31話、初めての

「初めて、心安らげる場所でしたと言いませんでしたか?」

「じ、じゃあ?」

「ええ」

 そう言って、今日一番の笑顔を見せてくれたアンリエッタさんだったけれど、いつしかその笑顔は消えて、悲し気な表情と共に再び瞳に涙を浮かべてしまう。


「私ばかり、皆さんにこんなに良くして頂いていいのでしょうか? フェリクス様が一生懸命に貯めたお金を……、私なんかのために……」

「それは違うよ、アンリエッタさん」

「そうでしょうか……」

「アンリエッタさん、よく聞いてね? お金はね、ただお金でしかない。あるだけでは何も生み出さないんだ。お金があれば幸せって言う人もいるけれど、アンリエッタさんを取り戻すまでの間、僕の革袋には金貨が何十枚も入ってたよ? でもちっとも幸せじゃなかった。おかしいね」


「フェリクス様……」

 金貨100枚というお金が、申し訳なさが、彼女を縛ってしまうようじゃいけない。そんなの本当の自由じゃないよね。だから心を込めて説明するんだ。

 

「お金が人を幸せにするんじゃない。でもアンリエッタさんは違う、傍にいてくれるだけで僕は幸せになれるんだ。お金には変えられない大切な女性ひとなんです。だから、ただ一言こう言ってくれれば僕は満足なんです『ありがとう』って」

 笑顔に自信の無い俺だったけど、精一杯の笑顔で言えたと思う。

 そして、それがアンリエッタさんの心に届いたのかな?

 瞳はまだ潤んでいたけれど、柔らかな眼差しと微笑みで返してくれたよ。


「ぐすっ、私をあそこから出してくれて、ありがとうございました」

「どういたしまして、アンリエッタさん!」


 一応、念を押しておこうかな。

 俺の知らない彼女の過去が、忌み子と言われ里を放り出された過去が、アンリエッタさんの心に影を落としてると思う。だから周りに凄い遠慮をするし、とても気を使うよね。

 気を使える事は良い事だけどさ、本当は悪戯好きな一面があったり、子供っぽい一面を持ってる事を俺は知ってるから、彼女が本当の自分を出せるようにしてあげたい。これからの俺の目標の一つにしよう。


「そうだアンリエッタさん。もし皆に対して申し訳ないって想いが強いならさ」

「はい」

「これから僕と一緒に返していこうよ。ね? そうしよう」

「うふふ、フェリクス様なんだか少し、大人になられましたね」

「え、そうかな?」

「なられましたよ~? じゃあ、返していきましょうね」

 一緒に! の部分を強調してくれるアンリエッタさんが良き。

 俺をやる気にさせてくれる天才だよ。この女性ひとは。


「よし、じゃあアンリエッタさん。まだ時間あるから買い物に行こうよ」

「ええっ、今から買い物ですか?」

「だって、替えの洋服だって必要でしょ?」

「少しならフェリクス様が持ってくださった袋に入ってますよ?」

「この中って服が入ってたんだね。ちなみに替えは何枚くらいあるの?」

「1枚ずつですね」

「え、じゃあ少ないよ。やっぱり買い物に行こうよ。ほら、アンリエッタさん」

 遠慮する彼女の手を引いて、外に出た。

 暗くて狭い俺の部屋を出て、2人は再び町に出たんだ。

 いつぞやの初デートを思い出すなぁ。

 あの時初めて知ったんだけど、アンリエッタさんて果物好きなんだよね。

 果物も食べさせてあげたいな。

 

「アンリエッタさん、ちょっと教えて欲しいんだけどね」

「はい、なんでしょう?」

「アンリエッタさんは、魔法使いって事でいいのかな?」

「そうですね。フェリクス様の強化魔法のお陰で随分動けるようになりましたけど、やはり魔法使いでしょうね」

「魔法使いって、装備はどうなるのかな? 剣とか、鎧とか……」

「ん~、元来後衛と呼ばれる方達は肉体的には非力な方が多いので、基本軽装じゃないでしょうか」

 彼女が考え事をしている時の、顎に指をあてる仕草が好き。

 指をあてたり、首を傾けたり、上を見たりするんだよね。

 

「アンリエッタさんも?」

「ええ、私も軽装が好きです」

 という事だったので、魔法使い用の装備が売ってる魔法具店まで来てみたらだね。

 パラダイスだった。ここはまさしくパラダイス!


