SF裁判

@e_nunuma

AIマテリアルビデオグラファーとは?




 2025年、某日。鹿児島地方裁判所。とある法廷。





【冒頭陳述】


「この事件は、2025年の5月6日に、鹿児島県・熊ヶ岳の西側の中腹にて、Jさんという男性が、Kさんという女性を殺害した事件です。Jさんは39歳男性で、生活保護を受給している無職。Kさんは31歳女性で、職業は、フリーランスのAIマテリアルビデオグラファーでした」





【弁護人→被告人Jへの尋問】


「あなたは、Kさんとはどんな関係にありましたか?」


「友人関係です。前の前の職場からの仲です。それは旅行会社でした」


「Kさんの職業はフリーランスのAIマテリアルビデオグラファーだという説明がありましたが、これは本当ですか?」


「ええ、そうです」


「この、AIマテリアルビデオグラファーというのは、具体的には何をする仕事なのか、知らない人にもわかるよう教えてください」


「あのー、まだ普及してない言葉ですもんね。最近できた職業なので、日本でやってる人は、まだ30人もいない気がします。えー、前提からの話になるんですけど、この前、新しく法律ができたじゃないですか。AIで何かを生成をするときは、そのAIに食べさせたデータセットの全容を公開しないとダメですよ、そしてそのデータセットに、作者からの許可を得てない著作物が含まれてたらダメですよっていう、そういう法律ができたじゃないですか。それでAI業界では、作者の許可がある映像データを膨大な量、用意するにはどうしたらいいかっていう課題ができて。じゃあ、外を歩き回るのが好きな人が、カメラを胸につけて、映像を撮影しながら世界中を歩き回れば手っ取り早いよねっていう話になってるんですよ。普通に街とか、建物の中とか、山道とかを歩き回って録れた映像の使用許可を、生成AIで稼いでる業者に売ると、それだけで1万円前後になったりするんですよ。それで食ってる人がAIマテリアルビデオグラファーです。まあ、横文字だからわかりづらいかもですけど、普通にAI素材映像撮影者のことですよね。はい。こんな説明でいいですか?」


「はい。今の話だと、街や、建物の中や、山道で映像を録るとのことですが、Kさんはなぜ、わざわざ危険を冒して熊ヶ岳の奥深くに立ち入ったのでしょうか?」


「あのー、ありふれた場所で映像を録っても、同じことをやってる同業者がいっぱいいるから、素材としての需要が低くて、行って1万円くらいにしかならないんですよ。でも、森の奥深くで、背の高い草をかきわけて、獣道すらない所にまで足を踏み入れて映像を撮ると、その土地ならではの動植物もいますし、それってネット上にすら存在しないような新しい映像になるんですよ。それはぜひともAIに食べさせたいということで、価格を30万円あたりに設定していても、映像制作系の会社から入札があったりするんですよね。まあでも、まだ同業者が少ないからそんな額になってますけど、これから同業者が増えて行くと、もっと価値は下がっていくんじゃないかなという気はします」


「Kさんは、いつからその仕事をしていますか?」


「わかりませんけど、今年ということは確かです」


「Kさんはそんな貴重な映像を撮る目的で、他にはどんな場所に足を運んでいましたか?」


「僕も一緒に行ったやつだと、登山の他に、ダイビングとか、洞窟探検とか。やっぱり結構な額になったみたいですよ。あ、もちろん許可を取って立ち入ってますから」


「あなたは、Kさんの手伝いをよくするんですか?」


「はい。Kは、アウトドアをするときは安全のため、必ず1人ではなく複数人で行くと言っていました。僕が一緒にいくと、対価として8万くらいくれるので、よく手伝ってましたよ」


「Kさんの手伝いをするとき、気を付けていることはありますか?」


「僕の姿が映像に映り込まないようにしてよ、とKによく言われたので、それですね。特定の人物が映像内に何度も映りこむと、AIとしては偏ったデータを与えられることになるから、商品価値が大幅に下がっちゃうんですって」


「過去に、Kさんのために、なにかしてあげたことはありますか?」


「以前別の山に行ったとき、Kが毒蛇に噛まれて息が浅くなっていたので、僕が応急処置をして、おぶって下山して救急外来に連れていき、そのおかげでKさんが助かったことがあります」


