第18話 これからを楽しむ

 ――僕の最期は、鬼や悪霊との戦いじゃない。

 数十を超える術士に囲まれ、呪い殺されるというものだった。


『君が調伏ちょうぶくした悪鬼羅刹あっきらせつ、封印した神器じんきは……究極の兵器だ。世界は君がいるだけで、我が国を敵とみなす』


 それが、政府高官から伝えられた決定事項だ。

 僕よりずっと年上であるはずの男は、僕と一度も目を合わせようとしなかった。


『すべての悪と闇、業を体に封じ込めた君には、死んでもらわないといけない』


 目を合わせるだけで呪われると思っているのか、はたまたこんな死に方をする僕に、心の底から同情してくれているのか。


『我々の身勝手を許してくれ……君に頼み込んだのは、政府だというのに……!』

「いえ、構いません。僕のさだめは、僕自身が一番よく知っています」


 高官の肩を叩き、僕は複雑な記号を組み合わせた陣の中央に立つ。

 僕を囲む術士はいずれも、呪術や陰陽道に長けたその道のベテランだ。


『やっと死ぬのか、あの怪物は』

『あいつの目を見たことあるか、気味悪いぜ』


 誰も同情しない。

 誰も憐れまない。


『陰陽師じゃない、あいつこそが鬼そのものだよ』

『もう必要ない』

『死んでしまえ』


 だって僕は、最初から闇を祓うためだけに生かされた道具だったから――。


「――そして僕は、死んでこの世界に蘇った。信じられない話だろう?」


 話を終えてコートニーを見ると、彼女は肩を震わせていた。


「……いえ……ユーリさんは冗談でそんな話をしないって、分かります……辛く、なかったんですか」

「辛くないって言えば、嘘になるかな」


 呪いで体を粉々にされるのはどうでもよかった。

 悪霊や悪鬼、邪霊との戦いで何度か死にかけたし、死よりも苦しい痛みを味わった経験もあるから、今更肉体をどうこうされるくらいじゃなんとも思わない。


「誰もが僕を恐れていたのも知ってたから、こうなるんじゃないかって想像はついてた。逃げることも、戦うこともできたけど、結局どうしようが僕には自由がない。待つのは永遠に追われ続けて、誰も信用できない未来だけだ」


 本当につらいのは、生き続ける先に希望がないと知ってしまうことだ。

 隣で複雑な顔をするアクラだけを頼りに、無限に戦い続けることを、僕は恐れた。


「自由がないのは、何よりも辛い……だから、自由な死を選んだんだ」


 どこにも味方がいない世界でただひとり戦い続けるのだと想像した時点で、僕は死んだ方がましだと確信したよ。

 もし、政府高官から「まだまだ生きていてほしい」と頼まれても、自分の行く末を悟ったなら、どこかで殺してほしいと頼み込んだだろうね。

 しかも今回の場合は、生まれ変わった方がハッピーなんだよ。


「ま、結果として転生して、こっちの世界で自由を得られたんだけどね。冒険者にもなれたし、アクラも無事についてきてくれたから、最高にラッキーだ!」


 家族に愛され、ファンタジー世界を満喫して、陰陽道まで使える。

 ここまで恵まれたなら、はっきり言って死んでよかったって心から言える。


「だから、寂しさなんてちっとも――」


 そういう意味も含めて、僕は軽い口調で話してたんだけど、不意に口を閉じてしまった。

 なぜなら、コートニーが大粒の涙をボロボロとこぼしていたからだ。


「コートニー!?」

「どしたん、コトぽよ!? お腹痛いん!?」

「ぐす、ち、違うんです……」


 涙も鼻水も拭おうとせず、コートニーは僕を見つめた。


「死ぬしか自由になれなくて……誰も信じられないなんて、そんなの……」


 彼女はただ、残酷な死を恐れたんじゃない。


「ぞんなの、あんりじゃないでずがぁ……!」


 僕の境遇を、つらく想ってくれているんだ。

 そう分かった途端、今まで何とも思わなかった前世での最期に、僕は初めて意味を見いだせた気がした。

 ああ、そうか。

 僕は、僕のために涙を流してくれる人が、ほしかったのかもしれない。


「……人のために泣いてくれるんだね、コートニーは」

「だ、だっで、だっで……ゆー、ゆーりざんが、がわいぞ、がわいぞうで……」


 コートニーは泣きすぎて、ちゃんと言葉すら発せていない。


「ゆーりざん、どっでも、やざじぐで、がっごよぐで……もっと、もっど……じあわぜになってほじいんでず……!」


 そこまで僕を大事に想ってくれる彼女に、自分の気持ちを隠しているのは失礼だ。


「……コートニー、ひとつだけ、君に伝え忘れてたね。僕は転生して、君みたいな優しい子に出会えたのがとても嬉しいよ」


 彼女の肩に手を乗せ、涙を拭ってあげる。


「君が今、僕のために泣いてくれた分だけ、僕は君の夢を後押ししてあげたい。僕の胸が温かくなった分よりもずっと、もっと、温かくて楽しい気持ちになってほしいんだ」

「ユーリ、はっきり言ってやんなー?」


 アクラにも背中を押され、僕はコートニーの顔を覗き込んだ。


「泣かないで、コートニー。君がいてくれるだけで、僕は幸せなんだ」


 素直な気持ちを伝えると、彼女が顔を上げる。

 腫れぼったくなった目も、赤くなった頬も、すべてが愛らしくてたまらない。


「君さえよければ――僕らと、冒険者パーティーを組んでほしい」

「……!」


 そんな彼女だからこそ――僕は、一緒に異世界を歩みたい。

 コートニーは少しだけ驚いたように目を開いてから、小さく頷いてくれた。


「明日から、一緒に頑張ろうね」

「……はい……」

「金等級になる夢、きっと叶えようね」

「……はい、はい……!」


 酒場のどんちゃん騒ぎの中、僕はコートニーを静かに抱きしめた。

 彼女のぬくもりは、前世のどんなものよりも、僕の心を温めてくれた。

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最強陰陽師、異世界に転生する~陰陽道と呪術があれば、冒険者生活も楽勝です~ いちまる @ichimaru2622

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