 こ、これは……。

 これこそがまさにザ・魔法使いであり、魔女の代名詞的装備1位と言えばコレしかない。魔女装備通販売上1位は絶対コレだよね。コレ。

 でも、なんて言うんだろうこの帽子……、名前がわからない。

 よく魔女が被ってる帽子あるじゃん? ホラ、あの先がとんがった帽子よ。お、とんがり帽子でいいのかな? 誰か名前知ってたら教えてください。


「アンリエッタさん、こ、これ被ってみてよ」

「うふふ、はい、どうぞ」

 俺の目が、期待と喜びに満ちているのがばれたのかな?

 俺よりまだ背が高い彼女が、体を少し屈めて『はいどうぞ』と微笑んだ。

 俺に帽子を被らせてくれるんだ!

 すぽん。

 アンリエッタさんの小さい頭にとんがり帽子が乗った。


 うおおおおお。

 やばいぞ。

 とんがりエッタ、かわえええええ。

 これ買う。今買う。すぐ買う!!

 はっ! も、もしかして『ほうき』も売ってたりするの!?

 おいおい、とんがりエッタさん飛んじゃうのか?

 でも、残念な事にほうきは売って無かった。

 とんがりエッタ空は飛ばず……完。


↓ とんがりエッタさん挿絵です ↓

https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818093077498260888


「魔法使いの服って、丈が長いのが多いんだね」

「肌の露出が多いと、危ないですから」

「ふぅん」

 目をほんの少しだけ、ぱちくりさせるアンリエッタさん。

 まさか、こんな事を聞いてくるなんて思わなかったよ。

 

「フェリクス様は、露出が多いのがお好みなのですか?」

「そ、そんな事ないよ」

 あ、慌てて否定する。

 いや、間違っては無いんだけどさ、でも、だからと言って露出が多いのは多いで嫌かも知れない。あまり他人に見せたくないし……。


 ほんの少しだけ悪戯っぽい眼差しで、じっと見つめられこう返されたんだ。

「ふぅん」

「ま、真似しないでよ」

「くすくす、ごめんなさい」

 さっきの俺の返事を真似するアンリエッタさんが良き。

 誰よりも美しいのに、可愛いなんて反則だよ。ホント。

 

 その後も、魔法使いの皆さんが普段着るような服を何点か試着してもらったり、アンリエッタさんと色々店内の物を見ては、ああだこうだ言うのが最高に楽しかったなぁ。また来たいお店でした。あ、ちゃんと何点か買ったからね? ご心配なく。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 夕陽が茜色に染めた空は、いつしか深い藍色へとその表情を変えていて、街を照らす光は、星屑を散りばめたような煌めきへと姿を変えていた。

 ふふ、詩人みたいだろ?

 彼女が帰って来てから、何もかもが綺麗に見えちゃうのさ。

 

「こんな騒がしい所でごめん。でも、僕が毎晩食べてたのはここなんだ。その、いない間の僕を知りたいって言ってたからさ……」

「ええ、言いましたし知りたいですよ? だから気にしないで下さいね」

 楽しかった今日1日を締めくくる晩御飯が、冒険者ギルド1階の酒場ってどうなんだ? おまえ馬鹿じゃね? さすが童貞。

 そう言いたいんだろ? お前たちの言いたい事はわかる。俺だってここは無いだろとは思うさ、でも、俺の毎晩の食事はここだったから。

 彼女がいなかった間の俺を知ってもらうのに、今日の晩御飯はここにしたんだよ!


「え? アンリエッタさんってお酒を飲んだことがないの?」

「はい……。だって使用人の立場でお酒を飲むわけには行きませんし……」

「そうかもしれないけど、うーん、冒険者の人達って凄い飲むよ?」

「そ、そうなんですね、どうしましょうか……」

 特に緑のオーガ様とか凄いんだから。

 大丈夫かな? アンリエッタさん……。


「じゃあ少し飲んでみようよ。練習も込めてさ」

「練習ですか……、わかりました」

 

「こ、これがお酒ですか……」

 エールと睨みあうアンリエッタさんが可愛い。

 ここにエールvsアンリエッタの戦いは幕を開けるのだ。

 頑張れアンリエッタさん。

 

