雪女
@ninomaehajime
雪女
いつしか溶けない雪が降り出した。
いわば火山灰に近い。夏の季節にあっても溶けず、不思議と冷たさを伴わない。地面を覆い隠し、家々を呑みこみながら、私たちの村を白銀に染めていった。
故郷の地を離れる者も続出した。
早くから病で妻を亡くした父も、本来ならこの地から離れたかっただろう。それができないのは私のせいだった。二人のあいだにできた子は、髪の毛が白く、両の瞳が赤かった。肌の色も抜け落ちている。
外を出歩けば、村の子供たちから石を投げられた。赤目と罵られ、雪女と呼ばれた。私たち父子は村八分にされていた。
父親に向けられる不当な侮蔑や差別は、全て私が元凶だった。なのに父は娘を責めることはせず、妻の忘れ形見として慈しんでくれた。
「お前は雪女などではないよ。私たちの大事な娘だ」
そう言って、老婆のような白髪を撫でた。手は痩せ、骨が浮いていた。
幸か不幸か、村人が去って私たちは差別からは解放された。彼らはこの溶けない雪の原因を私に求め、祟りとして恐れた。村の若者が去り際に放った一言が今も頭に残っている。
「村を返せ、物の怪め」
彼に同情した。私には、どうすることもできないんだよ。
村は半ば積雪に沈み、私たちは家人をなくした家を転々とした。生家はとっくに雪の下で、必然的に高い場所へ移動することになった。傾斜した土地の家屋は埋もれづらく、屋内の雪を掻き出して暖を取った。
囲炉裏の自在鉤の下で、
「お父、ここから離れないの」
欠けたお椀から魚の汁物を啜る父は、私の眼差しから逃れた。
「ここにはお前のお母も眠っている。故郷は捨てられないよ」
嘘だ、と私は思った。
父がこの忌まわしい地を去り難いのは、私の容姿のせいだ。生まれ故郷でさえ
それが予見できたから、父は溶けない雪に埋もれた故郷で娘と暮らす決断を下したのだ。外界から隔絶され、どれほど貧しい生活を強いられても。
私は彼の重荷だった。その枷を外してあげたいとも思った。
父が漁に出ているあいだ、仮初の家を出た。季節は冬を迎え、空は濁っていた。静かに雪が降っている。
履き物も履かず、あてもなく歩き出した。とにかくここから離れようと考えた。父にも見つからない遠い場所で骨を埋めよう。
歩きながら、天から降ってくる粉雪の正体に思いを巡らせた。白い手の中に落ちても溶けず、そのまま降り積もる。冷たさはなく、おそらく私たちが知っている雪とは別物だろう。ならば何なのかと問われれば、答えを持ち合わせていない。
そこは広い平原で、一面が銀景色だった。暗い色をした空と二分され、降雪は激しさを増している。雪の冷たさはなくとも、冬の厳しさは容赦なく私の体温を奪った。手足の感覚がなくなり、とうとう私は倒れた。
霞んでいく視界の中で、吹雪が吹き荒れていた。この勢いなら、真っ白な私の亡骸を隠してくれるだろう。その名の通り、雪となるのだ。
意識を失ってから、どれほど経っただろう。夢の中をたゆたっていた。顔も覚えていない母の温もりに包まれた気がした。目を覚ますと、吹雪は止んでいた。私は全身を熱のない雪に覆われ、寒さから身を守られていた。
雪の毛布を払い、私はしゃがみこんだまま空を見上げた。死に損ねた。その思いとともに放心していた。
まだ純白の雪がちらついている。その一欠片を掴もうとして、指をすり抜けた。掴み損ねたわけではなく、自らの意思を持っているかのように避けたのだ。目を
あるいは蛍にも似ていた。この雪は、生きている。
払いのけた雪たちが束の間浮かび、私の体を取り巻いた。白い柱の中で、こう考えた。これらは雪ではなく、ある種の生き物なのだ。空に棲み、おそらくは寿命を迎えたものが大地に降りそそぐ。
溶けない雪の正体は、死骸なのだ。
死を間近に控えて、この雪の姿をした何かは私に興味を抱いたようだった。最期の力で周りを乱舞している。結果として自分の命を救ったこれらの考えなどわかるはずがない。ただ人が勝手に解釈するだけだ。赤い目から涙がこぼれた。
私は、生きていていいのか。
「お雪」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。父の声だった。私を包んでいた雪の柱は力尽きて、一斉に地へ落ちた。
必死に白い亡骸を掻きわけてくる父親の姿に目を向け、私は立ち上がった。例え雪女と呼ばれようとも、この地で生きていこうと心に決めた。
降りそそぐ雪の死骸に埋もれながら。
雪女 @ninomaehajime
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