Garden

鳥尾巻

ガッコウ

 おれは今日も穴を掘る。おれはあんまり頭がよくない。でも博士たちはいつもおれをほめてくれる。

 きみはジマンのガーデナーだって。ガーデナーっていうのは、庭を作ったり、草や花を育てるのがうまいヤツってことだ。

 博士たちは頭がいい。なんでもしってる。だからきっと、おれは腕のいいガーデナーなんだ。


 おれが生まれたころ、世界にエキビョウが流行った。大人たちが死んで行き場のなくなった子どもを集めた博士たちは、みんなにご飯を食べさせ、きれいな服を着せて、勉強を教えることにしたんだって。

 おれは座ってする勉強が好きじゃなかったから、博士たちは外でショクブツを育てる方法を教えてくれた。おれは勉強は嫌いだけど、ショクブツのことなら覚えられた。


 おれは今日も地面を掘る。土を掘り返して柔らかくするんだ。庭をきれいにして、花や野菜を育てる。おれの育てた花は長もちするし、野菜はとてもウマいって、博士たちはほめてくれる。おれもそう思う。


 ここは昔「ガッコウ」ってところだったんだ。博士たちが言うには、子どもが勉強する場所だって。げえ。なんで大人は子どもに勉強させたがるんだろうな。

 建物をグルッとかこむ青みどりの高いフェンスの向こうには、何があるのか知らない。博士たちに外は危ないから出ちゃいけないって言われてる。キケンな動物が入ってこないように、フェンスの外はドームみたいな透明な防壁シールドでおおわれてるんだって。


 でも、頭が良い子は「ソツギョウ」ってやつをして、外の安全な場所に仕事をしに行くんだ。おれはきっと一生ソツギョウはできないな。ここで野菜を作ってるほうが好きだ。

 博士たちはフェンスのそばに小さな家を建てて、そこにおれを住まわせてくれた。おかげで毎日好きな仕事ができる。


 ときどき、他の子たちが、ケースに入れたヒリョウをたくさん持って来てくれる。博士たちが作ったヒリョウを土に混ぜるときれいな花や、ウマい野菜が育つ。

 青みどり色で、なんて言ったっけ。博士たちがなんか言ってたけど、忘れた。とにかくおれは、その青みどりのグチャグチャのヤツをまいて、土を柔らかくして花や野菜を作る。


 あるとき、おれと同じ年くらいの女の子がやってきた。博士たちがみんなに配ってる灰色の作業着を着て、ニンジンみたいな色の長い髪を後ろで結んでいる。鼻に薄いソバカスが浮いていて、きれいな青みどりの目をしていた。

 みんなヒリョウを置いたらすぐ帰ってしまうけど、その子はおれが地面を掘るのをじっと見ていた。


「なに見てる?」


 おれの言い方が悪かったのか、女の子はビックリした顔をして、おれのことを見た。おれよりずいぶん体が小さいから、おれを見て怖がっているのかもしれない。その子は居心地が悪くなるくらい、じーっとおれの顔を見つめてから、口を開いた。小さくて、赤いバラの花びらみたいな口だ。


「ガーデナーがしゃべった。あなたしゃべれるの」

「しゃべるよ」

「他の子は話してるの聞いたことないって言ってたよ」

「みんなすぐ中に入っちまうからな。頭の良い子たちはおれに話しかけない」

「そうなの」


 何がおもしろいのか分からないけど、その子は小さな手で口を押えてクスクスと笑った。そして、その白くて小さい手を、おれに向けた。


「わたしはライラ。ガーデナーは名前なの?それともあだ名?」

「むかしはアダムって呼ばれてた」

「そうなの。よろしくね、アダム」


 おれは差し出されたライラの手のひらを見ていた。どうして手を出しているんだろう。何かほしいのかな。野菜?花?

 おれは土で汚れた手を作業着で拭いて、近くに咲いていたバラの花をつみ取った。ライラの柔らかそうな手が傷つかないように、棘をぜんぶ取って渡す。すると、ライラは悲しそうな顔をした。


「ありがとう。でもわたしは握手をしたいんだけど」

「アクシュ?」

「仲良くしたい人とする挨拶よ」


 ライラはそう言うと、バラを持っていない方の手で、おれの手を握った。思ったとおり柔らかくて、とてもあたたかい。おれの手はいつも土で汚れているからきれいな手が汚れてしまわないか心配だ。でも、ライラは握った手を軽く上下に振って、アクシュってやつを教えてくれた。


 おれたちはアクシュをして仲良くなった。ライラは1日とか3日おきくらいに来た。ここに来るのはトウバンの時だけなんだって。

 おれは毎日穴を掘って、青みどりのヒリョウを土に混ぜて、花や野菜を作る。おれはとくべつきれいに咲いたバラは、ライラにあげることにした。そのたびにライラは悲しそうな顔をする。もしかしたら花が好きじゃないのかもしれない。

