最終節『解放』
漆黒の虚空の中、輝く光とともにそれは姿を現した。
首から上だけの大きな頭部を虚空に浮かべ、周囲に四熾天使の顔を伴いながら、それぞれの頭上にまばゆい天輪を掲げるパンツェ・ロッティの、その両脇には、光の翼が広がっている。
「我が名を称えよ。」
荘厳な声が空間と時空を震わせた。それは大天使を統べる全能の存在と呼ぶにふさわしい畏怖と畏敬の相貌をたたえている。
「我は新しい世界の神なり。全てを理解し、全てを支配し、全てを成す。全能の存在たる我が名を称えよ。」
その瞳は、全体を覆う様々に入り組む光以上に一層際立つ神秘の輝きをたたえており、眼下にたたずむ4人の姿と、無限の空間のすべて、更にはその彼方を、一挙同時に見据えていた。4人の天使たちに、この上ない緊張が走る。
「教授!いったい何があったんだ!?何が、あんたをそうまでする?あんたの言うその愛とはいったい何なんだ!」
全能の存在に向かってウィザードが問い掛けた。
「彼はかつて、本物の愛情を経験したことがあるのよ。でもその想いは拒まれてしまった。そして、彼はその拒絶の原因を、自分自身の霊の
すると、その圧倒的な存在から、精神に直接語り掛けるようにして、声が頭の中に直接聞響いてきた。
「私は本当にキューラリオン・エバンデスを愛していた。その恋慕の情が、無垢で純真な魂の
その威厳は、4人の胸中を圧倒した。愛とはそれほどまでに無私で高潔なものなのか?あらゆる犠牲を払ってでも求めたいと欲するほどに、完全な存在であるというのか?そんな思いが、目まぐるしく脳裏を駆け巡っていった。
中央にそびえる万能の存在の、その左上に座すガブリエルの顔が歌うような声をこだまさせると、その瞬間にたくさんの天使たちが一斉に創造された。それは召喚ではなく、まさに創造であった。
* * *
「みなさん、下がってください!」
そう言ってネクロマンサーが詠唱を始める。
『冥府の門よ、煉獄の門とともに開け!囚われた霊魂を解放せよ。我は生命と霊を司る者なり。我が呼び声に応え、その姿を現せ!開門:Open Gates!』
日常の空間として唯一そこに残されることになった虚空に浮かぶ『至聖堂』の床に、魔法陣で彩られた深い暗闇の穴が刻まれると、そこから極めて高位の死霊の群れが召喚された。
数の上では、創造された天使たちと同数かそれ以上であろう。天使がかき鳴らすラッパの音と死霊の群れが奏でる
「契約に従い、我が敵を滅ぼせ!」
ネクロマンサーのその声が火蓋を切って、天使の軍勢と死霊の群れは、漆黒の闇の真ん中で、正面から衝突した!
軍隊ラッパの音と死霊の鳴き声が激しくぶつかり合う。金属の衝突音、衣の避ける音、骨の砕ける
その束の間の静寂をかき消すかのように、パンツェ・ロッティの右上にラファエルの瞳が妖しい光を放つ。刹那、虚空に大きな天秤が形作られた。そこから、重く鋭い稲妻と閃光がほとばしって、その漆黒の闇の中をまばゆく照らし出していった!!
ソーサラーはさっと身をひるがえして全員の前に立つと、光の盾を大きく展開して、それを受け止めにかかる。
幾筋かはその障壁を貫通して4人に襲い掛かったが、それでも彼女は、神の裁きとでもいうべきその驚異的な稲妻と閃光から成る猛烈をどうにかしのぎ切って見せた。その手指には血が滲み、腕にもたくさんの傷を負っている。その場に膝をついてなお、その脅威の中心を彼女は見据えた。
次に、彼の左下に位置する熾天使長ミカエルの頬を血の涙が伝っていく。たちまちにして、虚空の中心がぱっと明るくなり、その光の中心から群れなす炎が放射状に彼女たちに襲い掛かってきた。
今しがたの苛烈な攻撃の全てを耐え切ったばかりのソーサラーに再度障壁を展開する力は残されていない。各々、身体を小さく固くして備えるが、炎は容赦なく彼女たちを打った!
