32話、彼女の罪
アンリエッタさんは凄いや。
俺では超える事が出来ない『永遠の10cm』を、彼女は、至極あっさりと超えて来るんだもんな。そうして触れたかどうか分からないほどの、ほんの一瞬の出来事だったけれど、彼女と俺の唇は確かに重なったんだ。
遠き日の思い出。
あの日あの時と、寸分違わぬ言葉が彼女の薄く端正な唇から紡がれる。
「
可愛すぎて、もう訳がわからないよ。
大きくなって、大きくなりすぎて胸が苦しいよアンリエッタさん。
窓から射す月明かりに照らされた、
俺と違って、エルフの血を半分引くアンリエッタさんは、どこか人間離れした……、エルフ特有のと言えばいいだろうか? 繊細で、きめの細かい美しさと気品を持ち合わせている。
なぜこんなにも美しい人が、あんなにも可愛いのだろう。
今日
https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818093078250693983
アンリエッタ、さん。
俺はもう一度告白をして、返事を聞いてみたい衝動に駆られた。
あの時とはもう違う、母の様な、姉の様な愛は望んでいない。
彼女の愛が欲しい。宝石のような瞳は俺だけを見つめて欲しい。
少しの自信と、万が一断られた時の恐怖が心で渦を巻いていた。
ゴチン
夜の部屋に、
アンリエッタさんが前のめりにテーブルへと倒れて、テーブルに強くおでこを打ち付けてしまった音? のようだった。
「ア、アンリエッタ……さん?」
「すー、すー」
「もしもーし」
「す~……、す~」
どうやら彼女は寝てしまったらしい。
おでこからものすごい音がしたけど? 大丈夫なのかな?
思ったよりもお酒が回ってたみたいだね。
テーブルに伏せてしまった彼女を抱き上げて、寝台へと移す。
初めて抱えたアンリエッタさんは軽かった。
本当に生きているのか不安になるほどに。
そして寝台へ彼女をそっと移した時に、俺はやってしまったよ。
「アンリエッタさんごめんなさい。ホント少しだけだから」
そう言って、酔って寝てしまった彼女を少し強く抱きしめてしまう。
寝てる時にこんな事をするなんて、最低だよね……。
心に強く刻まれてしまった、アンリエッタさんと言う存在。
これは
だから許して欲しい……。俺の我儘を、少しの暴走を……。
最愛の人と初めてした口づけの顛末は、どこまでも俺らしい気がしたし、アンリエッタさんらしいと言えば、それもそうかもしれないと妙に納得できる形で終わった。
彼女が起きてたとして、踏み込めていたかはわからないから。
美しい彼女の寝顔を見て俺は一人微笑み、そして自分に少し飽きれる。
「アンリエッタさん、おやすみ」
名前を呟いてみても瞼は開かれず、宝石の様な瞳は現れない。
彼女の髪をそっと撫でたあと床に座り、寝台へやや前がかりにもたれかかる。
今日は本当に楽しかったし、幸せな1日だった。
寝るのが惜しい程に、素晴らしい1日だったよ。
「また明日も一緒にいられるんだ」
そう呟きながらアンリエッタさんの手を柔らかく握り、眠りへと落ちていった。
「うぅ~ん」
彼女が目を覚ましたようだ。
邪魔にならないようにそっと手を離す。これ大事。
寝てる間ずっと手を握ってたなんて知られたら、恥ずかしい。
「アンリエッタさん、おはようございます。」
あれ? 少し元気がない?
見るからに元気がないし、挨拶が帰ってこないのもおかしい。
「ん~フェリクス様ぁ、頭が痛いです」
「あらら、もしかして二日酔いかな?」
「これが二日酔いってやつですか? お酒キライになりそうです……」
え、そんなぁ。
酔ったアンリエッタさん最高でしたよ?
俺に搭載されたアンリエッタさんバッテリーがもうフル充電ですから!
