ささくれ

ナナシリア

ささくれ

「心がささくれてるっていうのはね、辛いって感じてる証拠なんだよ」


 心がささくれたった俺を落ち着けるかのように、あの人はそう言っていた。


「木のささくれに触ったらいたいよね。指がささくれたときも痛いじゃん」


 わかるようでわからない例えに、俺は首をかしげた。


「木のささくれは触ったことないですけど」

「あれ指に刺さって痛いんだよ」

「なんとなく想像はつきます」


 なんの話だっけ。


「自分でささくれに対処するのって、難しいんだよ。指のささくれ剥がそうとしたら超痛いじゃん。ささくれは自然に消えるのを待つしかないの」


 それと同じように、心のささくれを自分でどうにかしようとしても余計悪化するだけ、と彼女は言った。


「でも、竹刀のささくれは剥がして削らないといけない」


 あれ削るっていうのかな、とその光景を脳裏に思い浮かべる。


「他人が対処してあげないといけないんだよ」

「まあわからないでもないような」

「つまり、お姉さんが君の心のささくれを癒してあげまーすってことね」


 あなたといるときは心のささくれなんて元からなかったように思えるほど、心が落ち着いてるんですよ。


 気恥ずかしくて、どうにも直接は言えない。


「ありがとうございます」


 ただ、そっぽを向いて素っ気なくそう言うだけ。


 しかし、もしかしたらそれだけで気持ちが十分伝わったのかもしれない。


 彼女は満面の笑みを浮かべていた。


「お姉さんは癒してあげることしかできないけど、その心のささくれを生んだ元凶、どうにかしないと。もしお姉さんにできることがあったら遠慮なく言ってね」


 包み込むようなその優しさが、ぬるま湯に使っているみたいでどうにも心地いい。


 だが、ずっとぬるま湯に浸かっているわけにはいかない。よく言われることだ。


「お姉さん」

「なに?」


 彼女からの返答はすぐに返ってきたが、それ以上の言葉を続けるのに立ち止まる。


 言わなきゃ、ずっとぬるま湯に浸かっているわけには――


 なんで駄目なんだろう。


 ぬるま湯が自分にとって心地いいなら、それでいいじゃん。


 違う。


 ぬるま湯から上がってやるべきことがある。ぬるま湯の中じゃできないことがある。


「俺、ずっとここにいても前に進めない気がするんです」

「……そうかも、しれない」


 ああ、名残惜しい。


 ここを離れたら、また心のささくれに苛まれる。


 苦しいだろう。


 だが、離れないといけない。


「でも、今だけは」


 彼女がゆっくりと顔を上げる。


 取り繕った笑顔がその顔に浮かぶ。


「今だけは、俺を癒してください」

「うん」


 彼女がどういう人生を歩んできたのか。なぜ俺の心のささくれを癒してくれるのか。


「頼りたくなったら、いつでも頼ってね」


 なにも知らないけど、彼女の姿がやけに窮屈に見えた。

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ささくれ ナナシリア @nanasi20090127

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