激しい熱と痛みがその身体を襲っていく。懸命に耐えるが、火と光の力の根源たる存在が放つその炎の威力には容赦がなかった。苦痛に悶えながら、4人はみな膝をつく。その肩と胸が上下し、開いた口からは息が大きく往復していた。
* * *
愛が力の形を伴って現れる時、これほどに強大なものとなるのか!驚愕と慄きが彼女たちの心を支配しようと迫りくる。しかし、それは本当に愛の顕現であると言えるのか!
ウォーロックは、苦痛に耐えながらも立ち上がり、パンツェ・ロッティに問いかけた。
「でも先生!それなら、リセーナさんはどうなるの?彼女はあなたに全てを捧げて、最期はあのような姿になってもなお、あなたの願いをかなえたのよ。自分の欲求と野望のために、あなた自身のことをかくも深く愛してくれたその人を、利用し使い捨てたあなたに愛を語る資格が本当にあると言えるの?あなたの愛は、所詮、自己中心の愛にすぎないわ。あなたが本当に愛しているのは、結局、あなた自身だけなのよ!」
その声に応じるように、またしても頭の中に声が響いてくる。
「君には判るまいよ。若く、純粋な愛情しか知らない、また、それほどまでにも美しく麗しい友愛に恵まれた君には、私に苦痛の、その末節に触れることさえ不可能だろう…。確かに、私はリセーナ・ハルトマンの愛を利用した。彼女の私に対する敬愛は、実に尊いのもであった。しかし、私は彼女の望みを理解し、その求めに応じんがためにその献身を受けたのだ。それもまたひとつの愛の在り方なのではないかね?愛に対なすものは、憎しみや裏切りではない。それは拒絶だ。君たちのように、まだ魂の
そう言うと、右下のウリエルの顔が唇を震わせて詠唱を始めた。これ以上損害を受ければ壊滅してしまう!何もできずにこのまま終わってしまうのか!?
誰もがそう思った時、ネクロマンサーが声を発した。
「この術式を行使した後、私はしばらく動けません。しかし、この命を賭して皆さんに最後の機会を託します。どうか、ご武運を!」
そう言うと、彼女は詠唱を始める。
『我が生命の器を依り代として、生命の雲をなさん。慈愛の雨よ、地を満たせ。傷を癒し、病を癒さん。慈雨:Rain of Affection!』
詠唱を終えたネクロマンサーの頭上にその影が浮かび上がり、そこを中心にして
それは、その場にいる全員の傷をすっかり癒し、苦痛と苦悩を取り去っていった。身体に生気と活力が戻ってくる!やがて頭上の影が、雲ととともに消え、周辺に広がっていた光が輝きを失うと、ネクロマンサーは
これは死霊術の奥義中の奥義で、死霊の力を呼び出して依り代とする代わりに、詠唱者自身の魔力と生命力を直接消費して、その場にいるすべての味方の回復と治療を完全に行うという秘術であった。しかし、同時にそれは、詠唱者の魔力と体力のほぼすべてを使いつくすという、文字通りの禁忌でもあったのだ。
快癒した3人が立ち上がるのとほぼ同時に、ウリエルの顔は猛烈な吹雪を巻き起こした。ウォーロックは、秘宝の剣がたたえる光を一層大きくして、それを受け止め、他の3人をかばってみせる。
星々の力を体現すると言われるその剣の力は別格で、その全てを受け流し切ることができた。光の層に包まれたその中で、ソーサラーはネクロマンサーの身体を支え、急速魔力回復薬を与えようとしている。
ウォーロックは、再度、パンツェ・ロッティに問いかけた。
「愛は与えるものよ。断じて奪うものではないわ。でも教授、あなたはリセーナさんからすべてを奪った。その人生も、未来も。あなたに対する彼女の純粋な感情さえ、あなたが至高と呼ぶその無私な愛の心さえ、あれほど
「なんとか言ったらどうだ!教授!」
そう言うと、ウィザードは最大限に魔法拡張した真紅のフランヴェルジュと、かつて鍛えた炎の短刀を渾身の力で投げつけた。それらはそれぞれにラファエルとウリエルを直撃し、大きな空間振動を伴う悲鳴にも似た声を伴って、二柱の熾天使を沈黙させた。その頭上からはふたつの天輪が静かに光を失い、その顔がぐったりとうなだれる。
