羊と狼と熊 (環境工学科二年 長瀬和也) (終)

 東瀬麻美あずせ まみの様子を真剣に心配したのは確かだったが、一方で長瀬ながせは、彼女が相談員のところへかけこんで、あることないこと言われるのではないかと危惧もしていた。

 何しろ自分は「環境工学科の長瀬」と名乗ってしまっていたのだ。ただでさえ要注意人物として素行を毎週輪島五月わじま さつきに報告することが義務付けられている身だ。ここで彼女にストーカーの協力者として訴えられては元も子もなかった。

 東瀬麻美の姿はすぐに見つかった。それは彼女が赤や紫といった林の中では目立つ色柄のパーカーやミニスカートを穿いていたせいもあったし、何よりはっきりと息を切らせていたからだった。

 彼女は大学のフェンスの外まで出てしまっていた。地元の住民がごくまれに利用する駅への近道。そこで彼女はコナラの幹に手をつくような格好で腰を曲げ、はあはあと喘いでいたのだった。

「大丈夫ですか? 随分苦しそうだけれど」

 長瀬が声をかけると、麻美は振り向いて彼の顔を確認し、恐怖の顔になった。両手の先が白鳥の首のように硬直し、何も握れないような状態だった。

「過呼吸発作を起こしたことがありますか?」

 長瀬が訊いても彼女は答える意思がないようだった。ただ動けないのでそのまま恐怖の目で長瀬を見つめるだけだった。

「医務室へ行きましょう。そこで休んだ方が良い」

 長瀬が肩に手をかけると、麻美はぴくんと全身を震わせ、しかしそれでも体が自由に動けないようで、長瀬にすっかり体を預けるような格好となった。

「歩けますか? おんぶしましょうか?」

 いろいろと声をかけるが麻美は首をふるだけだ。

 仕方がないので長瀬は彼女のディパックの下あたりから腰に手をやって自分の方へ引き寄せようとした。

 それがまた彼女を刺激することになってしまった。

 全く声にならない悲鳴をあげている。これでは身動き一つできないと長瀬は困惑した。

 すっかり力が入らなくなってしまった彼女は腰が折れ、頭がどんどん地面へと向かい始めていた。

 それを倒れないよう支持するには長瀬は後ろから手を回し彼女の腹の辺りを支えてやらなければならなかった。

 そうしてやわらかい彼女の腹部に触れ、髪や首すじから漂ってくる女性のほんのりとした甘い匂いを嗅ぐと、長瀬は徐々に惑わされていく自分を感じた。

(少し、落ち着かせてやる必要がある)

 はじめは単に彼女が楽に呼吸できるようにという配慮だった。ディパックを肩から下ろしてやり、後ろからパーカーやシャツを少し捲り上げて、手を差し入れ、ブラジャーのホックを手際よく外してやった。

 この程度のことなら朝飯前だ。麻美の背中はすでに汗で相当湿潤していた。

 突然麻美は膝ががくんと崩れ、体ごと地面に落ちそうになる。反射的に長瀬はそれを阻止しようとして右手を彼女の前に差し出したところ、思わぬところに手が入ってしまった。

 右手の掌の中にすっぽりと彼女の乳房が入っていた。ちょうど中指と薬指の付け根のあたりに乳首の先が触れる。手の中にある乳房は大きさといい柔らかさといい、長瀬を刺激するには十分すぎた。そして彼女の声なき悲鳴がさらに長瀬の行為に拍車をかけることになった。

「もっと気持ちよくさせてやるよ」

 長瀬は彼女の真後ろにまわり、両手を服の中に侵入させた。

 どうしてこう最近の女は薄いシャツやら何やらを何枚も重ね着するのかと思いつつ、長瀬の両手は彼女のふたつの胸のふくらみをしっかりと掴んでいた。そして揉みしだく。麻美の両手は前で泳ぎ、溺れるかのようにさまよった。

