マ界を往くものたち

ハユキマコト

エピソード1 悪魔へ祈る冴えたやり方 - 1

 「この世は舞台」と、誰かが言ったの。

 私はそれが、ほんとうだって思う。だれも助けてくれなかった、私のせんせい。

 おねがいします。おしえてください。悪魔に祈る方法を、悪魔を慰む方法を。


 おねがいします。



※※※



 ある日のことだ。倉庫のようなボロ家のドアを軽く叩く音が響いた。


「は? こんな日に客? 雨やぞ今日!」


 美しく長い黒髪の男が、少し変わった訛りでそう言って、タバコを叩き潰した。

 彼はつばめと言う。この「何でもかんでも屋」の社長だ。


「つばめ、行儀悪い! あーあー、お客様、少々お待ちくださいすぐ行きます~!」


 急いで玄関へと走って行った青年の名前はレグルス。

 一瞬だけ、彼の頭に猫の耳が見えたような気がしたが、それはすぐに大きな帽子で隠された。


「あ、レグルス~、紅茶切らしてるから、お客さんに紅茶とコーヒーどっちがいい? とか聞かないでね」


 冷蔵庫の周りを少女がうろちょろしている。彼女はニコ。大量の調味料やマカロニの箱の間から、コーヒー粉を引きずり出している。

 レグルスがドアを開けると、そこには背の高い男性と、傘を差した幼い少女が立っていた。


「お世話になります、わたくしはリーバイと申します。この子はジャンヌです」

「あー、えっと、お客様っすよね?」

「ええ、ここの探偵に頼めば、大抵の事は解決してもらえると聞いて……。その、ジャンヌにちょっと問題があるんです、それを相談しに来ました」


 リーバイとジャンヌは、すぐ応接用テーブルに通された。キッチンやら水回りやらはめちゃくちゃな様相を呈しているが、応接用テーブルだけは、レグルスがいつもきれいに掃除しているのだ。


「こんにちは! わたしは、ジャンヌっていいます。んーと……あなたは、しゃちょうさん?」

「あー、俺は社長じゃない、副社長みたいなモンだ」

「待てや、そないな役職作った覚えはあらへんで。俺にもちゃあんと聞かせえ」


 本当に誰も気づかないうちに、つばめが傍に立っていた。彼はどかっとソファに座り込み、「そんで?」と会話を促す。


「あー……えっと、どこから説明するのが……そうだ、通り魔事件についてはご存じでしょうか」

「『ナイトウォーカー』とかいうやつのことです? 最近話題の」

「はい。……その、もしかしたら、ジャンヌが……ジャンヌ、帽子を脱いであげてください」


リーバイが言うと、ジャンヌはかわいらしいベレー帽を脱いだ。

すると、そこにはまるで鬼か悪魔のような、小さなツノが生えていた。


「おやおや、あの黄色い帽子、どこぞのお嬢さんみたいでよお似合っとったのにな」

「つばめ、あんまりふざけたことばかり言ってると、マジに追い出すぞ」

「ほんまのことを言いよっただけや」


レグルスがつばめを小突くいていると、ジャンヌはか細い声で話し始めた。


「ジャンヌね、もしかしたら……怖いこと……寝ている間に……しちゃったかもなの」

「怖いこと?」

「ええ、つまり、ジャンヌがナイトウォーカーと関わっているんじゃないかって噂が流れているみたいなんです」


 リーバイは真剣な調子で言った。彼は言葉を続ける。


「見ての通り、彼女は悪魔の子供です。私たちは、今までボス・キホーテの教会で孤児院を運営していました」

「ジャンヌはね、パパもママもいないの。でも私にはりーばいせんせいがいるのよ」

「ありがとう、ジャンヌ……だからこそ、ジャンヌが悪魔であることは周りのみんなに隠さなければいけないのですが、孤児院の子どもたちから噂が広まってしまったようで……」


 大きなため息をついてから、リーバイは天井を見上げた。そこに、ちょうどニコがコーヒーを運んできた。


「ツノだ! かっこいいぜ!」

「ほんとう?」

「おれもずっとツノが欲しかったんだ。凛々しいし、フリルのリボンも結べるし、ドラゴンみたいでサイコーじゃん!」


 ニコが心から褒めると、ジャンヌは嬉しそうに笑った。


「なあ、俺さ、この子は通り魔じゃないと思うよ?」

「ええ、もちろん私もそう思っていますとも! ですが、噂が広まった以上、ナイトウォーカーの正体を突き止める必要があるんです」

「つまるところ、ナイトウォーカーを探す手伝いをしろと?」

「ええ、実際に孤児院の近くで目撃情報があり、ナイトウォーカーは背の高い人間だったと言われています。ジャンヌはとても小さいのに、『大人に化けて悪さをしてる』だなんて……」


 レグルスもニコもつばめの決断を待った。こんな時に仕事を引き受けるかどうか決めるのだけは、彼の役目だからだ。


「引き受けた!せやな、ほんじゃまず現場を見に行かんとなあ」

「引き受けてくれるんですか!?」

「俺らの領分や。あ、料金は後払いで結構」


 レグルスは、『前にもそうカッコつけて客に逃げられたことがあったな』と思ったが、目の前の神父と少女はそんなことをするようには見えなかったので、黙っていた。

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