知らないマンションの一室で女装をした話

アヌビス兄さん

第1話 知らないマンションの一室で女装をした話

さて、どこから語ろうか。


今や男の娘、あるいは女装という物は恐ろしくメジャーになっているが、少し前まではこの趣味というべきか性癖は受け入れられがたいものだったわけなのだ。今でも嫌悪感を持つ人がいるのも間違いないし多様性の社会と言えども生理的に無理なものは無理だろう。それも認めた上での多様性社会ってね。


さて、少し脱線したのだが、当方。女装をした事が過去に一度だけあるんです。

マジで、一人で隠れて? 衣装をしま〇らやらで買って? ノンノン。あのね。そういうお店が昔あったんですよ。もしかしたら今もあるのかもしれないんだけど、当方女装が趣味というわけじゃなく、そのお店女装すると異様に入店料金が安いという事を情報をくれた知人から聞いたわけなんだよね。当時の当方のスペックを語ろう。20歳、身長169cm、体重56kg。まぁどちらかといえばやせ型だった。その頃はパチスロにのめり込み、年収は学生の分際で500万くらいあったメシマズなお話だよね。面白い事にはとにかく首を突っ込んだ。


「ねぇ、兄さん。すげぇお店があるんだろうけど行ってみない?」

「いくいく、どこ?」


 この後、5分で後悔しましたとも。


「女装と女装好きの男がお話したり、お酒飲んだり、同意があればあっちもするお店」

「……ほぉ、そりゃあ。アバンギャルドな店だな(いきたくねー)」


 とはいえ、当時の当方には後退のネジなんてものは外してあり、ただあるのは制圧前進のみだったわけで、そこに行く事になったのだが、そこがまたびっくりするくらいの場所だったのである。友人と行った場所はまさかの某都道府県の某公園。この時の当方は一体何事かと、何かヤバい事に巻き込まれているんじゃないかと思ったわけさ。


ルルルルルルル!


 友人の電話が鳴る。時間は金曜日の20時頃だったように思う。「あー、今公園っすよーはいー!」と話していると、そこに小綺麗なおばさん。スナックのママみたいな人が現れたのである。


「こんばんわぁ、お店こっちだから」


 いや、コイツ多分男だ! 肩幅やら骨格やら明らかにおかしい。声は案外、女性にもいるなくらいの低さだったが、放っているオーラが明らかに雄の何かだった。この時点で逃げ出したくなった当方だったが、連れていかれた場所を見てちびりそうになった。


「ただのマンションやん!」


 そうただのマンションなのである。大丈夫かここ、ハーブパーティーとかやってんじゃないだろうなという気持ちの中、マンションの1室に入ると、そこにはレジがあり、軽い料金説明を受ける。


・ドリンクは1杯無料、2杯目から500円

・持ち込みも無料

・男性は入店3000円 女装は1000円

・メイク料金(下着こみ)1000円


 みたいな感じで、当方はガクブルで1000円札3枚払って逃げようとしたら、友人が「あっ、この娘も女装するんでー」と子ではなく間違いなく“むすめ”の方の娘というニュアンスで当方は断る事もできずにただ言われるがまま、メイクする場所に連れていかれた。

 するとここで奇跡が起こった。


「宜しくお願いします。スタッフの亜美(仮名)です」

「宜しくお願いします」


 この亜美さん、男なんだが、めちゃくちゃ可愛いのである。男の娘という言葉がこの頃からあったかはさだかではないが、まさに男の娘である。


「女装にはいつから興味あるんですか?」

「いやぁ、はは……ないですね」


 友人に連れられてきたら驚愕だった事、正直今すぐ帰りたい事を述べると亜美さんは、「そっか、そっか」とか言いながら当方のメイクをバンバン進めていく。人生はじめてのカツラ、もといウィッグを被る当方。姫カットのセミロングだった。つけまつげをつけて、メイクをした当方は鏡を見る。


 化粧ってすげぇなと。あの女優もあのアイドルも当方みたいな顔してて化粧で化けてこうなったるんだなぁとか失礼な事を考えてましたわ。

「ピアスは似合わないからハズそっか?」


 と言われ、右に3つ、左に2つつけているピアスを全部外すハメになった。もう終わりかと現実逃避している当方に亜美さんは、


「じゃあ下着着てきて」


とか拷問みたいな台詞を平然と向けてくる。言葉はナイフなんだなってこの時、教えてもらったような気がする。渡された袋には新品の女性用の下着。これを、当方が着る? マジか、この時の当方は他国に侵略されて人間の尊厳を失われた奴隷の気持ちで下着を……


 女性の下半身用の下着、くっそ小さいのである。そして上半身用の胸当て、めっちゃつけるの難しいのである。そうか、これは男にはいらない物なんだなと自分で自ら試して再認識できた。さぁ、下着をつけた当方はもはや無敵だ。あとは鬼が出るか女装の当方が出るかしかない。服のチョイスという事になるが、どちらかと言えば当方、この頃ファッションにはうるさかった。当時の自分がタイプとしていた女性像に近づけようとしたが、ここで亜美さん登場である。