 麻美の尻が後ろに突き出すような格好だったので、それを長瀬は下半身で受け止め、すでに怒張した部分を彼女の大事なところにあたるよう何度もぶつけた。

 衣類を何枚も隔てているとはいえ、長瀬の硬い突出物が麻美の尻や股間のあたりにぶつかり、その度に彼女は声にならないかすれた悲鳴をあげた。おそらくは、「いや」だの「やめて」だの言いたかったに違いない。しかしそれが音として発せられることはなかった。

 このまま簡単にものにできると長瀬は確信した。

 これまで手にした女たちははじめはいつも同じ反応をすると長瀬は思い起こした。

 大学に入って最初の女は北見遥佳きたみはるかだった。遥佳とは、付き合って欲しいと想いを伝え、その同意を得られて最初のデートの時に一気に行動を起こした。まさかキスから結合まで一連の流れで一気に到達するとは遥佳は思っていなかったらしく、ドライブデートの行った先、車の中で長瀬は遥佳の上に乗り、スカートを捲り上げ、下着を下ろして、嫌がって泣くのも気にせず、乾いたままの遥佳の中へねじ込むように挿入した。かなり出血したが、「好きなんだ」とか「良かったよ」とかを散々繰り返し、その後もデートのたびに体の結びつきを当たり前のように行っていたら、間もなく遥佳は長瀬の思い通りの女へと変貌して行った。

 それからの教育は簡単だった。もちろん口による奉仕も、乳房による奉仕も教えることを忘れなかった。もう少しで完璧というところで結局遥佳は長瀬のもとを離れることになったが、きっと今頃安野やすのはその恩恵を受けているに違いないと長瀬はほくそ笑んだ。

 今となっては環境工学科一番の美人といわれる名手美奈子なてみなこの場合は、まだ遥佳と付き合っている時期だった。美奈子は、彼女がいる長瀬が自分に手を出すはずもないと浅はかに考えていたらしく、小悪魔のように挑発をしてきたのだ。それを長瀬は乗らないふりをして彼女を誘き、一気に襲いかかった。あれはテニス部の更衣室だった。トイレにたった美奈子の後をつけ、トイレから出てきたところで声をかけ、そのまま男子更衣室へと誘った。あとは風林火山のような早業だ。女と結合するだけなら十分じっぷんも必要ない。逃げる美奈子を今の麻美のように後ろからつかまえ、尻を突き出させた状態でアンダースコートと下着を下ろしてそのままねじ込んだのだった。直前まで美奈子は自分が豹変するのを疑いもしなかっただろうと長瀬は思っている。処女を奪われた美奈子はそのまま従順になった。遥佳と別れたあともしばらくは美奈子と関係がつづいたのが何よりの証拠だ。今はすっかりイケイケの女になっているが、美奈子を女にしたのは自分だと長瀬は自負していた。

 関本穂乃果せきもとほのかもなかなか良い女だったと長瀬は思い出した。穂乃果が磨けば遥佳以上の女になることをはじめに見抜いたのは自分だと長瀬は確信している。その後西沢に見い出されるまで誰の物にもならなかったのは穂乃果が巧妙だったからだ。穂乃果は男との関係をおくびにも出さないことにかけては天才的だったと長瀬は思う。遥佳や美奈子が長瀬とつきあううちどんどん綺麗になっていったのに対して、穂乃果はあくまでもゲラという三枚目を演じ続けた。しかし彼女こそ間違いなく女優だった。そして長瀬の教育を最後まで全うしたのも穂乃果だったのだ。あそこまでハイレベルに開発できた例はなかなかない。きっと西沢にしざわは穂乃果から離れることはできないだろう。西沢は穂乃果に溺れて何もかも手につかなくなるに違いないと長瀬は思った。

