第17話 コートニーの昔話

「わはははは!」

「乾杯!」

「かんぱーい!」


 その日の夜、ギルド横の酒場『牛のゆりかご』は信じられないほど賑わっていた。

 何故かっていうと、ギルド中の冒険者が集まって酒盛りをしているからだ。


「ベルヴィオから悪者を追っ払ってくれた、ユーリさんに乾杯ですーっ!」

「あ、あはは……」


 冒険者だけじゃなくて受付嬢やギルドのスタッフまで集まって、コートニーの乾杯の音頭の通り、町に平和がもたらされたのを祝っているんだ。

 おまけにオーガスタスとカーミラを倒した僕は、冒険者にもみくちゃにされてる。

 前世じゃろくにお酒を飲まなかった自分としては、この酒の匂いと騒がしさは、正直あまり好きじゃないかも。


「いやはやまったく、お前さんは大した坊主だな!」

「オーガスタスってのは警邏けいら隊でも手に負えない乱暴者で、いい加減王都から騎士を派遣してもらおうかって相談してたんじゃよ!」

「あいつの仲間もすっかり逃げたみたいだし、ベルヴィオは安泰ね!」


 それでも、こうして感謝されるのは悪い気はしない。


「本当にすみませんでした、ユーリさん。呪詛師を追い払えるほどの実力者に、冒険者としてやっていけるのかなんて聞いてしまって……」

「あ、いや、気にしないで。僕みたいな子供じゃあ、そう思う方が当然だよ」


 受付嬢にぺこぺこと頭を下げられると、流石に困っちゃうけど。


「そうそう! ユーリはあたしの自慢のご主人だぞ~っ☆」


 僕がオレンジジュースのような飲み物に口を付けようとすると、今度はアクラが僕に覆いかぶさってきた。

 鬼の口からは、酒と果実の匂いが漂ってくる。


「ちょ、ちょっと! アクラ、まさかお酒を飲んでるの!?」

「飲んでにゃ~い☆」

「飲んでるじゃん、しかもたるごと!」


 アクラの後ろに転がる大樽の中身は、間違いなく果実で作ったお酒だ。

 おまけに相当な早さで飲み干したみたいで、周りの冒険者がドン引きしてる。


(鬼の中じゃあずっとお酒に弱いんだから……しばらく飲ませてなかったのもあるけど、鬼ってのは人の形になると、こうなるのかなあ)


 鬼はお酒に強いとは言うけど、限度はあるものだ。

 で、酔っぱらったアクラは、前世でも僕にウザ絡みしてきたものだよ。


「あんな美人のメイドがいるってのは……」

「な、羨ましいよな……」


 あの時と違うのは、美女ふたりが僕にべたべたとくっついてくるのを、遠目に羨望せんぼうのまなざしで見つめてくる大人の冒険者がいることだ。

 しかもあっちはスキンシップに遠慮がないから、柔らかいところが全部当たる。

 どこかって、あの、言わせないでください。


「――と、ところで! コートニーはどうして、金等級の冒険者を目指してるの?」


 この状況をどうにかしようと、僕はコートニーに話を振る。

 さいわい、ふたりの関心もそっちに映ったみたいだ。

 コートニーはというと、ちょっぴりうなってから言った。


「ええと……私のパパは、金4等級の冒険者だったんです! アーロン・グリムって、王都のギルドでは有名だったんですよ!」


 ああ、そういえば父親が冒険者だって言ってたね。


「でも、ある日急にいなくなってしまって……それでベルヴィオに来たんです!」


 ということは、父親がいなくなったのもわりと最近なのかな。

 なんだかいい話の雰囲気なのに、後ろでまだアクラがジョッキで酒を飲んでる。

 どうして分かるかって、「ゴッゴッゴ」と、酒がのどを通る音が聞こえるんだよ。

 雰囲気ぶち壊しじゃないか。


「私、きっと金等級になって、王都でも有名な冒険者になります! そうしたら……いつか、いつか必ず、パパが私の名前を聞いて、会いに来てくれると信じてます!」

「ヤバい、コトぽよの話マジ泣けるわ~」


 コートニーの話を聞いて、後ろでアクラが涙と鼻水を流す。

 本当に話を聞いていたか怪しい彼女のリアクションは置いといて、彼女がなかば無謀ともいえるクエストに挑んでいたのは、父親との再会って目的があったからだね。


「コートニーは、お父さんが大好きなんだね」

「はい、大好きです!」


 にっこりと笑った彼女は、不意にちょっぴり目を伏せた。


「でも……パパと同じ匂いがするユーリさんも、私は……」


 もごもごと話すコートニーの頬と耳が、わずかに赤くなる。

 この世界じゃ18歳でもお酒が飲めるみたいで、彼女もさっきからちびちびと果実酒を口に含んでたし、酔っちゃったのかな。


「どうかした?」

「な、なんでもないです!」


 念のために聞いてみると、今度は顔をばっと上げて、真っ赤な顔で手をぶんぶんと振る。


「ユーリのフラグの折り方、呪術かなんかじゃね?」


 様子が変なのはコートニーだけじゃない、後ろでため息をつくアクラもそうだ。


「アクラまで、どうしたのさ?」

「な、なんでもありません! そうですよね、アクラさん!」

「そーそー、なんでもないなーい☆」


 鬼ギャルメイドがこう言ってるとき、絶対何かあるときなんだけどなあ。

 僕が首を傾げていると、今度はコートニーの方から話を逸らすように口を開いた。


「じゃあ、私も聞いてもいいですか? ユーリさんの……あっ」


 でも、すぐに手で自分の口を塞いでしまう。

 何を聞こうとして、何を思いとどまったのか、僕にも察せた。


「……僕の昔話を、聞きたかったの?」


 僕に聞きづらい内容なんて、それしか思い浮かばない。


「いえ、あの、違うんです! ユーリさんがアシュクロフト家から追放されたなんて、つらい思い出なのに……すっかりお酒で気分がよくなったからって、本当にごめんなさい!」


 ほとんど泣きそうな顔で謝るコートニーに対して、僕は首を横に振った。


「……気にしないで。追放はあくまで掟によるもので、屋敷の人はいい人ばかりだよ」


 表向きには、僕はアシュクロフト家の厳しい掟のもと、追放に至った哀れな貴族の子供だろう。

 けど、さらにさかのぼれば、もっといろんな思い出がある。

 といっても、陰陽師の昔ばなしなんてろくなものじゃないけどね。


「皆は酒盛りに夢中みたいだし、ちょうどいいか」


 他の冒険者やギルドのスタッフがわいわいと騒いでいるなら――ついでに、相手がベルヴィオで一番信頼できるコートニーなら、僕の真実を話してもいいかもしれない。

 アクラを一瞥いちべつすると、彼女も了承したように頷いてくれた。


「僕の昔話は、ここだけじゃない。もっと昔にさかのぼるんだ。忘れられない記憶さ」


 信じるか信じないかはともかく、僕は話し出す。

 語るのと同時に、前世の冷たい記憶が呼び起されてゆく。

 あの世界で僕は山ほどの人を救い、たくさんの邪鬼を滅し、数えきれないほどの闇と悪とごうはらった。


 そんな僕が、周りからどう思われてたかって?

 簡単だ。


「特に、最後の会話は覚えてるよ――僕に死んでほしいって言った、あの人の顔は」


 誰もが僕のことを、いなくなってほしいと思ってたよ。

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