終 年年歳歳花相似

 季節の過ぎるのは早い。


 忠平は車を運転しながら、春の始まりを流れる景色から感じていた。


 あの事件のことは落雷とそれに伴う火災による大規模な事故、という内容で全国的に報道されていた。百名を超える死傷者が出た大事故ということで大々的に報じられたが、半年も過ぎると、事件についての報道も次第に収束していった。


 多少事情を知ることになった柴は、記事を書く寸前で上から止められ、悔しい思いをしたそうだ。 


 独占インタビューの話は、当然ながらできないままだ。


 忠平自身は事件での行為は一切不問、となった。


 それは事件解決に貢献したというより、〝ホクメン〟と称されるあの警察組織でもごたごたがあったり、上層部からの『意向』というのを忖度してのものだとか。詳しいことは知らされなかったが。


「全てはこともなし――か」


「どうした佐上?」


「いえ、何でも」


 忠平は思わずつぶやいた言葉を助手席の先輩にとらえられて、少し戸惑いながらごまかした。


 居なくなった主人の喪失をいつまでも憂いているわけにもいかず、生きるために仕事をしなければならない。


 なんとか凪川市にある部品メーカーに再就職を決め、忙しく毎日を過ごしていた。


 それでも一般社会と常識からかけ離れた、あの季節のことは鮮烈な記憶として脳裏に焼き付いて離れなかった。


 そういえば、もうすぐ――。


 偶然にも、彼女と出会った公園に差し掛かっていた。


 いる筈はない。それでも忠平の視線は自然と公園に導かれた。


 長い髪、高校生らしい、制服姿。


 忠平はほぼ無意識に、車のブレーキを踏んだ。


「おい、急にどうした?」


「すみません、ちょっとトイレで」


 車を道路脇に避けてハザードを点灯させると、公園へ走り出す。


 忠誠心めいたものが忠平を、先輩を置いてきぼりにする罪悪感から引き剥がした。


 朗らかな日差しが開けた公園の中に差し込む。


 公園内には桜が植えられており、一般的なソメイヨシノ、ではなくエドヒガン系のそれである。開花は、間近に迫っていた。


 その中に佇む、一人の少女。顔は見えない。誰かを待っているようにも、ただこののどかな風景を眺めているだけのようにも見える。


 忠平はこの期に及んでためらい感じていた。


――本当に彼女か分からない、下手したら通報ものだ。


 ――それでも、それでも俺は――。

 

「薬師峰さん、また依頼があったんだろ、行こうぜ」


 忠平の呼びかけに、少女の髪が揺れ、花の香りが鼻腔をくすぐる。


 あの香りだった。


 花は、ほころんだ。


 少女の顔は、これまでに見たことのないほど輝きに満ちていた。


「了」

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凪川妖狐奇譚 〜吒枳尼天(だきにてん)現世に転生す〜 香山黎 @kouyamarei

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