それに続くようにして、ソーサラーが手中にある美しい氷の剣を打ち出した。それは魔法によって極めて精密に制御されており、複雑な軌道を描きながら、その周囲を巡ったかと思うと、パンツェ・ロッティの左側面を下から上に一気に駆け抜けた!先ほどと同様、空間を振動させる巨大な悲鳴とともに、ガブリエルとミカエルが光を失ってうなだれていく。そしてついに、そこに在るのは、人為の神、パンツェ・ロッティのみとなった。
三度、パンツェ・ロッティの声が精神にこだまする。
「償い?そうだな。私はリセーナに償いをせねばならぬのだろう。彼女は素晴らしい女性であった。その身を投げうって、私の理想をかなえるための道筋を、自ら示してくれたのだ。その献身に応えること、すなわちこの私自身が純真無垢で完全な霊的存在である『神』に昇華すること、それこそが、彼女に対する永遠の償いとなるであろう。愛の痛みを知らぬ幼い子羊たちよ、見るがよい。私自らが愛と絶望の深さを刻んでやろう。神に拒絶される恐怖をその身で味わうがよい!」
そう言うや、大きく開いたその口から、力を具現化したかのような言葉が紡ぎ出され、4人に襲い掛かってきた。秘宝を手にするウォーロックだけは、その神威を帯びた声に堪えることができたが、あとの3人は、その場にくずおれてしまった。まだ息はあるようだが、もう戦える状態にはない。ついに、ウォーロックとパンツェ・ロッティは1対1で相対することとなる。
* * *
「我が声を直接聞いてなお立っていられるとは、その力はどこから来るのか?」
「あなたと同じよ、先生!」
その言葉を聞いて、万能であるはずのその顔に、初めて表情らしきものが浮かぶ。
「お前も『大エノク』の力を得たというのか?」
「そうよ。先生は気づいていないのだろうけれど、先生と、その心の中に住む女性は、今でも
「どういう意味だ?大エノクと契約したのはこの私だ!」
「先生は、大エノクのもう一つの名前を知らないのね。それは別名、『小さな神の名を持つ者』、メタトロンよ。私は、彼女から直接力を授かったわ。その想いを、あなたに伝えるために!」
「では、大エノクが、メタトロンが、キューラリオンだというのか!?」
「そうよ。彼女はあなたを拒絶したのではない。存在の違いから、あなたを受け容れることができなかった、ただそれだけのことなの!」
宇宙全体を引き裂かんばかりの威厳に満ちた荘厳な叫び声を上げた後で、パンツェ・ロッティは言った。
「しかし、いずれにせよ、結果的にそれは拒絶と変わらぬであろう。現に、我が愛に行き場はない。この胸中でただ消えることのない灯を宿すばかりではないか。その苦痛は、私を永遠の檻にとらえて離さない。この苦痛を、この苦悩を、死の瞬間まで抱えねばならぬ痛みがお前にわかるか!」
「ええ、あの方も私も、それがわかるからこそここにいるのよ。彼女の願いは、あなたの魂の解放、その苦痛からの解放と
その言葉に、パンツェ・ロッティが明らかな動揺を見せる。万能であるその顔に、苦悶と不安の相を色濃く浮かべていた。
「キューラリオンの心に、この私の
「そうよ。あなたをその檻から解放するために、私は彼女の力を伴って今ここにいます。」
パンツェ・ロッティの全身が、虚空の闇の中で静かに振動する。
『先生!あなたは、愛の何たるかを私たちに教えてくれた。その喜びも悲しみも…。だから、ありがとう。今、その永遠の檻から、あなたを解放します!これが先生の、魂の救いとならんことを。』
ウォーロックは光の剣をまっすぐに掲げて、自然言語とも呪文ともつかない言葉を織り交ぜて術式を詠唱した。
『軛からの解放:Emancipation from Affective Yoke!』
手にしたその剣は大質量の光をまとい、光それ自体が一筋の神聖な刃を形作った。彼女が両腕に力を籠めると、その光の帯はパンツェ・ロッティの身体に対して一直線の軌道を描き、暗黒の空間ごと切り裂くようにして、それを両断する。
パンツェ・ロッティの身体が、静かに光と輝きを失っていった。
「私の愛は、拒絶されたわけではなかったのか…。実ることはなく、行きつく場所もないこの私の愛にも、一片の光が残されていたようだ。長い長い時間であった。ようやく解放される。しかも、君の手によって。なんと喜ばしいことだ。ああ、キューラリオン。ありがとう。リセーナ、本当にすまなかった。君たちの魂の、喜びと幸福を願っている…。」