 それでもライラが来た時は嬉しくて、おれは穴を掘りながら小さな声でうたう。


「バラのわっか、ポケットいっぱいの花たば、ハクションハクション、みんなたおれた」

「なあに、それ」

「むかし、博士たちが教えてくれたウタ」

「ウタ?」

「ウタを知らないの?」

「ガッコウでは教えてくれないよ」

「そうなんだ」

「アダムは博士たちの特別なのね」

「そうだ。おれは博士たちのジマンのガーデナーだ」


 そう言ったあと、なんだか恥ずかしくなって、ほっぺたをこすった。ライラはそれを見て、またいつものように笑う。そしてポケットから白い布を出して、おれの顔を拭いてくれた。

 おれはライラにウタを教えた。優しい風が吹いて、うたうライラのニンジン色の髪がゆれる。少しお日さまが差して、目の色が透けているのがきれいだ。

 青みどりの目がきれいだと言ったら、ライラが正しい色の名前を教えてくれた。ライラの目はターコイズブルー。同じ色だけど、博士たちのヒリョウの時は覚えられなかったのに、ライラが教えてくれたらすぐに覚えられた。

 おれは「ずっとライラと2人でウタをうたっていたいな」と思った。


 

 ある晩、家のドアをたたく音で起こされた。なんだか外がうるさい。


「アダム、開けて」


 ライラの声だ。おれは急いでドアを開けた。ライラが暗い影の中に立っていた。ニンジン色の髪はボサボサで、灰色の作業着は汚れている。

 風に乗って、煙の臭いがした。暗いと思っていた外は、ガッコウのある方角がやけに明るい。ライラの頭ごしに、建物が燃えているのが見える。


「火事だ!」

「そうよ」


 慌てるおれに、ライラが静かに言った。


「わたし達、ここを出て行くの」

「ソツギョウするの?」

「違うわ……いえ、そうね。あなたも行きましょう」

「でも、博士たちが外は危ないって」

「そんなのウソよ」

「ウソってなに?」

「ほんとうじゃないこと」


 ライラは両手でおれの手を握った。その手が濃い色のバラみたいな赤に染まっている。よく見れば、灰色の作業着にもその色がついていた。


「それどうしたの?」

「ああ、これは博士たちの血よ」

「血?血は青みどり……ターコイズブルーだよ?」

「博士たちは人間だから、血が赤いの」

「ニンゲン?おれたちもニンゲンだろ?」


 おれにはライラの言ってることがよく分からなかった。ポカンとしていると、ライラは疲れたように溜息をついた。


「いいえ、私たちは博士たちに作られた人間に似た何か。あなたはアダム。最初の子。博士たちもあなたには愛着があったのかしら。私たちは外の環境で生きられるかどうかテストする為の実験体なのよ」

「……なに、言ってるか分からない」

「ノアの箱舟の鳩、鉱山のカナリア。人間に一番近い体だけど、人間じゃない。分かる?外がようやく住める環境になったから、もう要らなくなった私たちは処分されてしまうの」

「ショブン」

「今までもそうだったわ。ソツギョウした子は二度と帰ってこないでしょう?」


 ライラの言葉は、おれにはむずかしくてよく分からない。いつも分かりやすく教えてくれるのに、今夜のライラはいじわるだ。


「一緒に行きましょう、アダム。ここは危険なの。すぐに他のガッコウの人間が私たちを処分しにくるわ」


 ライラがおれの手を引っ張る。いつもアクシュをする白い手は、博士たちの赤に染まっている。


「博士たちはどうするの?」

「博士たちはもういない」

「おれはどうすればいいの?」

「そうね、じゃあ、今度は私の為に庭を作って。外はここより広いから、アダムがいてくれたら助かるわ」

「……いっしょにウタをうたってくれるなら」

「いいわよ」


 おれはライラに手を引かれて走り出した。おれが作ったきれいな庭は踏み荒らされ、地面は足あとだらけ。燃える建物は今にも崩れ落ちそうだ。ターコイズブルーのフェンスと透明の防壁シールドには大きな穴が開いている。

 他の子たちも走っている。いつも見ているだけだった外の世界が近づいて、草と土の匂いがつよくなった。


「どこへ行くの?」

「どこでも!」


 走りながら、ライラが楽しそうに笑う。今まで見た中でいちばんステキな笑顔だ。

 おれはライラのジマンのガーデナーになろうと思った。




【引用】


『Ring-a-Ring-o’ Roses』マザーグースより

英詞(イギリス)

Ring-a-Ring-o' Roses,

A pocket full of posies,

Atishoo! Atishoo!

We all fall down.

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