 同学年で相手にしたのは以上の三人だ。それ以外にも他の学科や他の学年の女たちをものにしてきたが、そのうちの何人かの謂われなき反感にあってストーカーの烙印を押され、自分は虐げられる身になったと長瀬は嘆いている。だからこれ以上評判を落とすことはできなかった。そういう意味でもこの東瀬麻美は自分の味方として取り込む必要がある。

 長瀬はここで彼女を自分の女にすると決めてしまっていた。

 左手は麻美の左の乳房を掴んだまま、長瀬は右手を使って麻美のスカートを捲り上げ、真っ黒のタイツに包まれた彼女の臀部を眺めた。意外に良い尻をしていると長瀬は感じた。どうも華奢なイメージがあったが、乳房の張りややわらかさといい、ヒップのラインといい、絶品の片鱗をうかがわせる。タイツの上から尻を触り、徐々に前の方に指を移動させると、麻美はひいひいと喘いだ。

 ぐずぐずしていられないと長瀬は思いなおす。こんな風に楽しんでもいられない。いかに人通りが少ないとはいえ、誰が通りかからんとも限らないのだ。

 そう思って長瀬は、麻美のタイツの手をかけ思い切り良く下へと下ろした。白く小さなショーツが露わになり、尻の割れ目の部分が少し見える状態になった。つづいてそのショーツをぐっと引き下ろす。丸いすべすべした尻が完全に露出した。想像以上に白く丸い尻に長瀬は興奮した。

 そのまま前の方へ指を滑らせると、麻美は全身を震わせた。何か悲鳴をあげようとしているのだが全く声にならない。長瀬にとってはまさに理想的な状態に陥っていた。

 しかし――もうこれ以上我慢はできない。何しろこの何ヶ月というもの、女の体からすっかり遠ざかっていたからだった。そのためふと身の回りの女を襲ってしまうという妄想にとりつかれたりすることもあった。特に輪島五月の面接を受けている時は、あのお高くとまった美貌が、犯され苦痛に歪んでいく様子を想像して思わず手にかけてしまいそうになることすらあったのだ。

 それが今目の前には極上の獲物がある。それを神からのギフトだといわずして何と言えよう。

 長瀬はズボンと下着を下ろした。すでに自分の男性自身はいきり立っている。そのまま東瀬麻美のむき出しになった聖域にあてがい、陵辱の姿勢をとった。あとはこのまま麻美の尻を落として、突き立った自分の男性自身の上に麻美の聖域をかぶせるだけで良いのだ。その時の貫通の快感と麻美の苦痛と悲鳴を思うと長瀬の興奮は頂点に達した。

(さて、開通式だ)

 しかし、その刹那、長瀬は快感を感じる筈が、突然頭に衝撃を受けて目がくらんだ。

 バランスを崩した長瀬は、足首あたりまで下ろしていたズボンに足を取られ、手を地面につくことによってかろうじて転倒を免れた。

 目の前で麻美の体も崩れ落ちた。同じように下着とタイツを膝の下まで下ろされ裸の下半身を露出した美女が目の前にいるのに、自分は何をしているのだろうと長瀬は悠長に考えていた。

 突然猛獣のような叫びが耳に入ってくる。その方を振り向くと今度は顔に大きな拳が飛んできた。

 仰向けに倒れゆく間に、長瀬は急襲者の正体を知った。

(お前――野尻のじり――じゃないか)

 おそらく野尻は心配のあまり我慢できなくなって麻美や自分を探しに来たのだろうと長瀬は思った。野尻の存在をすっかり忘れていたことを長瀬は後悔した。

「な、何だよ、お前、やっぱり来たのか」

 長瀬はいつものように落ち着いて野尻に話しかけようとした。しかし彼はそれに応じる気配はない。唸り声をあげながら拳を長瀬に叩きつける行為を繰り返した。

「ちょ、ちょっと待て、落ち着け」

 下半身が不自由な長瀬は、野尻に殴られるままになっていた。しかしこのまま打たれ続けるわけにはいかない。まずは言葉による懐柔を試みようと判断したのだった。

「お前、この女とやりたいのなら、あとでやらしてやるよ」

 しかしその言葉はますます野尻を刺激したようだった。さらに強い拳が飛んでくる。

「な、何なら、お前が最初にやってもいいんだぜ。処女なんてなかなか味わえないぜ」

 野尻の興奮は全く収まらなかった。

(くそ、足が自由なら反撃もできるのに)

