第16話 本物の『呪い』

「な、なんだこりゃあ……!?」

「ちょっと、出しなさい! どこなのよ、ここは!?」


 わめくオーガスタスとカーミラを、はすの花の上に立つ僕が見下ろす。

 ふたりを閉じ込めた箱は、何度叩いても蹴ってもびくともせず、どこまでも暗い深海が続くような空間の中に浮かんでいる。


「僕が創り出した結界の中だよ。華の中に、さっき使った蛇の呪いのエネルギーを充満させて、君達を閉じ込めてるんだ」


 当然だ、その箱は僕の霊力をもとにしたおりなんだから。


「でも、それだけじゃない。僕の霊力も使って、何倍にも力を活性化させてる」


 箱の周りを這う蛇にも、彼らは気づいていないだろうね。


「ちなみに蓮華れんげの中の世界は、時間と空間の法則を無視する。君達が感じる1時間も、1日も、1か月も、1年すらも本来の世界じゃ一瞬に満たない……」

「わけわからねえよ、クソガキ! ぶっ殺すぞ!」

「ふざけたことしてんじゃないわよ!」


 だって、僕の話を聞かないで、ぎゃあぎゃあと叫んでばかりなんだもの。

 このに及んで、まだ僕をどうにかできると思い込んでるのか。


「立場を理解していないんだね。バカさ加減が、いっそすがすがしいよ」


 僕は罵詈雑言ばりぞうごんを飛ばしてくるふたりに向かって、静かに指を鳴らした。


「じゃあ、説明はここまで。ここからは――本当の呪いを味わえ」


 その途端、合図を待っていた黒い蛇が、一斉に箱の中に潜り込んだ。


「「ぎゃああああああああああッ!?」」


 何が起きているかなんて、決まってる。

 100、200、もっとたくさんの黒い蛇の呪いが、ふたりを食い散らかしているんだ。

 オーガスタスはともかく、カーミラはまさか自分の蛇にこんな襲われ方をするなんて予想もしてなかったのか、とんでもない悲鳴を上げてる。


「蛇の呪いってだけあって、殺し方のレパートリーは豊富なんだね。締め付けて苦しめるだけしか使い道を見つけられないなんて、君は呪いを使うのがヘタだよ」

「ぎょっごおおおおおおお!」

「ひぎいいいいいいッ!」


 自分でやっておいてなんだけど、肌を食い破り、体に入っていく黒い蛇の群れというのは、なかなか凄まじい光景だ。

 もしもコートニーが見てたら、泡を吹いて気絶してるに違いない。


「あああああああ!」

「ごろじで、ごろじでえええええ!」


 ありゃ、とうとう自分から死を懇願こんがんし始めた。

 頭も胸も、全身のありとあらゆる穴から蛇が飛び出てる状況なら、確かにいっそ死んだ方が楽だと思うよね。


「言っておくけど、死にたくても死ねないよ。ここに“死”なんて概念はないから」

「「おごごごごごごごご!?」」


 死ねないと分かったふたりの体を、蛇が覆い尽くす。

 助けを求めるように伸びた手が、だらんと垂れ下がったのを見て、僕はお仕置きが十分だと判断した。


「……うん、そろそろいいかな。出してあげるよ」


 そしてもう一度指をパチン、と鳴らすと、結界が解けて元の世界が戻ってきた。

 結界空間での10分だとか1時間だとかは、僕達がいる本来の世界の時間で換算かんざんすれば1秒どころか、その半分にも満たない。

 つまり、僕の前で蓮の花から吐き出された悪党は、はたから見ればまばたきの間に骸骨がいこつみたいなありさまになっちゃったわけだね。


「あへ、はへ、はへ」

「いひ、ひひ、ひひ」


 屈強な体躯たいくも、妖艶ようえんな体つきも、どちらも今や空気の抜けた風船のようだ。


「ど、どうなってんだ?」

「あいつら、骨と皮だけじゃねえか……」


 周りの冒険者達が顔を見合わせて首を傾げる中、僕はふたりに問いかける。


「さて、ちゃんと反省したかな?」

「はひ、はい」

「もう二度とここに来ないし、悪さもしない?」

「ひ、はひ、ひ、ひいぃ」


 うーん、返事がてきとうだなあ。


「し な い よ ね ?」

「「はいいいいいッ!」」


 もう一度笑顔で念を押すと、ふたりは狂ったように頷いた。


「じゃあ、ベルヴィオから出て行くんだ――今すぐに」

「「あ、ああ、ああああああーッ!」」


 そして少しだけトーンを落として脅してやると、恐怖に染まった形相ぎょうそうとガリガリの体とは思えないほどの速さで、町の外へと逃げ出していった。


(まあ、半日ほどで体に残った蛇の呪いが暴れ出して死ぬけど。カーミラはなんとかできるとしても、オーガスタスは助からないだろうね)


 あれだけの力が残ってるなら、人目につかないところまで行ってくれるはず。

 その方が、誰も死骸を見ないでくれてありがたい。

 とりあえず悪党を退けた僕のもとに、アクラが駆け寄ってきた。


「お疲れちゃん、ユーリ! あいつらも呪いで戦おうなんて、バカすぎっしょ☆」

「そうだね、呪詛返じゅそがえしが通用してよかったよ。でも……」


 呪いを弾けるのは当然だとして、僕がちょっぴり心配していたのは、町の皆の反応だ。

 誰もが、何が起きたのか分からないような、恐れているような、複雑な顔なんだ。


「こんなのを見せたら、怖がるのも無理ないね」


 前世も現世も、どこでも誰でも、呪いを見た人間のリアクションは同じだ。


「……ユーリさん……」

「ごめんね、コートニー。皆を怖がらせたし、僕らはベルヴィオから――」


 だから僕は、冒険者の資格を返上して、町を出て行くつもりだった。




「――すごい、すごいですーっ!」

「すぐに出て……あれ?」


 顔を上げたコートニーが、僕を尊敬のまなざしで見ているのに気づくまでは。


「オーガスタスと呪詛師を一緒にやっつけるなんて! やっぱり、ユーリさんはすごいです、とってもすごくてすごいです!」


 しかも、目を輝かせてるのは彼女だけじゃない。

 オーガスタスにやられた冒険者や受付嬢まで、僕の周りを囲んできたんだ。


「まさか呪詛師を倒せるほど強いとはな!」

「坊主、本当にジョブなしなのかよ!?」

「信じられません、オーガスタスを町から追い出してくれるなんて……」


 どうやら僕がとんでもない呪術を使ったことより、オーガスタスという大悪党を町から追い払ってくれたことの方が、皆にとってありがたいみたい。


「よーし! 厄介者がいなくなったお祝いに、今日は酒場で飲み明かすぞーっ!」

「「よっしゃーっ!」」


 それこそ、僕を囲む冒険者達が、祝杯をあげると騒ぐほどに。

 さしずめ僕は、意図せず街を救ってしまった正義の味方――なのかな?


「なんかイイ感じに話が進んでんじゃん、ユーリ☆」

「ありがたいけど、複雑だなあ……ははは……」


 耳打ちしてくれたアクラの言葉に、僕は困った笑顔でしか返せなかった。


 でも――不思議と、悪い気分じゃなかった。

 だって、僕を守ってくれた皆を、僕の力で守ることができたんだから。

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