「兄さん、細くて可愛いからこういう恰好がいいと思うの! うん、これにしなよ! 絶対に合うよ!」


 みたいな感じで、凄いガーリーな、今でいう量産型地雷ファッションみたいな恰好をさせられたわけだ。ここで分かった事があり、ここにいる奴は全員が男だ。男の可愛いと思う恰好と女が可愛いと思う……なんなら素敵だと思う感性が少しズレている。今でいうあざとい系の女性像が好まれるらしい。そんなこんなで見事に究極完全体兄さんとなった当方は全身を鏡で見る。


 クッソ可愛い! とかなればラノベみたいなものなんだろうが、まぁ。うん。あれだ。こういう女の子いるよね。小中高と特に目立たず、街中で出会うとなんかズレたお洒落している謎の女子。みたいな自分評価でも可もなく不可もないそんな感じに収まった当方を当方が見て、心が叫びたくなった。着替えが終わると、談話室として開放しているところに向かうわけだが……いるのである。オッサンと楽しそうに話している友人だった生き物が。


「えー、そうなんですかー。すっごーい!」

「えへへ、明日香ちゃん、ほんと可愛いね」


 そう、友人は明日香という。本名である! 仮名になんかするもんか。その明日香はなんだお前は! キャバ嬢かという接客で40代、50代のオッサンたちに媚び散らかしている。明日香のスペックは160cm 50kgくらいでいい感じのサイズっちゃーサイズだ。そして当方はこの時に察した。こいつ、ガチの奴や! ゲイとかホモとかそういうのではなく(もしかしたらそうなのかもしれないが)、ちやほやされるのが多分好きなんだ。


「あっ、兄さん。着替え終わったんだー! こっちでお話しよ」

「おう」


 この談話室には男性が6人いた、というかくっそ広いマンションだ。かつてはマンション麻雀にでも使われていたんだろうかと思う程に、それに対して女装は当方を含めて4人。一人はワンピースを着た高身長で当方達と同じくらいの若い女装。オッサンとマンツーマンで飲んでる。そしてもう一人は明日香。オッサン二人をはべらせて、酒をたかっている。もう一人は、残念ながら当時の当方はバケモノだと失礼な感想を持ってしまった中年の女装。スマホを操作しながらチラチラとこちらを見ている。仲間にでもなりたいんだろうか? ごめんである。


 ここで分かった事。女装だろうと女性だろうと若い奴はモテる。結婚相談所でも20代の女性の成婚率はクソ高いという。そして、当方が明日香の座るソファーの隣に座りアサヒスーパードライを飲む姿を見て、


「兄さんちゃん、言い飲みっぷりだね! それにスタイルいいねぇ、可愛い」

「そうっすか、あざっす」

「お兄さん、兄さんちゃんにお酒おごっちゃおう。何がいい、ほんと可愛いね」


 そう、可愛い。可愛い言われるのである。これが本当にくっそ気分いいのである。オタサーの姫とかの気持ちを当方がなんとなくわかるなと思うのはこの経験ありきなんだろう。そして無視していたのだが、奥の部屋からは喘ぎ声が聞こえてくる。まぁ、恐らく行われているんだろうな。生産性どころか受胎率ゼロの行為が……うん、思えばカオスなところに来たもんだ。


 そして話をしていると嘘か本当か、オッサン達は個人経営の社長だったり、どこぞの重役だったりそこそこの肩書持ちなのだ。もしそれが事実なら日本という国の終わりをそこはかとなく感じつつ嘘なら嘘で肩書で若い燕を抱けると思っているならそれもまた残念だ。そして1時間程飲み、語らっていると、ムラムラしたオッサンが、


「明日香ちゃん、向こういかなーい?」

「えぇー、いかなーい!」


 この時、既に明日香ちゃん(笑)はスーパードライを6缶飲み散らかしており、元を取っている状態だった。そんな明日香ちゃんがお断りすると、次の矛先は必然的に当方に向くわけで、


「兄さんちゃん」

「あっ、無理っす」

「……そう」


 しかし、オッサン達。フェザータッチが凄い。気が付けば後からやってきたオッサン達も含めて当方と明日香ちゃん(笑)の周りに5人は集まっている。普通にオッサンに迫られるとクッソ怖いわけで、痴漢とかする奴、死刑でいいと思う。男の当方が感じるという事は、女性のそれは想像を絶するものだろう。あと、オッサン達がカラオケを歌うんだが、こいつらみんなどちゃくそ歌が上手いのも本当に謎。

 やたら、当方のご執心の30代のオッサンは店外デートをしたがるので、さすがにこの恰好で外出るとか、無理ですと断ると次はいつ来るのか? 連絡先を教えて欲しいと……


 あぁ! これがキャバ嬢にハマる男かー! とプチ感動をした事も忘れないでしょうな。多分ね。なんだかんだで5時間程そこに滞在して、化粧を落として着替えて明日香ちゃんから明日香に戻った友人と深夜の街に飛び出し、牛丼屋で夜食を取った時、


「兄さん、次はさーもっと面白いところがあるんだ」

「いや、もういいよ。十分当方の心はライフゼロだよ」

「まぁ、話だけ聞けって」

「……どうぞ」

「女装してオッサンとお話するだけの高額バイトがあってさー」

「……」


 そんなバイトがあったらしいですが、それに関しては当方は知りません。まぁ、女装は今後生涯する事はないでしょうが、女装をして女性として扱われた事で、女性の気苦労やらなんやらをわずかばかり知った当方の黒歴史でした。

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