「今回あなたは、Kさんを殺害してしまいましたが、なぜ殺害したのでしょうか」


「Kを殺害する理由がないので、本当にわかりません。事件当時の記憶もありません。気がついたら自宅で寝ていて、枕元に血まみれのカメラがあって、そのカメラの映像を見て、これはヤバいと思って警察に届けたら逮捕されました」


「映像を見て、どう思いましたか?」


「ショッキングでした。とても」


「いまこの場にKさんの遺族がいるなら、何と伝えますか」


「本当に申し訳ありません。私も、Kのことは大切な友人だと思っていたので、どうしてこうなってしまったのかわかりません」


「今後は再犯しないために、どういった工夫をしますか?」


「わかりません。ただ、熊ヶ岳には二度と行かないようにします」








【検察官→被告人Jへの質問】


「例の、犯行の瞬間を収めた録画についての質問です。録画内で、あなたとKさんは、喋りながら歩いていますね。しかし2人は、会話しているというより、それぞれが独り言を言っているといった感じでした。これはなぜですか?」


「あのー、その理由に関しては、少しAIについての説明をしないといけないのですけど、僕も詳しくないので曖昧な説明になってもいいですか」


「どうぞ」


「AIには最終的にどういう動作をしてほしいかというと、プロンプトを、つまり命令文を与えると、それに忠実な映像を出力するような動作をしてほしいんですよね。だから、映像と、その映像の説明文の情報が紐づいてないといけないんですよ。ええと、説明が難しいな。どう説明……うーん」


「説明、続けられそうですか」


「はい、大丈夫です。えー、例えば、映像生成AIに、”ここは法廷。被告人目線の映像。裁判官の頭はツルピカ” というプロンプトを与えた時に、ちょうど今の僕の視界のような映像が出力されれば、AIとして優秀なわけですよ。だからその、AIに食べさせるデータセットとしては、映像と、その映像を説明するような文章とが、紐づいている必要があるんですね。だから、仮にいま僕がこの法廷を撮影しているとすると、僕が”ここは鹿児島地裁の法廷。被告人目線。裁判官は男性で頭はツルピカ、検察官はふくよかな女性で泣きぼくろがある” などと、カメラに映ったものを全て叙述するように喋っていくと、AIの方で、その映像と説明文の紐づけができるようになってるみたいなんですよ。正直、その紐づけというのがプログラム上でどのようにして行われてるかは、映像を撮って売ってるだけの僕はよくわかってないです。カカオを作ってるガーナ人が、チョコレートの作り方を知らないみたいなことです。こんな説明で伝わったでしょうか」


「わかりました。いまあなたは、カメラに映ったものを全て叙述するように喋っていくと言いましたが、叙述というのは、事実のみを述べるのですか?」


「事実も喋りますが、感想とか、形容も大事です。暗く哀しい路地裏、明るく晴れやかな木漏れ日、ビュウビュウと吹く風に飛ばされるビニール袋、寂しく佇む石碑、雨上がりの湿った臭い、とかです。そういうのもプロンプトで指定されることがあるので、感じたこと、思ったことは全て喋った方が商品価値が上がる、とKが言っていました」


「そうですか。ではあなたはKさんを殺害した後、その遺体を見ながら、自分が何を叙述していたのか覚えていますか?」


「当時の記憶は全くありません。でも、録画を見て、いやというほどわかりました」


「カメラの録画を見て警察に届けたとのことですが、録画を見たあと、ただちに警察に届けたのですか?」


「いえ……見てから届けるまで、2日ほど間が空いています」


「なぜ、ただちに届けなかったのですか?」


「念のため、その録画をネットに出品して、買い上げられたのを見届けてから警察に行きました。それはKの最期の成果物でしたから、警察に押収される前にちゃんとAIに食べさせてあげないと、Kも報われないと思って。あ、もちろん、事件のシーン以降は全て編集でカットして、全く事件性のない映像にしましたよ」


