ぺりぺりぺりぺり

志波 煌汰

ささくれは剥かない方が良い。

 触らない方がいいのは分かっていた。

 でも、分かっていることと実際にそれをやらないってのは、また別の話だ。


 何のことかって? 大した話じゃない。ささくれだよ、ささくれ。爪の周辺に出来るあれさ。

 知ってると思うけど、あれは剥かない方がいい。無理に剥こうとすると出血するし、表皮が剥げて真皮が露になる。感染症の原因にもなりうるし、悪化すると化膿して面倒なことにもなる。それに、指先ってのは神経が集中してて鋭敏だから、大したことのない傷でもやたらに痛い。剥いてどうにかするっていうのは百害あって一利なし、だ。どうしても気になるなら、爪切りとか小さなハサミで根元からカットしちゃうのがいい。


 そう、分かっていた。分かっちゃあいたんだ。

 でも分かっていてもどうしても気になって、触っちゃうんだな。

 あれは何なんだろうね? 触らずにはいられない、ささくれってのは……。もしかすると、何らかの魔力でも帯びているのかもしれないね。

 うん、本当にそうかもしれない。だからきっとこんなことになってしまったんだ。


 先ほどからこんな話をしていることからお察しの通り、指にささくれが出来てしまってね。

 で、まあこれも分かると思うけど、ついつい剥こうとしちゃったんだな。

 手元に爪切りの類がなかったから、横着しちゃってね。

 それがいけなかったんだな。


 別に無理に剥こうとして思ったよりも血が出たとか、痛い思いをしたとかそういう話じゃあないよ。

 というかその逆。驚くほどにするりと剥けた。

 ひっかかりも痛みもなく、するりと。

 ぺりぺりって、音を立てながら。

 例えるならあれだな。チョコレート菓子なんかで、箱がフィルムで覆われてるやつがあるだろ? そうそう、ピーナッツとかキャラメルがチョコで包まれてる、ボール状の奴とか。あれのフィルムを剥くような、そんな感じだったな。いっそ気持ちよくなるくらいさ。


 それで、結構……1センチくらいかな? 剥けたんだけど根元から千切れることはなかった。

 いや、千切ろうと思えば千切れたのかもしれないな。あれくらいの長さがあれば。

 でもなんだかそういう気分にならなかったんだよな。なんでだろ?

 あんまり綺麗に剥けすぎたせいかな。面白くなっちゃって。

 どこまで剥けるかなーとか思って、そのまま剥き続けちゃったんだよね。

 やめときゃいいのにね。真皮も見えてるんだから。

 痛くないからって、問題ないわけじゃないのにね。


 そのまま引っ張っていったら、面白いくらいするすると向けていったよ。

 全然止まらなかった。そう全然。

 気づいたら指を越えて、手の甲のあたりまでつるんと剥けてたよ。

 最初と変わらず、特に痛みなんてなくてさ。

 流石にその頃にはなんかおかしいなと気づいてはいたよ?

 いや、なんかじゃなくて明確におかしいんだけど。

 普通、ささくれがここまで剥けることって、ないよねえ。

 でも止まらなかった。

 ぺりぺりぺりぺり、音を立てながら剥いていってさ。

 腕も越えて、肩のあたりまで行ったかな。

 指先から肩まで、まるで一直線に線を引いたみたいに真皮が露出してさ。


 もう絶対にやばいんだよ。

 明らかに異常事態だよ。

 それでも止まらなかった。

 止まらなかった、っていうのは、最初の方で言った「やめられなかった」の意味じゃないよ。

 もうそういう段階じゃない。

 ささくれの方から――ここまで来るともうささくれと言っていいのかも分からないけど――勝手に剥けていくんだ。

 ぺりぺりぺりぺり。

 もう止まらない。

 そのうちとうとう体中の表皮が剥けちゃってさ。

 まるでナイフで上手に皮むきしたリンゴだよ。

 それでも止まらない。

 ぺりぺりぺりぺり。

 体が少しずつ、一本の長いささくれになっていく。

 毛糸の玉を解いていくみたいに。

 ぺりぺりぺりぺり。

 自分の体が人間の形をなくしていくのを、他人事みたいに見ている。

 ぺりぺりぺりぺり。

 ぺりぺりぺりぺり。

 ぺりぺりぺりぺり、ぺりぺりぺりぺり……。


 そして出来上がったのが、今キミの目の前にある、さ。

 いきなり変な紐の集合体みたいなのに話しかけられて驚いたと思うけど、これでも元は人間だったんだよ。分かってくれるかい?

 まあ、きっとそのうち分かってくれるだろうね。


 それでさ、恐ろしいのはってことなんだ。

 聞こえるかい? ぺりぺりぺりぺりって。

 僕を全部剥き終わっても、まだまだささくれは繋がっているんだ。

 どこにっていうと、よく分からないけど。

 多分、大地かな。

 大地っていうか、地球?

 ぺりぺりぺりぺり。

 音を立てて、地球の表面が剥かれているんだよ。



 なあ、これどこまで剥けるんだろうね?

 全部剥き終わったら――そしたら、どうなっちゃってるんだろうね?



 ぺりぺりぺりぺり。

 聞こえているかい?

 いまいち分からないな。

 キミももう、耳のあたりまで剥き終えられちゃってるみたいだからね。


(了)

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