第15話
ここは王宮のさらに奥深く、後宮のさらに最奥の部屋。
「王よ、すべて終わりました」
「そうか。勝ったのはどっちだ?」
「勝利したのはカイン殿下です。アベル殿下はその場で首を落とされました」
「……覇者の力と王者の心、勝ったのは力だったか。ご苦労だったな、ハーゲンベルク。これでカインの邪魔者は排除され、同時に王としての試練を乗り越えた」
「もったいなきお言葉」
病の床に就いて長い王に侍るのは、ハーゲンベルクただ一人。
他の従者や奥医師が全て排された王の寝所に、二人の声はよく響いた。
「カインの覇道を遮る国内の障害は一掃された。あとは王となったカインが、包囲を強める諸外国とどれだけ渡り合えるかだが」
「それは殿下――いえ、新王がお決めになること。もはやこの老骨の出番はありませぬ」
「そうか、そうだな。あとは次の時代の者に託すとするか。それにしてもハーゲンベルクよ、お主の予言が見事に当たったな」
「はい。王家始まって以来の武勇の資質を持って生まれたカイン殿下、そして民を導く王者の風格を持って生まれたアベル殿下、どちらも王となれば、かつてないほどの繁栄を王国にもたらしていたでしょう」
「だが、神のいたずらか、はたまた悪魔の罠か、二人は同じ年同じ日に同じ胎から生まれてしまった。いや、生まれることがお主の予言によってわかってしまった」
王の声に、往年の威厳はほとんど残っていない。
それは、愛する息子を失った喪失感だけではない、命の終わりを間近にした死神の影が付きまとっているからのように、ハーゲンベルクには思えた。
「せめて普通の器量であれば、アベル殿下の方にも、どこかの領主としての道があったでしょうが」
「それでも、我が子として同じ日に生まれてしまった以上、余の意思のみで二人に優劣をつけるわけにはいかぬ。ましてや、二人それぞれにあれほどの資質、王国のためを思えば双方ともに殺すなど論外」
「それにしても、王は酷なことを考えなされた」
「余の跡を継ぐには並大抵の王では務まらぬ。すでに諸外国との関係が遠からず破綻することは目に見えていた。余の次の代にはあらゆる困難を超える、王家始まって以来の強き王が必要だったのだ」
「ですが、双子の兄弟を相争わせるとは、むごいことをなさった」
「それが王族の務めだ。時には骨肉の争いを繰り広げながらも、王国のためにその身を捧げる。たとえその巻き添えでどれだけ民に犠牲を強いようとも」
「そのためにこの老骨に鞭打つとは。つくづく王は人使いが荒い」
「信頼できる友はお主しかいないのでな。二十年にわたるアベルの監視、及び密かな援助、大義であった」
「もったいなきお言葉。まあ、力を持たぬアベル殿下にはあのくらいの手助けをしなければ、カイン殿下には太刀打ちできませぬので」
「お主が冗談を言うとは珍しいな。ふふ、ははは――は、は……」
ハーゲンベルクの軽口に小さく笑うだけで、息を弾ませてしまう王。
その様子を、生涯をかけて仕えた主君の呼吸が整うまで黙して待つ魔導師の目は、言い知れぬ悲しみをたたえていた。
「しかし、最後の内乱の策はアベルに肩入れしすぎだったのではないか?さすがの余もカインは終わったかと思ったぞ」
「いえいえ、現にカイン殿下はあの絶望的な状況から見事勝利して見せました。もはや人外のごとき力を発揮し始めていたカイン殿下には、あれでもぬるすぎたかと思っているところです」
「確かにな。結果だけを見れば、カインは独力で勝利してしまった」
「これで私の役目も終わり。余生はどこかの田舎でのんびり過ごしたいものです」
「いや、それには及ばん」
「……王?」
それまで寝台に横たえていた体を引き起こそうとする王。
その背に手を添えながら、ハーゲンベルクは次の言葉を待った。
「ハーゲンベルクよ、貴様に最後の命を下す。王命が気に入らぬのなら、友人の心残りと思っても構わぬ。その
「しかし王よ――」
「案ずるな、確かにカインなら、一連の首謀者が余とお主であることくらい、いずれ勘づくであろう。いや、すでに勘づいておるかもしれぬ。だが、カインならば王国のためにしたことだとわかるであろうし、その時には有能な宮廷魔導師を殺すような真似はせぬ」
「しかし王、見届けるだけなら何も私でなくとも――」
「いや、アベルという王を殺し、カインという王を生み出したお主だからこそできる役目だ。残念ながら余はここまでだ。この先の時代を生きるのはカインだが、それでもその背中を見守る者の存在は必要だ。頼んだぞ、友よ――」
「王よ――」
翌朝、トーラ王国国王、かねてからの持病が重くなり、にわかに崩御。
その死は、十日後に国民に向けて発表された。
なお、故人の強い意志により、その葬儀は国王とは思えないほどひっそりと催されたという。
それから二十年後、大小合わせて何十もの国に分かれていた大陸が初めて統一された。
俗に帝国と呼ばれた巨大統一国家の初代皇帝の名はカイン。
後のカイン帝の回顧録において、彼の最大の危機は帝国の基礎となるトーラ王国王太子時代の反乱だと告解している。
「自身は何の武力も持たぬのに、あそこまで余を追い詰めたのは後にも先にもあの男だけだった。あの時から余は、力弱き者が強き者を倒すこともあると知ったのだ。あの反乱が無ければ、今余がこうしていることもなかったし、帝国も存在していなかったであろう。あの男――アベルこそが、世の生涯最大の宿敵であった」
覇王建国記より
著 宮廷魔導師 アーネスト=アベル=ハーゲンベルク
カインとアベル ~覇王建国記 双星の章~ 佐藤アスタ @asuta310
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