主役は実在した死刑執行人フランツ・シュミット、舞台は、史実として魔女狩りによる処刑記録がなぜか一件もないニュルンベルグ。
魔女狩りとは、集団ヒステリーであり、テンプル騎士団に対して行われたような理不尽な有罪と財産の没収であり、嫉妬、怨恨、無知蒙昧、あらゆる負の感情の渦巻きが欧羅巴を貫いた狂気の火祭りであったが、なぜか、ニュルンベルグでは魔女狩りが行われた公式記録がないのだそうだ。
理由は、魔女裁判に疑問を抱いた死刑執行人フランツがたびたび執行差し止めと再審を求めたからなのだが、この話の中では一人だけ魔女が殺されている。
慾深い者が魔女狩りを推し進めようとしても、得体のしれない、よくわからない力が、ニュルンベルグの方々から抵抗してくる。
気に喰わぬ者を血祭りする際、独りではそれは出来ない。
虐めや無視と同様、大衆心理を利用した正義の勢いがあってはじめて、無実の誰かを迫害し、処刑台に上らせることが可能になるのだ。
殺せ殺せ、魔女を殺せ。
他の地域でもやっていることじゃないか。
いくら煽っても、人々は何故かそれに乗らない。動きの鈍い蟻のように、まったく気乗りしないという感じだ。
この不気味な抵抗の流れを作った悪魔が、街の何処かにいるのだ。
死刑執行人といえば、ムッシュ・ド・パリこと、フランスのシャルル=アンリ・サンソンが有名であるが、ドイツのフランツ・シュミットも世襲制の処刑人一家に生まれ、日記を遺している。
物語の終盤、親方と呼ばれるフランツは、ある男の処刑を執行する。
ニュルンベルグが後世、ナチ党の聖地と呼ばれ、この地においてユダヤ人の息の根を止める法を制定したことを想うと皮肉だが、十六世紀に生まれた人々に強さと正義と、控えめなまでの善良さを与え、振り上げる剣に中世の風と光をあてた作者に拍手。