出来ればまた飲んで欲しいです。
俺が『大好きな女性が酔った姿を愛でる会』会長に就任した瞬間だった。
「僕は楽しかったから、またアンリエッタさんと飲みたいな」
「うぅ、頭がガンガンします」
二日酔いの辛そうなアンリエッタさんに、治癒魔法をかけてあげるとそれが功を奏したのか、徐々に彼女の表情が明るくなって行く。
「ちょっと待っててね」
力の無い瞳で一瞬俺を見て頷いた彼女を置いて、俺は部屋を飛び出した。
俺の毎日の朝ご飯はパッサパサの不味いパンだったけど、二日酔いで元気がない彼女にアレは可哀そうだと思った俺は市場へ向けて全速力で駆けていた。急がないと売り切れてしまうから。
大体どこの国も、時代もそうだと思うけど、市場の朝は早いんだよね。
目当てのモノを探し求めて、早朝の市場を彷徨う。
あった! あの出店だ!
近隣の酪農家がやっている出店には、チーズの他に搾りたての牛乳が売られているのを知っていたんだよ。たまにチーズを買いに来てたからね。
「牛乳ください」
「あいよ、ってお客さん容器は?」
「容器!? すいません持ってきてないです」
「じゃあ渡せないよ。買うか持ってくるかして出直しておいで」
くっそー、牛乳を買うのに容器がいるのか、盲点だったなぁ。
今度は容器を求めて市場を走り回る事になる。
ブリキの様な金属で出来た小さめの容器の入手に成功した俺は、改めて牛乳を買いに戻り、他にも数点買い物を終わらせて彼女の元へと戻った。
「アンリエッタさん、朝ごはんこれなら食べれるかな?」
「ごめんなさい。あまり食欲が……、食べないと駄目ですか?」
「駄目です」
「どうしても?」
「アンリエッタさんの為に頑張って用意したから、出来たら食べて欲しいかな」
こう言えば、彼女の性格からして断れないのを知っていた。
でも、どうしても食べて欲しいんだ。異世界で
「うぅ、わかりました。頑張ります」
二日酔いで食欲が無かったアンリエッタさんを、ふんわりと甘い香りが鼻腔をくすぐったのか、目の前に置かれた黄金色に輝く料理に興味が出てきたようだった。
「これは、何という食べ物なのですか?」
「フレンチトーストって言うんだ。パンを卵と牛乳に浸して焼いたものだよ」
俺が説明すると、アンリエッタさんはフォークを手に取って、食べやすいサイズに切り分けたフレンチトーストを恐る恐る口へと運ぶ。
昨晩の夢のような口付けのせいだろうか、彼女の唇を見るとドキドキしてしまう。
「ええっ!」
驚きのあまり言葉が出ないアンリエッタさん。
カリッとした食感の後にやってくる、口の中に広がる卵と牛乳の濃厚な風味。そしてほのかな甘さ。それらが絶妙なハーモニーを奏で、彼女の舌を魅了したようだ。
「こんなに美味しい食べ物、初めて食べました……」
食欲が無かったはずの彼女。
あっという間に平らげてしまうと、名残惜しそうに皿を見つめる姿が可愛かった。
「おかしいですね……」
「何かおかしかったかな?」
「フェリクス様は、お料理をした事がないはずです。お屋敷にいた頃はオデットさんがおられましたし……」
普段の俺ならここは、顎に指をあてて考える仕草が良きとかいう場面だろう。でも今は違う、ちょっとしたピンチ到来だ。
この世界に来てから、1度も料理した事がないのを忘れてたああああ。
「ひ、1人になってから、色々自分でするようになったからね」
「でも、これは上手すぎませんか? わ、×××より……」
「ごめん。最後ちょっと聞こえなかったかも」
「い、いえ。忘れてください」
アンリエッタさんが頬を少し染めて、俯いてしまった。
うーん、なんて言ったんだろう。気になるな。
でもお陰で、うやむやになったようで良かったよ。
マリーさんにも以前、解体が上手すぎて怪しまれた事があったし、たまにやらかしてしまうなぁ……。気を付けないと。
実は違う世界から来た中身30代のおっさんです。って知ったら皆どうするだろう? アンリエッタさんは俺は許してくれるだろうか。
アンリエッタ僕が君を守るよ ~成功者になるはずだったおっさん、異世界へ飛ばされ愛を知る~ 神崎水花 @MinawaKanzaki
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