BLゲームの悪役令嬢に転生したら主人公に助けを求められた件

サトウミ

婚約者はBLゲームの主人公だった件

「頼む、結婚してくれ!俺はBLになりたくないんだっ!」


そう懇願したのは、現世での私の婚約者だった。

最後の一言さえなければ、情熱的な愛の告白なのだろう。


婚約者は、アルヴィン・オーリック子爵令息。

前世で大好きだったBLゲームの、主人公だ。



◆◆◆



私がこの世界がBLゲームの世界だと気づいたのは、ほんの数十分前の話だ。


彼氏いない歴=年齢の残念女子大生。

友人に勧められたBLゲームにハマって、推し活動に明け暮れていた、残念女子大生。

それが生前の私だった。


ありきたりな交通事故で死んだ私は、この世界で伯爵令嬢のリリー・エイムズとして生を受けた。


剣と魔法のファンタジーな世界に転生した私は、魔法が使えることに興奮して、この世界がBLゲームの世界かどうかは一切気にしていなかった。


そんな私が気づいたキッカケは、婚約者と初対面した時だった。

数十分前に初めて見た婚約者の顔は、どこか見覚えがあった。


燃えるような赤い髪に、琥珀のような金色の瞳。

そして愛嬌のある、整った目鼻立ち。

もしかして、と思うよりも先に、婚約者が答えを教えた。



「初めまして。アルヴィン・オーリックと申します。」


その見た目と名前で、私は全てを悟った。


彼は生前大好きだったBLゲーム「ラストブレイブ」の主人公だ。

そして私は、その婚約者で「悪役令嬢」と名高いリリー・エイムズなのだと。


「初めまして。私はリリー・エイムズと申します。」


そこから私とアルヴィンは中庭へ移動し、二人きりになって談笑した。


アルヴィンと婚約、か。

正直、複雑な気持ちだ。

この婚約者は将来、高確率で攻略対象の男性に寝取られる。

ゲームだと誰も攻略しない場合、私と結ばれるが、私の推しはアルヴィンではない。

アルヴィンは普通に好きなキャラではあるが、結婚したいとまでは思わない。


「君みたいな可愛い娘が婚約者で、嬉しいよ。」

「可愛いだなんて、お世辞でも嬉しいです。」

推しでなくても、可愛いと言われると照れてしまう。


「俺達、絶対に結婚しようね!」

絶対に結婚、という重い約束を持ち出されて、私は思わず黙ってしまった。


「....え?なに、その反応。」

私が黙ったせいで、アルヴィンは表情を固くした。


「えっと、すみません。」

私は、黙ったことを謝ったつもりだった。


「嘘だろ!これがBLの世界か!」

私の言い方が悪かったからか、アルヴィンは私の言葉を「NO」だと受け取ってしまった。

....それよりも、気になる単語が彼の口から出てきた。


「えっ?BLって、どういうことですか?」

「あっ、えっーと、それはまぁ、こっちの話です。」

BLの単語を指摘すると、彼は目を泳がせて言葉を濁した。


「もしかして、アルヴィンも転生者?」

私は何の気無しに、思ったことを呟いた。


「えっ?それって....もしかして、君も転生者なのか?」

「はい。」

不意打ちで質問されたからか、聞かれたことに素直に答えてしまった。


「マジか!」

私が転生者と分かった途端、アルヴィンは私の両肩を掴んで、懇願するように質問した。


「だったらこの世界のこと、何か知ってるか?知っていたら、全部教えてくれ!」

鬼気迫る彼の勢いに、私は困惑する。


「えっと、全部って言われましても。アルヴィンは、この世界を知らないのですか?」

「この世界がラストブレイブっていうBLゲームだってことと、俺がこの世界の主人公ってことは知ってる。でも、それ以外はほとんど分かんねぇ。」


「アルヴィンは前世で、ラストブレイブをプレイしたことはないんですか?」

「当たり前だろ!何が悲しくて、男が男を攻略せにゃならんのだ!」


「ということは、アルヴィンは前世も男性だったんですね。プレイしたことがないのに、よくこの世界がBLゲームの世界だって分かりましたよね?」


「まぁな。腐女子の妹が、俺をBLにしようとBLの専門知識やらBLコンテンツを押し付けて来たからな。クソ妹が事あるごとに、このゲームをやれって言ってたおかげで、ゲーム名と主人公の名前は嫌でも覚えた。こうなるって知ってたら、嫌でもプレイしたのにな。」

