Re Start

@marorin2024

第1話 星降る立山にて大地の鳴動を聞く

 雷鳥沢キャンプ場、標高2300メートル。

 

 ぼくは今、夕暮れの立山の山肌を見ている。

 夕陽が少しずつ山肌を赤く照らしだすのを横目に、安物の山岳用テントをはる。テントを張り終えたところで、さすがに疲れた、と思わずつぶやく。

 (立山三山縦走なんて定番のコースだし、たかだか6時間くらいしか歩いてないんだけど、今朝は早かったからなあ…)

 昨日から今朝にかけては、なかなかのハードスケジュールだった。仕事終わりに駅までダッシュして、高崎から富山まで北陸新幹線で約2時間。富山についてホテルにチェックインしたのが夜の11時。夕飯を食べたり風呂に入ったりしているうちに、気づいたら0時を回っていて、急いでベッドに潜り込んだ。

 それで、起きたのが4時。立山線の始発は5時20分。立山に登るにはまず立山駅からケーブルカーに乗るのだが、8月はハイシーズンなので、早朝から首都圏の通勤ラッシュ並みの混雑なのである。6時ごろには立山駅に着いておかないと、ケーブルカーにいつ乗れるかわからない(そこから登山の拠点となる室堂までバスで約1時間)。かなり無理のあるスケジュールになってしまうが、しかたがなかったのだ。

 立山三山縦走というのは、室堂を出発して、浄土山、雄山、別山と尾根伝いに登り、また室堂に戻ってくるコースである。山歩き自体は天候にも恵まれて楽しかったのだが、今日は25キロのザックが一段と重く感じられた。今回いちばん苦しかったのは浄土山の登りだった。

 (モン〇ルのテントとか、もうちょっと高級なテントだったらあと1.5キロくらいは軽くなるんだけどなあ…)


 そろそろ飲んだくれようかな、とつぶやきながら夕飯のしたくをする。コッヘルにミネストローネのレトルトをあけて、バーナーにかける。ただ、これだけだとちょっと具が少ないので、ミックスビーンズを一袋足す。今晩はこれと昨日スーパーで調達した半額になっていたフランスパン(98円)、あとは長野の駅ナカのコンビニで買ったカップワイン。

 ミネストローネが温まるまでもう少し時間がかかりそうなので、今朝、室堂のバスターミナルで買ってきたクラフトビールをあけることにした。香りはフルーティーでいいが、あまり冷えていないし、もったりしていてあまり好きではない味だ。とはいえ、今日登ってきた山々に抱かれて、満点の星空のもとで飲むビールは格別だ。

 雷鳥沢ではフリーwifiがとんでいる。初めて登ったときは、こんな山奥でフリーwifiがとんでいるだなんて、と驚いたものだ。ソロ登山はとても気楽でいいのだが、夜は夕飯のあとは酒を飲むくらいしかとくにすることがない。wifiが使えるのはとても助かる。山の上でyoutubeが見られるなんて。ミネストローネをつけたフランスパンをつまみに、白ワインを一口すすってから、ぼくはyoutubeをひらいた。すると、テレビ局公式チャンネルの速報が目に入った。


「千葉県東方沖で地震発生。最大震度5弱」


 (えっ、千葉で震度5…?)

 カップワインを置いて、急いでイヤフォンをリュックから探し出して再生する。地震発生は午後4時。震源に近い銚子のほか、都内や横浜でも震度5が観測されたらしい。マグニチュードは7.5。今のところ目立った被害はないが、銚子で1メートルの津波があったという。画面では、地震発生時の、大型ショッピングモールで逃げ惑う人々や、コンビニで商品が散乱している様子が繰り返し流された。気象庁によれば、今後1週間程度は最大震度5弱程度の余震に注意してほしいという。

 (ヒョンス、大丈夫かな…)

 ヒョンスは、ぼくより5つくらい下だが、大学院の同期だ。研究の方向性はちがったが、なぜだかひどく馬が合う。それで、大学院のころは毎週のように彼のアパートに入り浸っていた。彼は料理が上手で、とくにプデチゲは絶品だ(あんなに雑につくっているのに!)。卒業後、彼もぼくも都内で就職したが、彼は今も変わらず多摩センターのワンルームに住んでいる。ぼくは一昨年、上司ともめて退職してフリーランスになったのをきっかけに群馬の山奥(沼田市)に移住したが、ヒョンスのアパートには年に数回行っている。

 (まあ、たぶん大丈夫だとは思うけど…)

 と、SNSをひらいて、ヒョンスにメッセージを送ってみる。意外にすぐに返信がきた(いつもは1時間ぐらいしないと既読もつかない)。八王子市内は震度4で、揺れはしたがとくに問題はない。とはいえ、ここ1か月ほど小さい地震が週に数回あって、少し心配だという。知ってると思うけど、うちはいちおう鉄筋コンクリートだけど築30年のボロアパートだからさ。大きい地震がきたらたぶんヤバいんだよね(笑)、などと冗談めかす。韓国食品はネットでまとめ買いしているからインスタント麵や冷凍のギョーザ、あとキムチは大量にストックがあるし、いよいようちがヤバくなっても大学まで逃げたらいいし…と言いながらも、やはり不安なようだ。

 ぼくは、とりあえず今日撮った山の写真を送り、来月は雲取山に登るから、そのときヒョンスのアパートに前泊させてほしいと頼んだ。ヒョンスは山は涼しそうでいいなあ(実際、今日は8月の10日だが、今の気温は15度もない)、と言いながら二つ返事でOKをくれた。

 ヒョンスとのやりとりを終えると、ぼくはカップワインを飲み干し、スマホをモバイルバッテリーにつないだ。そして、コッヘルをウェットシートとティッシュで拭って洗ったことにして、明日の朝食の準備を始めた。

(あれ?白飯の方を持ってきてしまったのか…)

 ザックから出てきたのはインスタントの味噌汁とアルファ米の白飯。ザックに入れたときは、わかめご飯の方を入れたつもりだったんだけどな…、と一人で肩を落とす(予備でもう1パック、アルファ米を入れておいたのだが、なんとこちらも白飯だった)。アルファ米はお湯を入れて15分待つだけでできるし(なんなら水でもできる)、便利でそこそこおいしいのだが、白飯とインスタント味噌汁か…。いたたまれない気持ちになったぼくは、テントのフレームに提げたヘッデンを消して寝ることにした。

 

「パパ―、お星さまたくさんだよー!」

 ふと目が覚めると、テントの外で子どもの声がする。そうだね、降ってきそうなくらいお星さまたくさんだねえ、と父親らしき人の声。スマホで確認すると1時だった。ぼくもいちおうテントの外にはい出した。たしかに降ってきそうなくらいの満点の星空だった。

 もしかしてビール、まだあったかな、と思ってザックをまさぐってみたが、やはりなかった。

 (ま、明日は朝イチのバスに乗りたいし…、寝るか)

 そう思ってしばらくぼーっと空を見上げる。

 星も眠いのか、またたいたような気がした。

 ぼくは再びテントに潜り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Re Start @marorin2024

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