その声は、かつてのパンツェ・ロッティの声色を取り戻していた。全能の存在が完全に光を失った後、その場は、静かに、静かに、高次元の虚空に黒く飲まれていく。ウォーロックは3人を順に抱き起こした。損害は甚大であったが、幸い天使の力によってその命の灯は力を保っていた。
「教授は?」
「私たち、勝ったの?」
「彼を止めることができたのですね。」
彼女は、静かに首を横に振った。
「彼はね、これでようやく解放されたの。長い、長い愛の
3人はその言葉の意味が分かるような分からないような顔をして、互いの顔を見やっている。
「よくわかんねぇけど、教授にも救いがあったってことなんだよな?」
「そうね。」
ウォーロックは小さく頷いた。
永遠にも似た時間があたりをめぐっているかのように感じられる。4人はこれまでにあった様々なことに思いを馳せながら、その場に静かにたたずんでいた。いったいどれほどの時が流れたであろうか…。
ウィザードが沈黙を破った。
「でもよぅ、これからどうするよ?」
「そうね。こんななりじゃ、もう魔法社会に帰ることもできないしね。」
ソーサラーとともに、自分たちの身体を改めてまじまじと眺めている。
「そもそも、この空間から抜け出すことってできるんですか?」
ネクロマンサーがもっともな質問をした。
完全に真っ暗だったその空間に、星々の光が瞬き始めたのは、その時だった。やがて、かつて至聖堂と議事堂をつないでいたのであろう箇所の周辺がひときわ明るい光をたたえて、そこから声が聞こえてきた。
「みなさん、ご無事ですか?」
貴婦人の声だ!
「今、そちらの空間とこちらの世界がようやくつながりました。この光をくぐればこちらに戻ってこられます。パンツェ・ロッティの力を失ったことで、そちらの次元は時空と空間の制御が不安定になりつつあります。急いで戻ってきてください。」
「でもよ、この格好じゃぁ、もうそっちでは生きて行けねぇぜ。」
そうこぼすウィザードに聞き慣れた声が答える。
「大丈夫。それについてはいい知らせがあります。だから戻ってきてください。『アーカム』とのつながりが途切れないうちに。」
それは、少女アッキーナの声だった。
「行こう、私たちの日常へ!」
そう言うと、4人は意を決して光の門をくぐった。異なる次元の空間を架橋するというその不思議な光の道を抜け出ると、眼前には見知った光景が広がっている。いつものカウンターがたたずんでいて、その向こう側から馴染みの顔が4人を出迎えてくれていた。貴婦人は、これまで決して外すことのなかったフードとヴェールをはぐり、素顔をのぞかせている。
「おかえりなさい。」
彼女はそう言って、いつかの時のようにカウンター前の席を4人に勧めてくれた。彼女たちは、ゆっくりとその席に着く。
「彼を救ってくれてありがとう。」
そう言うと、貴婦人はその美しいサファイアの瞳を閉じ、深々と4人に頭を下げた。ウィザードはその姿を見て照れくさそうにしている。頭をあげ、居住まいをただした貴婦人の前に、少女アッキーナがお茶を運んできてくれた。それは、始まりのお茶であり、恋愛成就のいわれをもつ、かの『べランドリウムのお茶』であった。彼女は小さなその手で、手際よく振舞ってくれた。
「さぁ、いただきましょう。」
貴婦人の声をうけて、めいめいカップを傾ける。独特の辛みをもつ甘酸っぱい柑橘類の風味が口いっぱいに広がった。懐かしい香りが鼻腔を抜ける。ウォーロックは、初めてこの地を訪れた日のことを思い出していた。
* * *
「でも、これからどうしたものかしらね?」
ソーサラーが言う。
「そうだよ、天使になったのはまぁいいとしてもよ、このままじゃ生活できねぇぜ。」
ウィザードもほとほと困ったという感じだ。
「ずっとコスプレで通しますか?」
めずらしく冗談をいうネクロマンサーにみな目を丸くする。ウォーロックも黙ったままで笑顔を浮かべていた。
「さきほども言いましたが…。」
エプロンの下をごそごそしながら、少女アッキーナが話し始める。
「私からみなさんに贈り物があります。」
そう言うと、その瞳と同じ美しいエメラルドの色の、やはり卵のようなものを取り出して、4人に見せた。
「アッキーナ、これは?」