 でもエールって確かにさ、飲んだ事が無い者からすれば異様な見た目だよね。

 黄金色で泡立ってるしさ、まるで病気がちのにょ…ゴホンゴホン。ふう、つい医療従事者的発想になってしまった。


「アンリエッタさんおかえり」と帰ってきてくれた歓びに乾杯をすると、彼女の薄く端正な唇が樽ジョッキに触れて、こくこくと喉を動かし始める。

「に、にが~い」

 ちょっと不味そうにするアンリエッタさんが良き。

 たまに見せる変顔が良き。

「これがね、不思議と飲んでると美味しくなるんだよ。だから頑張って」

 彼女にとって、初めてのお酒は苦かったらしい。

 でも皆飲んでるから。

 それに冒険者は飲む人が多いよ~と伝えると、彼女は頑張って飲んだんだ。

 そして、都合1杯と半分くらい飲んだあたりでダウンしたみたいだった。


 「フェリクス様、何だかフラフラとしてきましたよ? ふぅ、それに顔が熱いです。これが酔うというやつでしょうか?」

 見ると彼女は、その美しい顔と可愛らしく突き出た耳を真っ赤に染めていた。

 アンリエッタさん、お酒弱かったのか……。

 知らなかった一面を、今日一つ知ることが出来て嬉しかった。

「じゃあ、上で少し休みましょうか」

「はぁい」

 

 そうして、階上の俺の部屋へと戻る。

 アンリエッタさんはちょこんと椅子に座っていた。

 彼女の前にコップ一杯の水を置いて、俺は対面に座るんだ。

「アンリエッタさんお水飲んで」

「はぁい」

 なんだか少し、ゆらゆらと揺れているアンリエッタさんが可愛い。

 水を飲んで少し落ち着いたのか、真っ赤な顔で聞いてくる彼女。

 

「そういえば、フェリクス様?」

「なんですか?」

「私がいない間も、ちゃんと魔力制御の練習は続けていましたか?」

「出来るだけ続けるようにはしてました」

「では、昔のように指に炎を灯しませんか?」

 懐かしいなぁ、毎日毎日指に火を灯したよね。

 あの家での幸せだった毎日を思い出す。

 

「アンリエッタさん……、さすがにもう失敗しませんよ」

 アンリエッタさんは酔った事もあってか、綺麗なその顔を真っ赤に染めてニコニコと俺を見ていた。久しぶりに見つめた彼女の蒼い瞳は、まるで澄み切った湖底に沈むサファイアのように光を放つ。


「久しぶりに見たいのです。いけませんか?」

 大好きな彼女が、ほんの少し頬を膨らませる姿を見て断れる男がこの世に何人いようか。やるに決まってるよね。やるよ! 何回でもやっちゃう。


「じゃあ、見ててね」

「はい」

 子供の頃の様に指先へ数か所、炎を灯すだけじゃあ面白くないよな。

 折角だから10本全てに灯してみようじゃないか。

 10本すべての指に強弱をつけて、火を灯してみせる。


 すると、アンリエッタさんの美しい顔が近づいてくるじゃないか。

 ああ……いつかあったよね? 忘れもしないよ。

 炎の制御に集中していた俺を驚かそうと、彼女が行ったあまりにも可愛すぎる悪戯。 あれを思い出して心が満たされ、温かくなる。


 あの頃に比べたら、魔法の制御はずいぶんと上手くなったと思う。だからあの当時は気づけなかった彼女の接近を、今回は気づく事が出来たんだ。


 今度はこっちから驚かしてやるんだ……、ふふ。

 あれ? アンリエッタさん……驚かさないの?

 整然と並んだ、色々な大きさの十の炎が乱れだす。

 俺の心を移すかのように乱れだす。

 

 あの時超える事が出来なかった、遠い遠い10cm。

 あの時の距離を超えて、近づくアンリエッタさん。

 

 そして、俺と彼女の唇は触れた。

 やさしく、ほんの微かに触れるように。


 ほんの一瞬だったけれど、2人の体は唇を接点に繋がった。

 そうして2人は離れて、元の位置に戻ったアンリエッタさんが言うんだ。

 美しい顔を真っ赤に染めて彼女が言うんだ。

、まだまだですね〜。火がぜーんぶ消えてしまいましたよ?」と。


 彼女はちゃんと覚えてくれていた。あの時の台詞も全て。


 幸せすぎて胸が苦しいよ。

 やっぱりこの女性ひとが好きです。

 ずっとこの人の側に居たい。いつか死が2人を別つまで。

 もう一瞬たりとて離れたくない……。

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