第2話 転校生
「では、突然ですが、転校生を紹介します」
担任の教師がそう言い、俺を教室の中に招き入れる。
俺は中に入ると教室の前方中央に立ち、一度教室を見回した。
一クラスは三十人といったところで、男女のバランスはだいたい半分ずつ。
「じゃあ自己紹介を」
「あっ、はい。
もちろんそれは偽名だ。そんなことを知るはずもなく、クラスの人たちは俺を普通の転校生として迎え入れた。
「じゃあ、席はそこで」
そう言われて指された席は、ターゲットの佐咲クレアの隣の席だった。
佐咲は黒髪ロングの美少女ではあるが、表情をあまり変えないクールな印象というのを受けた。
席についてホームルームを終えて、チラッと佐咲の方を見る。すると少しだけ目が合い、「何?」とでも言いたげな視線を感じた。
「あっ……よろ……」
そこまで言いかけたところで、俺の机にはいわゆるクラスの陽キャたちが集まってきていた。
「よろしくねー、宮間くん」
「よ、よろしく」
佐咲にしようとしていた挨拶は遮られ、その後どこから来たのかやどんな理由で転校してきたのかを聞かれ、結局佐咲に挨拶をすることができないまま、一日が終わってしまった。
佐咲は学校では物静かで休み時間は本を読んでいるような生徒だった。クラスにはいないものと思われているまであった。それは気にしすぎだと思うが、俺の机を取り囲んで、その範囲は佐咲の方まで広がって、迷惑していそうだった。ついにはどこかへ行ってしまった。
それを繰り返していたので、挨拶をすることはできなかった。まるで意図的に俺が佐咲に話しかけられない状況を作られているようだった。さすがに俺の本来の姿を知っていてそれをやっているとは思えないし、クラス全体でそれをやっているはずはないだろうから、それも考えすぎだろう。
そして学校が終わると、やっと質問攻めからも解放された。全て嘘で塗り固めているので、それを突き通すのもかなり神経を使う。それで疲れてしまうし、隣にいる佐咲には接触できないし、あまりにも上手くいかない一日だった。妙だ。
だが今日のラストチャンスとして、帰り際の佐咲に話しかけられそうだった。
「ちょっと……」
「……何?」
真っ先に教室を出ていく佐咲を引き留めると、予想通りの反応が返ってきた。
「俺、宮間ノア。隣の席なのに、挨拶できなくてごめん」
「別に……人気者だね」
「初日だけだよ、多分」
「そう」
「君の名前、聞いてもいい?」
「私? 私は……佐咲クレア」
やはりこの人物が佐咲で間違いないようだった。
「佐咲さん。よろしくね」
「……私とは関わらないほうがいいわ」
愛想よく接したはずなのに、佐咲はそう言って俺を遠ざけた。そしてそのまま行ってしまった。
「宮間くーん」
佐咲を見送っていると、教室から出てきた女子生徒に声を掛けられる。その女子生徒はクラスの女子では一番カーストが高いだろうという印象を持った、明らかに『いい子ちゃん』といった人間だった。
「急に出ていくからどうしたかと思ったよー」
「急にって、別に普通じゃない?」
「普通? ああ、あの子のこと?」
「あの子?」
「ささくれちゃん」
「ささくれちゃん?」
まあおおよそ佐咲のことを指しているのだろうということはわかった。やはりもしかして何かあるのだろうか。
「あの子には関わらない方がいいよ? 転校生くんへの忠告」
「忠告?」
「そう。あの子がささくれちゃんって呼ばれる理由、わかる?」
「佐咲クレア……だし、ただのあだ名じゃないの?」
「それは表向きの話」
確かにそのあだ名にいい印象はない。
「あの子はとげとげしくて、すぐギスギスして、みんなと仲が悪いの。クラスの嫌われ者。いつか誰かがいじめ出すと思うよ」
「嫌われ者……」
心がささくれ立っているということも示唆しているようなあだ名だった。
「だから、あの子が潰れたら、次に狙われるのは……わかるよね?」
「……ああ。忠告ありがとう」
「わかってくれてよかったよ」
こいつもこいつで不気味な奴だと思った。こんなことを平然と廊下で笑って話せるなんてどうかしている。平気で人を殺してきた俺に比べたら可愛いものだが。
「今日、帰る人いる?」
「あ……今日は用事あって。引っ越しの荷物も片づけないといけないし」
「そっか。じゃあ、また明日」
「うん。ありがとう。じゃあ」
俺はいい情報を得られたことに満足しながら、学校を後にした。
学校を出て少し路地裏に入ったところで、機関の支援部隊の車が待っていた。といってもただの迎えの車だ。
運転するのは俺の上司とも言える人物。若い者の方が優秀だからと、支援に回ることが多い。ちょっと卑怯な男だ。
車に乗り込むと、すぐに車は発進する。
上司はまるでどこかの金持ちの雇われドライバーのような服を着ていた。目立つじゃないかと言いたくなったが、他よりマシだとも思って踏みとどまった。
「初日はどうだった? どんな奴だった?」
「正直ほとんど接触できませんでした。クラスメイトによれば、トゲがあって、すぐギスギスして、クラスの嫌われ者のようです。いじめの対象になり得るでしょう」
「へぇ。で、お前が接触した感想は?」
接触できなかったと言っただろ! と言い返したくなるが、幸いにも数秒話しただけで多少の感触はあるし、なんとなく人柄もわかる。
「……別にそんな感じは。魔法少女だったらわかりそうなものですけどね。お互いに能力には気付きそうにない感じではありました。本当に佐咲が魔法少女なんでしょうか」
「それを確かめるのがお前の仕事だろ」
「そうですけど……」
それから無言の時間が続く。
ふと外を見ると、いつの間にか繁華街の方に来ていた。
「あの、これどこ向かってるんですか」
「新しい情報があって、ミクから」
ミクというのは、例の未来予知ができる能力者のことだ。
「魔法少女に関わる問題。どうやら、お前と出会ったことによって未来が変わったみたいだな」
「……俺が何をしたって言うんですか」
たった数秒話しただけ。何も干渉はしていない。それでも変わっていくのが未来だろう。
そして着いたのはとあるショッピングモールだった。
魔法少女のささくれちゃん 月影澪央 @reo_neko
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