#5 ささくれ

 綾津あやつ莉茉りまワルロットはいくつもの宇宙を超えて逃げていた。

 俺たち、というかシャルロットは須垣の指示通りにその歪みの痕跡を追い続ける。

 幾つも通り過ぎた宇宙では、ことごとくシャルロットの死体があった。

 時には須垣の死体も同時に。

「このへんの宇宙、ほとんどは悪凱夫ときおを殺し済の宇宙だね」

 そんなに殺されていたのか、俺。

 そりゃ俺の宇宙で俺を殺そうとした手に迷いがなかったはずだ。

「ねぇ、シャル。大丈夫? なんだかすごく疲れている」

 そういや能力って連続でどのくらい使えるんだろう。

 俺の場合は、明確なラインがあるけれど。

「でも、それは向こうの悪い私だって同じ条件」

「だけどシャル。顔色が悪いよ」

 確かにその通りだった。

「俺を置いていったらもう少し楽になれるか?」

「ダメ。何かあったとき、宇宙を裂いて現象を回避できるのは凱夫だけだから。向こうが戦力を増やすかもしれない可能性を考えると、居てくれたほうが心強い」

 その「心強い」という言葉がやけに胸に響く。

 俺を殺そうとした美少女相手に、俺は随分甘すぎだなとは自分でも思う。

 だけど内心、綾津莉茉と面と向かって再会することにブルり始めていたから、シャルロットの言葉が再び勇気をくれたのは確か。

「わかった……守る、から」

 俺がそう答えると、俺を抱きしめるシャルロットの手ともう一つ、須垣までもが俺の服をぎゅっと握った。

 ずっと生意気だけど、よく考えたらこいつもまだ中二。不安だってそれなりにあるんだろうな。

 おかげで少し冷静になれたかも。

 頭も冴えてくる。

「なあ、別の宇宙に移動するとき、場所って選べるの?」

「その宇宙の私が居る所に出るよ」

「じゃあ、あいつらが出てきたのって」

「私の場所を探して片っ端から渡っているんだと思う。私の死体、どれもお腹で真っ二つだったでしょ。私自身は移動しやすいように縦に開くし、その宇宙の私が居るって感じる場所から少し座標をずらして開いているんだけど、あいつらは全く同じ座標に、しかもよりによって横に開いた。殺意しか感じない」