 長瀬はふだんからジムで体を鍛えていたし、高校時代は空手をしていて有段者にもなっていた。足場さえしっかりすれば反撃を加えることは容易だったのだ。

 やむなく、不安定な態勢のまま長瀬は反撃に転じた。今度はこちらから拳を放つ。それは野尻の顔に何度もヒットした。

 手ごたえは十分にあったはずだ。しかし野尻の興奮は全く収まらない。そのまま何度も殴りかかってくる。長瀬も負けじと拳を放った。

 野尻の顔は腫れあがり、口や鼻から血がほとばしっていた。しかし野尻は全くひるまない。それどころかますます長瀬に攻撃を加え始めた。両手を広げたかと思うと、そのまま長瀬の体を抱え込んだ。そして力を加え締め付け始めたのだ。

(すげえ――馬鹿力だ)

 身動きとれないくらい締め付けられるので、長瀬は野尻の顔に頭突きを食らわすしか方法がなかった。

 そうこうするうち、二人はもつれ合ったまま倒れこんだ。その時野尻の体の下敷きになった長瀬は、激痛とともに右膝が不自然な方向へ曲がるのを感じた。

 悪夢だと長瀬は思った。快楽の絶頂を迎えようとした瞬間から突然奈落の底へ突き落とされた感じだった。これならもっと早く東瀬麻美の中へぶち込んでおけばよかったと、薄れゆく意識の中で長瀬は暢気なことを思った。

(逃した魚は大きかったなあ……)

 ぼんやりとした視界に、よろよろしながら逃げていく東瀬麻美の後姿が映った。身なりは概ね元通りになっているようで、ディパックも右肩に背負われていた。手の自由はもどったということか。

(惜しかったなあ……)

 それでも長瀬は最後の力を振り絞って野尻の顔面に頭突きを食らわしていた。


 長瀬はベッドに仰向けの状態で退屈な日々を送っていた。

 血まみれになった二人の男が通りがかりの住民に発見されたのは翌日の早朝だった。何と十時間以上も長瀬と野尻は林の中に倒れていたことになる。

 二人は別々の病院へ救急車で運ばれ、右ひざが脱臼していた長瀬はそのままその病院で手術を受けることになった。野尻が今どういう状態にいるのか長瀬は知らない。しかし事情を聞きに来た警察の様子だと、野尻は長瀬が東瀬麻美を襲っていたことを証言していないようだった。ふたりの男の喧嘩がどういう理由で行われたのか未だに謎だということだった。

 ここは自分も黙っておこうと考えた長瀬は、野尻とは面識があったが、些細なことで喧嘩になりああいう状況になった、その些細なことが何であるか今となっては全く思い出せないと証言した。結局その証言が信用されているのだろう。警察は徐々に来る頻度が減っていった。

 大学はどう考えているのだろう。こういう暴行傷害事件を起こして、自分は退学処分になるのだろうかと長瀬はいろいろ考えた。

 それもまあ良かろう。また受験をしなおして、別の大学に入るまでだ。自分の能力ならそれも可能なはずだと長瀬は楽観的に考えた。

 それにしても誰も見舞いに来ないのはなぜだ。遥佳、美奈子、穂乃果、その他俺の過去の女たち。俺がこれほどひどい怪我をしたのだから見舞いくらい来てくれてもいいはずだ。

 なんて薄情な奴らなんだろう。

 長瀬は殺風景な天井だけを見つめた。


(終)

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医務室 ―迷える子羊と狼― はくすや @hakusuya

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