アルヴィンは前世を思い出して、遠い目になった。


「そういえば、アルヴィンアルヴィン五月蝿かった妹が『アルヴィンは総受け』って言っていたけど、本当なのか?」

「受けとか攻めの概念は人それぞれだと思いますが....。アルヴィンはどのルートでも、攻略対象に押し倒されたり、言葉攻めをされたりしていたので、『受け』だと思っているファンの方が圧倒的多数でした。」


「そうか。総受けか...。」

呆然とした表情で、口をぽかんと開けるアルヴィン。

その口から、魂が出ているように感じた。


「....嫌だ。俺は尻を排泄以外で使いたくない。なぁ、リリー。頼む、結婚してくれ!俺はBLになりたくないんだっ!」

「それは、ちょっと....。」

最悪なプロポーズに、思わず引いてしまう。

アルヴィンは二度目の拒絶に、涙目になった。


「もしかして、リリーも腐女子?アルヴィン総受け派だったりするの?」

アルヴィンは若干、涙を堪えながら私に質問した。


「いえ、私は腐女子と呼べるほど高尚な存在ではありません。」

「え?そうなの?ってか、腐女子は高尚じゃねえだろ。」


「そうですか?私みたいなオタクモドキからしたら、胸を張って腐女子と呼べる人が羨ましいです。私なんか、ゲームも漫画もそこまで詳しくないですし、かといって特定の作品を詳しく知っているわけでもありません。アニメも1クールに1作品見たら良い方ですし。友達からは『オタクの皮を被った一般人』なんて言われる始末でして。ほとんど何の取り柄もない私からしたら、腐女子の肩書きがあるのは羨ましく感じます。」


「へぇ、そんなモンなのか?別に肩書きのない人間の方が圧倒的多数なんだから、気にしなくてもいいのに。とりあえず、腐女子じゃないってことか?じゃあ、ラストブレイブはプレイしてないのか?」


「それはあります。腐女子の友達に勧められて、最後までプレイしました。」

「それは良かった!勧められたBLゲームを律儀に最後までプレイするなんて、君いい子じゃん!」


こんな事で褒められるなんて、前世含めて初めてだ。

ほんのちょっとだけ、嬉しくなる。


「それでそれで!このゲームって、どんなゲームなの?」

「ラストブレイブは、主人公のアルヴィンが勇者としての力に目覚めるところから始まります。そして攻略対象達を旅のメンバーにして、世界救済の旅に出るRPGなんです。最終的に魔王クロード様を倒すと、パーティにしている攻略キャラの中で一番好感度の高いキャラと結ばれて、ハッピーエンドです。」


「全っっっっ然、ハッピーエンドじゃねえよ!」

アルヴィンの突っ込みは切実だ。


「え?俺、絶対に誰かを攻略しないといけないの?バッドエンドでも良いから誰も攻略しないルートはないの?」

「一応、ありますが....」

「良かった!それを教えて!」


「通称ノーマルルートなんですが、このルートは攻略キャラを一切連れず、一人でクロード様を倒すと入れます。このルートだとアルヴィンは、当初予定通り、婚約者である私と結婚します。」

「普通にそれでいいだろ!俺、それ目指す!」


「うーん....。このルートは正直、オススメしません。」

「なんで?!そんなに俺と結婚したくないの?!」

「いえ、そういうわけでは...。」


「じゃあ、やっぱりアルヴィン総受け派なのか?!」

「違います!断じて!アルヴィンはタイプじゃないので!」

しまった。アルヴィンが変な事を言うから、ついカッとなって強めに否定してしまった。

彼はショックで、一瞬、固まった。

とりあえず私は、ノーマルルートが駄目な理由を説明した。


「ノーマルルートは、攻略難易度が非常に高いんです。アルヴィンって、回復魔法も補助魔法も一切覚えないゴリゴリのアタッカーなんですよ。しかもレベルMAXまで鍛えても、補助魔法で火力を高めていない場合、大してHPを削れないんです。その上、必殺技を使われたら、レベルMAXでも場合によっては一撃で即死です。」


「なんだよソレ!そんな露骨なパワーバランスにしてまで俺をBLにしたいのかよ!」


「ちなみに、アルヴィンがクロード様に負けると、世界は滅亡します。」

「待て待て。やめてくれ。俺の選択が世界の運命に関わるとか、プレッシャー半端ない。」

アルヴィンの顔がみるみるうちに青ざめる。


「本当に、ソレ以外でBLにならないルートはないのか?」

「う~ん....。ないですね。攻略キャラは好感度を一切上げなくても、他に攻略キャラがいなければ、そのキャラのルートに入りますし。好感度自体、ルート分岐か追加の個別シナリオの解放条件にしか関係してきません。」


