告白イベント (環境工学科二年 長瀬和也)
機会を改めるという手もあったが、何だか先送りするのも面倒だったので、一気にけりをつけようと長瀬は考えた。
幸いなことに正門へと続く並木道には人影が殆どなく、長瀬は背後に野尻が追いついてきていることを確認すると、さっと歩調を速めて東瀬麻美の後姿に声をかけた。
「すみません、東瀬さん」
後ろから思わぬ声かけにあった彼女は、おどろいたように立ち止まったがすぐには振り返らなかった。
だから長瀬は彼女の前に回りこむ必要があった。そうした結果長瀬が彼女の前に立ちふさがるような形になり、彼女の後ろに野尻が追いついて立ち止まったのだった。
「突然、呼び止めてごめんなさい。自分は環境工学科の長瀬といいます」
東瀬麻美の顔には立ち止まってしまったことを後悔する表情が表れていた。しかしすぐに長瀬を振り切って歩き出すという選択肢をとる勇気もないようで、そのままじっと長瀬が喋るのを黙って聞くようなスタイルになってしまっていた。
「この間からNという名の人物より手紙やメールが届いていたと思うのですが」
「そ、そ、それが、あ、あなた、なんですか?」
麻美は極度の緊張からかすでに足がふるえて
「確かにぼくもイニシャルはNには違いはありませんが、あの手紙の主はぼくじゃありません」
長瀬は事情を説明し始めた。自分はNの友人で、Nは女性と話をするのが苦手な性格であるために、あのような手紙やメールを送っていたのだと。それでも真剣にきみのことが気になっていて、できることならきみのそばにいたがっているのだと。
しかし麻美の反応は長瀬の想像をはるかに超えるものになろうとしていた。彼女は肩を上下させ、はっきりと聞こえる呼吸になっていた。しかもその速さときたら尋常ではない。長瀬はこれまでの豊富な女性経験から彼女が過呼吸発作を起こしかかっていることを悟った。
(ちょっとやばいかな……)
長瀬はそう思ったが、麻美の後ろに控えている野尻の姿が目に入ると、ここで中断するのは不可能ではないかと判断した。野尻に事情を話そうとすれば否応なく野尻は彼女の目に触れることになるのだ。ここまできたら野尻の姿を彼女に見せて、天の裁きを受けるしかないと長瀬は覚悟した。
「Nくんというのは」と長瀬は勇を鼓して、麻美に野尻の姿を見せた。「あなたの後ろにいる彼なんです」
ぎょっとしたように目を見開き、ついではっとしたような態度で麻美は自らの後ろを振り返った。そしてそこに熊のような大男が黙って立っている姿を見つけると、限界にまで達していた緊張の糸がぷつりと切れるかのように声にならない悲鳴をあげた。
それは「ひ、ひーっ!」だったかもしれない。しかし彼女はどこにそのような体力が残っていたのかと思うくらい必死の様子で駆け出したのだ。その方向は長瀬がいる正門方向でもなく、野尻がいる校舎方面でもなく、コナラやクヌギの生い茂った林の木々の間をぬうように真横へ一直線という感じだった。
その逃げ方は、野尻に対しても長瀬に対しても平等に拒否する姿勢が窺われた。だから長瀬は野尻に対して、諭すように言った。
「な、彼女は男の人が苦手なんだよ。まっすぐに横へ逃げて行ったよな。別にお前から逃げたというだけじゃなくて、この俺からも逃げたんだよ。だからああいうタイプと付き合うだとか、傍にいさせて欲しいとか、そういうことはかなり無理があると思うんだ。悪いことは言わない、彼女のことは諦めた方が良いよ」
野尻は俯いて、そして暫くして頷いた。
「しかし、大丈夫かな、かなり息があがっていたようだけど」
大学内の敷地であるから、林といってもかなり整備や管理がなされている。ところどころスズメバチの巣があったりするところもあるようだが、つる草に足をとられて転倒などということも通常なら考えられないはずだった。しかしあれほど我を失っている状態だと少し心配だと長瀬は思った。
「ちょっと俺が様子を見てくるよ。まあ、お前は一緒に行かなくても良い。二人で行ったりすると余計に興奮して怪我をしたりするかもしれないからな。だから俺が見に行って、必要があると判断したら医務室へ連れて行くことにするよ」
野尻は未練がましい表情をしたが、最終的には長瀬の意見に従った。
長瀬は野尻に帰るよう伝え、東瀬麻美の後を追って林の中へ入って行った。
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