 そうなのか。

 だとしたら、この二人は、どうやって俺の居る宇宙へ突撃できたのだろう。

「え、じゃあシャルロットと須垣は、俺の宇宙が元々居た場所だったってこと?」

「ううん。この世界の私とメイはもう殺されていた。私はもうお墓の中だったの。だからこそ、凱夫を殺すのにためらいはなかった」

「……それは……そうなるよね」

「ごめん。ちょっと休憩」

 俺たちは、シャルロットと須垣一家の死体が転がる、この宇宙の須垣の実家リビングで、死体から目を逸らしながら休憩開始。

 あまりにも凄惨な、血まみれの食卓。

 たださっきのような嘔吐感はだいぶおさまっている。

 短期間に大量のスプラッタ死体を見続けたおかげか、なんというか慣れたというか麻痺したというか。

 それにしても酷いな、ここ。

 須垣は大丈夫なのだろうか。ここの宇宙では須垣の家族まで殺されているから。

 でも当の須垣は、それよりも気になることがあるらしく、ソワソワしている。

 その理由を尋ねたら、素直に答えてくれた。

 シャルロットの能力による宇宙を渡った痕跡は、時間経過と共にあの闇へ自然に溶け込んでゆくらしい。

 急ぎたいという気持ちと、それ以上にシャルロットに無理をさせたくないという二つの気持ちの中で、須垣は揺れているようだった。

「大丈夫だよ、メイ。私はもう行ける」

「でも……」

「あのさぁ」

「何ですか、先輩」

 須垣がキッと俺を睨む。

 さっきは素直だったのに。

「他の宇宙で別のシャルロットに協力を仰ぐってのはダメなのか?」

「追っかけている途中なのに?」

「いや、向こうももしかしたら乗り換えてんじゃないかなって」

「乗り換え? アンタ、言うに事欠いて」

「待って、メイ。その通りかも。私たち、あまりにも死体に慣れすぎちゃってる」

「どういうこと?」

「ここのシャルロットの死体、上からその……」

 須垣の家族の死体を、という言葉を言い淀む。

「メイの家族の死体を重ねているけれど、私の死体、よく見ると千切れてないの。渡りの裂け目で殺されたわけじゃないのよ、この私は」

「恐らくこいつ、あの悪ロットだよ」

「あっ、本当……これって、銃創だよね? その綾津莉茉って銃まで持っているってこと?」

 綾津莉茉は疲労困憊した悪ロットをここで殺し、ここで別のシャルロットを連れて移動を――これはもう十中八九、洗脳系の能力だと考えて良いだろう。

「うん。凱夫の作戦、試してみてもいいかもね」

 そう言って立ち上がったシャルロットの鼻からは一筋の赤い線。

 鼻血だ。

 これはもうあんまり能力を使わない方がいいんじゃないだろうか。

「なぁ、今さ、痕跡を一つずつ追っかけているけれどさ、先の先とかって歪みを見つけて先回りみたいなこと、できないものかな?」

「何言ってるんですか、先輩。その宇宙に渡らないと、更にその先なんて分からないんですよ?」

「んー。シャルロットはさ、一度に一人しか運べないって思ってたわけだろ? でも二人運べた。だとしたら須垣も実はもっとすごいことできるんじゃないかなってちょっと思ったんだ」

「ななな何ですか。先輩の分際で私をほめるとか気持ち悪い」

 そう答える須垣の口元はちょっとニヨついている。

 そういう顔は普通に美少女だ。

「えっとさ、分裂に成功した宇宙は、木の枝みたいに広がっているんじゃないかなって。だとしたら、枝の先から別の枝の先まで渡れたら楽だよねって」

 そう言った途端、須垣は急に俺の手をつかんだ。須垣の方から、シャルロットじゃなく俺の手を。

「それなら、できるかも。先輩、尊敬するかも」

 まだ「かも」かよ。

 でも俺はてっきり、シャルロットと須垣だけ働かせて俺は気楽に口ばっかり挟んで、みたいに罵られるかと思っていたのは内緒。

「あ、もしかして」

 シャルロットは急に須垣を押した。

 須垣は一生懸命考え事をしていたっぽく、何の抵抗もなく背後――つまり俺の膝の上にストンと座った。

「シャル? 何を」

 シャルロットはすぐにそのまま須垣に抱きつく。というか、シャルロットも俺の膝の上に座ったよね?

「私気付いたんだ。能力者同士が触れ合っていると、能力が増強されるって」

「え? 嘘でしょ? ……シャル、すごいよ。見える! 先輩の力を借りなきゃいけないのは癪だけど、でも、見える……あー、シャル、あと一回だけならいけそう?」

「もちろん!」

 から元気の声。力強さはあんまりない。

 でもそんなシャルロットの声に、俺は背中を押された気がした。

 いざとなったら守ってやる――そんな気持ちで、いつでも息を止められるよう準備をした。




 一瞬のことだった。

 俺たちの眼の前には今、悪い顔の綾津莉茉と、まだ顔が疲れていない悪ロット2が千切れて転がっている。

 須垣のナビでシャルロットが、悪ロットの真似をしてドンピシャの座標に出現したら、悪ロット2のすぐ隣に居た綾津莉茉まで一緒にスプラッタ。

 驚くほどあっけない最期。

 本当に?

 これは実は罠だったりしない?

 別宇宙の綾津莉茉をおとりにして、とか。

 心配で部屋の中をうろつく。

 ここ――綾津莉茉の部屋だ。

 俺がちっちゃかった頃、まだ仲が良かった頃に、俺が遊びにきた「お隣のりまちゃんち」だ。

 ふと、机の上の日記が目に入る。

「やったね!」

「ようやくだね……長かった」

 歓喜の声を上げて抱き合っている二人を尻目に、俺は何気なく日記をめくり、読み始める。

 そこで知る。

 ここの宇宙では綾津莉茉と俺は幸せに付き合っていたのだと。

 そこへあるとき、よその宇宙からシャルロットと須垣が渡ってきて、この宇宙の俺を殺した。

 綾津莉茉は偶然それを目撃して、怒りから能力が覚醒して、この宇宙の二人を探して、見つけて、そして操った。

 復讐のために。

 そして悪ロットを使って宇宙を渡る。

 別の宇宙の俺はこの俺と同じで、綾津莉茉の過剰な愛情に耐えきれずに恐れたり怯えたり拒んだり。

 とにかく綾津莉茉を愛してくれる俺には再会できなかった。

『返して。私だけの凱夫を返して』

 日記に幾度となく綴られた綾津莉茉の字に、胸が締め付けられる。

 何だろう。

 麻痺していた心の奥がズキズキと痛み出す。

 心にささくれができたみたいだ。それもたくさん。

 ふと、日記帳の横にあった箱が目に付き、開ける。

 拳銃を見つける。

 持ってみる。重たい。

 二人を見る。

 まだ嬉しそうにはしゃいでいる。

 この無駄に多くの血が流れた一連の連鎖殺人は、何が始まりだったのだろうか。

 少なくともあの悪党ヅラしてた綾津莉茉は、加害者になる前は被害者だった。

 俺は引き金に人差し指をかける。

 心のささくれがやけに痛い。




<終>

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KAC20244 ささくれ だんぞう @panda_bancho

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