ささくれた指先

三雲貴生

一話完結

『職場の愚痴』


 私は新幹線の客室清掃員で30代の主婦です。今はちょうど休憩時間。

 私は、自分の『ささくれ』だった指先を見つめながら今日の作業について考えました。

 清掃員の仕事は、まず落とし物確認。荷物棚のチェック。座席の頭部エプロン確認。汚れが酷い時は全取り換え。雑巾を両手にひとつずつ持ち、同時に手早く拭いていく。視線は常に次の座席確認。1車両に2名体制でひとり30脚ほどを拭いていく。これをたった7分間でこなしていきます。

 とても洗練された作業です。


 私はとても困っています。

 ひとつは雑巾を使う水仕事です。1車両終わる毎に雑巾を洗うのですが、水が冷たいのです。特に冬場は最悪です。

 でも改善されて雑巾はぬるま湯で洗う。でも冬場にお湯を使うと指先が『ささくれ』だって、うっかり物に触れると指先を針で刺すほど痛いのです。

「こんなの人のする仕事じゃないよね?」

「さっさとラボットにすれば良いのに……」

そう愚痴っていました。


『職場にラボットが来る』


 これも改善されました。職場にラボットが大量導入されたのです。

 このAI搭載のロボットをラボットと呼びます。研究所・実験室の意味のラボラトリーとロボットの造語です。ラボットは20代の大学生がAIプログラムを組み、30代の作業員と共に働いています。40歳から上は? フフフ。

 現在、介護事業は『ほぼ100%』介護ラボットに侵食されたそうです。私の叔母が仕事を奪われたと愚痴っていました。

『ほぼ100%』とは、労働基準法により『最低ひとりは職場に人間を働かせなければならない』とあるためです。

 叔母は「おじいちゃんをひとりで担いでおふろにいれるの大変だよ」と愚痴っていました。

 だから介護事業はラボットに侵食されて当然だったのです。

 私は、真っ白で真新しいラボットの指先と自分の『ささくれた指先』を見比べました。

「大変だわ。私たちの職場も奪われるかもっ!」


『新人』


 ある日、新人がやって来ました。私は新人の教育係です。

 新人教育は、まだラボットに侵食されていませんよ。


 新人教育極意その1。「まずは、なんでも褒めてあげる」


「綺麗な小麦色の髪ね、なんで染めているの?」と聞いたら「元からですよ」と返答された。


新人教育極意その2。「疑問点は、すぐに教えてあげる」


「作業が細かいでしょ? じゃん。ここに詳細な手順を書いたメモがあります。あなたにもプレゼントしてあげましょう!!」と教えたら「大丈夫です。頭に入っていますから」って。


新人教育極意その3。「新人には、朝の挨拶をしてあげましょう」


 朝、新人が手ぶらで入口ゲートを潜るのを見つけました。「おはよう」そして注意します。「マイナンバーカードをタッチしないと時間給の計上しないよ。忘れちゃったのかな? そういう時は……」

「ああ、私、会話AIを搭載した新型ラボットなので、GPS通信機能内蔵です。これからもよろしく」

 よく見ると新人の指先も『ささくれ』てはいなかった。


おしまい

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ささくれた指先 三雲貴生 @mikumotakao

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