「....ちなみにダメ元で聞くが、追加の個別シナリオとやらでもBL回避できそうな要素はないの?」

「追加シナリオはBL回避と真逆のシナリオですよ?どんな内容か言うのは恥ずかしいのですが....言った方が良いですか?」


「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。」

アルヴィンは顔と手をブンブンと横に振って、速攻で拒否した。


「他に聞きたいことはありますか?」

「むしろ聞きたいことだらけだ。リリーは全部のルート知ってるんだろ?」

「はい。一応は。」


「だったらさ、どうすれば俺がBLにならずに済むか教えてくれよ!お願いだ、助けてくれ!俺はBLになりたくない!」

アルヴィンは膝をついて、綺麗に土下座をした。


「そうは言われましても....。」

ラストブレイブはストーリーの設定上、一歩間違えれば滅亡もあり得る世界だ。

シナリオを改変した上で、本来の物語通りに世界を平和にする方法なんて、むしろこっちが教えて欲しい。


「あぁー!思い出した!リリーって確か、悪役令嬢だろ?だったら、リリーが破滅しないように俺も手伝うからさ。頼む!この通り!」

確かに、悪役令嬢とは言われていたが、アルヴィンは勘違いをしている。


「破滅もなにも、リリーはどのルートでもバッドエンドにはなりませんよ?」

「へ?」

強いて言えば、アルヴィンと結ばれないことが原作の私にとってのバッドエンドなのだろう。

しかし、それを今言うと勘違いさせそうなので、あえて言わなかった。


「破滅しないの?悪役令嬢なのに?」

「そもそも、悪役令嬢という設定自体、非公式ですし。」

「え、そうなの?」

「はい。そもそもリリーが悪役令嬢って言われる理由ってアニメのせいなんですよね。」


「あー、確か妹も『アニメはクソ!原作レイプ!』って散々キレてたな。」

「アニメが叩かれている一番の理由は、リリーなんですよ。ゲームじゃ『婚約者』の肩書きが出てくるだけで一切絡んでこない、おデブなキャラだったんです。ですがアニメだと痩せて美人になってるし、アルヴィンと一緒に旅に出るし、これでもか!というくらいヒロインムーブかましますから。しかも最終的には、ちゃっかりアルヴィンと結婚して子供まで作ってますし。」


「なにそれ最高じゃん。どこが悪役令嬢なの?」

「攻略対象×アルヴィンのカップルが好きな腐女子が、このゲームのメインユーザーですからね。そんな腐女子からすれば、女の私がアルヴィンとくっつく展開は、地雷中の地雷なんだと思います。そんな腐女子の誰かが、『我々のアルヴィンを寝取るなんて、とんだ悪役令嬢だな』と吐き捨てたのがキッカケで、リリー=悪役令嬢になったんです。」


「俺からすれば、BLの方が地雷だけどな。」

アルヴィンは若干、呆れた様子だった。


「俺、アニメシナリオを目指したい!だからリリー、お願い!一緒に旅に出てくれ!」


えぇ...。

そんなことをしたら私、アルヴィンと結婚するじゃん。

断ろうかと思ったけど、とあることを思いつい、てやっぱり引き受けることにした。


「良いですよ。ただし、条件があります。」

「条件?」

「私の推しを、破滅ルートから救って欲しいのです。それを承諾していただければ、アルヴィンに協力します。」


あくまで『協力する』だけであって『結婚する』わけではないけど。


「本当?!ありがとう!ところでその推しって、誰?」

「魔王クロード様です。」

「.....え?」

「魔王クロード様を、破滅の運命から救ってください。」

私の言葉が理解できていないようなので、もう一度説明した。


「え、でも魔王って、倒さないと世界が滅亡するんじゃ...」

「それでも、クロード様を救ってください。」

「世界を救った上で、俺の尻と魔王も救うの?」


アルヴィンのお尻をクロード様と同列に語るな!


「はい。」

「いやいや、無理だろ!俺の貞操より難易度高いって!」

「ですけど、クロード様が殺されるのは嫌なんです。もしアルヴィンがクロード様を殺したら....私、そんな人と結婚できない。」


「嘘だろ。婚約破棄になったら、BL回避の最大の砦が無くなってしまう。かといって、世界が滅亡するのも、死ぬのも御免だ。一番マシな展開がBLルートだけど、男に貞操を捧げたくないし....。」

アルヴィンは髪をくしゃくしゃとかき乱す。


「あぁー!!何なんだよ、もう!BLなんて滅んでしまえ!!」


アルヴィンの叫び声は、中庭に広がった。

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