第15話 人を呪わば穴ふたつ
「じゅ、
褐色の女性のジョブを聞いた途端、コートニーが吐きそうな顔でうろたえだした。
「おふたりも、ユーリさんを止めてください! 【呪詛師】のジョブは人を苦しめて、呪い殺すことに
その理由は、彼女が教えてくれたジョブの持つ力にあった。
ふむ、元居た世界でいうところの
懐かしいね、僕も何度か戦った経験はあるよ。
「あの人も知っています! カーミラっていう、お金をもらえば誰でも呪い殺す、南の冒険者ギルドで危険人物に指定されてる人ですよ!」
「まさか、あの殺し屋カーミラ!?」
「だったら危なすぎるだろ! 坊主、今すぐ逃げるんだ!」
おまけにあの女性は悪名高いのか、名前を聞いて、他の冒険者ですら距離を取る始末だ。
「えらく物知りじゃねえか、グリム!」
そんなさまを見たオーガスタスがゲラゲラと笑った。
「そうとも、俺とこいつは少し前にビジネスパートナーになってな! 気に入らねえ奴がいたら呪い殺してやろうと思ってたんだよ!」
「うう……こんなことをすれば、冒険者の資格をはく奪されて、お尋ね者ですよ……!」
「知ったこっちゃねえなあ! もともと冒険者なんてお遊びでやってたんだ、こうなりゃ犯罪者でもなんでもなってやるぜ!」
か細い声を漏らしながら立ち上がる受付嬢に向かって、オーガスタスが
雇われた呪詛師も、お尋ね者になるなんてちっとも恐れていないみたいだ――あるいはもう、とうの昔にお尋ね者になっているのかも。
「カーミラよぉ、報酬は弾むぜ。あのガキだけじゃない、後ろの女も呪ってやれ」
肩に手を回されたカーミラが、先が分かれた舌をちろちろと出す。
「一応聞いておくけど、あの貴族の子供は、実家が報復なんてしないわよね?」
「安心しろよ。あいつは実家から放り出された出来損ないだ。大方、あの後ろの女どもに守られてねえと何もできない、ジョブなしの勘違いヤロウだぜ」
「ふうん、だったら遠慮なく呪えるわね」
歩いてくるカーミラを見て、コートニーがいよいよ僕の前に躍り出ようとした。
「も、もう見てられません! こうなったら、さっきみたいにこの剣で……」
考えはないけど、とにかく俱利伽羅剣を抜いてどうにかしようと思う気持ちは嬉しいな。
だけど、今回は龍を放って気絶する必要はないかも。
「コトぽよ、なんもしなくていーよ」
「アクラさん!?」
僕の考えを代弁するように、アクラがコートニーの裾を掴んで止めてくれた。
彼女の表情を見て、不安げながらも彼女は剣の柄から手を離した。
アクラに心の中でお礼を言いながら、僕はさっきからずっと挑発してくるオーガスタスとカーミラの要望通り、すたすたと前に出る。
「あら、逃げないのかしら? 【呪詛師】の恐ろしさを知らないの?」
「呪いの恐ろしさは知ってるよ。それと同じくらい、呪いを破られる恐怖も見てきた」
舌を揺らして笑うカーミラは、きっと呪いでひどい目にあったことがないんだろうね。
黒衣の中の、露出の激しい衣服から見える肌がきれいすぎる。
本当に呪術に精通しているなら、少しは呪いの攻撃や反撃を受けた
達人クラスになると、皮膚に肌色が残っていない人だっている。
それがないというのはつまり、呪いで痛い目を見ていない証拠だ。
「『人を呪わば穴ふたつ』。あまり呪いを過信していると、怖い目に遭うって教えてあげるよ」
要するに、ザコ狩り専門のアマチュアってわけだね。
「ジョブも持たない子供が、ほざいてなさい!」
彼女は指で空に何やら文字を描き、むにゃむにゃと呪文を唱える。
あくびが出そうな動きを待ってあげているうち、カーミラの指先から何かが飛び出した。
黒く、細長く、舌を這わせながら迫ってくるのは、何匹もの黒い蛇だ。
「邪悪な魔力を練り込んだ呪い『
うん、蛇を呪いに使うのは
様々な呪術や
僕も陰陽師になる道を選んで間もないうちは、蛇をモチーフにした呪術を使ってた。
「ふーん、そっか――」
だからこそ言える。
迫りくる蛇を見て、周りの皆は逃げろとか叫んでるけど、その必要はまったくない。
だって――こんなもので僕を呪えるなんて、ありえないからだ。
「――つまらないね」
僕が足でとん、と地面を鳴らすと、足元まで来ていた蛇がぴたりと止まった。
「……へ?」
「おい、どうなってんだァ! 蛇が止まっちまったぞ!」
オーガスタスの怒声が聞こえなきゃ、カーミラも呆けたままだっただろうね。
お金をもらってる立場の
「だったら、こっちはどう!? 『
おっと、カーミラがもう一度指で印を描いて、新しい蛇を繰り出してきた。
今度は僕の足元で止まっている蛇よりもずっと大きい、アナコンダのような
牙が僕に届く前に、手を軽く叩いてやると、大蛇も
いよいよ何が起きているのか理解できなくなったみたいで、隣にいるオーガスタスどころか、カーミラも余裕のない表情で後ずさりを始めた。
「……な、なにをしたの……!?」
「なにをしたかって、これから教えてあげるよ」
当然、逃がすわけがない。
僕の意志を具現化するように、黒い蛇達がにょろにょろと集まり、別の形を作り上げる。
「呪いをより強い呪いや術で弾き返す……『
息を呑むコートニーや街の人々の前で、黒い蛇が白い花へと変わる。
ゆらゆらと宙を漂いながら、滝のような汗を流す悪党へと近寄ってゆく。
「どちらにしろ、呪いを名乗るにはあまりにお粗末だ。人を呪うってのは――こうやるんだ」
オーガスタスとカーミラが逃げようとするより先に、白く大きな蓮の花が開いた。
そして、たちまちふたりは花弁の中に呑み込まれてしまった。
「「わぶッ」」
じたばたともがく人間の足が見えなくなるのと同時に、僕もゆっくりと目を閉じる。
「
小さく呟き、もう一度目を開いた時――オーガスタスとカーミラは、深い海のような空間で、黒い半透明の箱の中に閉じ込められていた。
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