そう訊ねるウォーロックに、
「私の身体に埋め込まれた、できそこないの『人為の天使の卵』を改良したものですよ。」
と、そう答えた。
「これから、これをみなさんに飲んでいただきます。そうすると、人間に戻ることはできないんですが、人間の姿を仮にとることができるようになります。私の変身能力の応用ですね。」
そう言って不思議な笑みを浮かべて見せた後、それぞれの前に一つずつ置いた。
「さぁ、ぐーっとやってください。」
美しい瞳を輝かせて少女が促してくる。
「飲むって、文字通りこれを丸呑みするのか?」
手の中のそれを眺めまわしながら確認するウィザード。
「はい、飲み込むんです。どうぞ。」
互いに顔を見合わせる4人。そして、ウォーロックが言った。
「私はあなたという人とあなたの言葉を信じる、あの時そう約束したものね。あれはまだ有効よ!」
その言葉を聞いて、恥ずかしそうな表情を浮かべる少女を横目に、ウォーロックは大きな口をあけて、一気にそれを飲み込んだ。瞬間、彼女の身体は美しい緑色の魔法光を放ち、その光が弱まっていくのに合わせて、彼女の背中に生えていた翼はなりをひそめ、頭上の天使の輪も隠されていった。その姿は、まさに人間そのものに戻ったようである。ウォーロックは大きく一息ついてから、3人の顔を見やった。
「これで大丈夫よ!」
その言葉を聞いて、3人は互いの顔を見合わせると大きく頷き、ウォーロックがしたのと同じようにして卵を一気に飲んだ。先ほどと同様に3人の身体を緑色のまばゆい光が覆った後、それが消えるのと同時に天使の羽と輪は見えなくなり、すっかり人間の姿になった。
4人は、再度もとに戻った自分たちの身体をまじまじと見つめている。その彼女たちに向かって、少女は真剣な顔で言った。
「姿はこれで元に戻りましたが、みなさんが天使であることに変わりはありません。従って、今後病院は絶対に禁止です!まぁ、基本的に病気にはなりませんから、安心してください。それから、年齢も自由自在に操ることができますが、あまり悪さをしてはいけません!」
「お、おう。わかったぜ。」
その忠告に応じるウィザードを、3人はあたたかい笑みを浮かべて見守っている。貴婦人のサファイアの瞳も温かい光をたたえていた。
「それで、あなたたちはこれからどうするの?」
美しい瞳を細めて貴婦人が訊ねる。何と答えたらよいものかと3人が思案していると、ウォーロックが言った。
「人生には様々な側面があります。喜びだけでは強さを育むことができないし、愛だけでは他人の痛みを知ることができません。きっと、経験し得る、ありとあらゆる物事や感情を幾重にもおり重ねることで、人間は、人生は、形作られていくのだと思います。ですから、私たちは神秘の空間を離れて、そうした複雑な色に彩られた日々、日常へと、帰っていこうと思います。そこで繰り広げられる出来事の多様性が、きっと生の輝きを豊かにするのだと、そう思うから。だから、私たちは帰ります。」
その瞳は、希望と挑戦の輝きを豊かにたたえていた。
「そう。やはりあなたは強いわね。ここで出会ったのがあなたたちで本当によかった。」
貴婦人は、そのサファイアの瞳を一層細めて微笑んだ。
おだやかであたたかい、静かな空気を、べランドリウムの神秘の香りが演出している。その芳香の向こう側では、霧と土とが、息づく日常の匂いを放っていた。
「おかえりはお分かりですか?」
耳慣れたその問いに、
「コイルを逆順に!」
懐かしい四重奏を奏でながら、彼女たちはその姿を霧の中に消していった。
あたりを
「ありがとう、アッキーナ。あなたもお休みなさいな。」
「はい、マダム・エバンデス。」
4人との再会を期すかのように、その神秘の店のドアは開かれたまま、現実と神秘の境界をあいまいにしていた。ゆっくり、ゆっくりと霧がはれていく。
― 完 ―
お読みいただき、ありがとうございました。
愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第1篇『純愛篇』 Omnialcay @Dollghters
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