔をしながらも、彼女が意地悪く呟く。すぐに反応しなかった事を根に持っているらしいが、勝手にやらせておくのも案外楽しいのだと知って欲しい所だ。

 

「今更だと思うけど」


 そう、今更だ。もうどこまで見たかも思い出せない内容に、興味は失せていた。

 この状況で彼女を選ばないと言う選択は無い。


 ◇


 薄暗いベッドの上で、彼女と抱きしめあったままキスを繰り返す。


「はなさないで」


 彼女の甘い声が、俺の理性を溶かしていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はなさないで @Hi-ragi_000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説