「では、今この瞬間、どこかの誰かのAIが、あの熊ヶ岳の森によく似た風景映像を出力しているかもしれないということでしょうか」


「はい、そうです」


「今回の出品というのは、あなたのアカウントで行ったのですよね」


「はい」


「ということは、売り上げはあなたの銀行口座に入るんですよね」


「え、あ、もちろん売り上げは全てKの遺族にお返しします。それから、生前のKから、僕の日当として8万円を貰っていましたけど、それも遺族にお返しします。なので、売り上げは僕の懐には入らないです。本当ですよ。この勾留が終わったら、すぐ。」


「その録画は、何円で買い上げられたのですか」


「23万円ほどだったと記憶しています」







【検察官の論告・求刑】


「被告人は、山の奥深くで被害者を殺害したあとカメラを盗み、その録画データを自分のアカウントで出品して売り上げを上げているため、営利目的の殺人だと思われます。殺害方法も、極めて高い殺意を持った方法でした。尋問中も反省の様子が全く見られません。求刑ですが、被告人を無期懲役に処するのが相当と言えます」





【弁護人の最終弁論】


「被告人は、生前のKさんを背負って下山したことがあるほど、Kさんを友人として大切にしており、営利目的としては不自然な殺人です。犯行後に証拠品を持参して自首していることからも伺える通り、本件犯行当時の被告人は一時的に心神喪失状態で、責任能力がなかったと思われます。刑法第39条1項に則り、無罪にすべきです」








【問題となった録画】


 犯行の瞬間を収めた録画はショッキングであったため、法廷のスクリーン上で再生されることはなかったが、刑事記録には残った。映像は、熊ヶ岳で車を降りたJとKが、風景を説明しながら歩いている所から始まる。カメラは、Kのジャケットの左胸ポケットの部分に装着されている。以下、その音声を書き起こす。




K:ここは鹿児島県の、熊ヶ岳。その奥に金峯山。


J:緑の山々。明るい曇り空。


K:舗装された道路がカーブしている。


J:野イチゴ。オドリコソウ。


K:ではなく、ハナミョウガ。


J:ヒノキ。カエル。


K:カジカガエル。


J:道に植物が飛び出ている。石の杭。


K:それは三等三角点。


J:サルの鳴き声。シジュウカラの鳴き声。


K:朽ちた看板。倒れて、腐った看板。


J:赤い文字で、巨頭オ……?


K:巨頭村? と書かれている。看板の右側が劣化している。


J:道?


K:もともと道だった場所。


J:地形でかろうじて道だったとわかる。


K:視界に人工物は全くない。





 中略。森の奥深くに向かって20分ほど歩いている





K:あ、板が重なって潰れている。


J:元は家。離れた所にも何件かある。おそらく廃村。


K:柱は雨に侵食され、アリの住処になっている。


J:割れたガラスが散らばっている。


K:ワッ……人骨……?


J:頭だけない人骨だ。


K:人骨が瓦礫の下からはみだしている。


J:薄暗く、寂しい夜。


K:いや、明るい昼だよ?


J:あ……………………人。


K:人?


J:腕が2本と、脚が2本、そして頭が1つ。という人。


K:ちょっと待って、何、どこに人がいるって?


J:人がたくさん。というか、1人がたくさん。


K:変なこと言わないで。


J:人。人。人。人。こちらを見ている。


K:怖いからやめて。いないよ人なんて。どしたの、急に。


J:頭の中が、寂しい村……


K:なに、急に静かにならないで……。どうしたの、うわって! ちょ、やめてよ! 痛い痛い痛い痛い! ああがああやめて! 痛い!



 Jは、Kに突進し、覆いかぶさる。ジャケットが激しく擦れ合う音。起き上がろうと必死にもがくKの首に、Jは噛みつき、数分かけて喰いちぎる。暫くの格闘ののち、やがてKは動かなくなる。


J:為したことは、為した人と為す。また次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の女と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、そのまた次の一人と、



 そう繰り返しながら、Jはなぜか遺体を推定16mほど引きずって移動させた。そこで遺体のジャケットからカメラを取りあげ、遺体を映した。



J:白痴。子なし女。我々とは違う人。ダメもの。



 そこでカメラは録画停止ボタンが押され、終了した。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SF裁判 @e_nunuma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