メリーさんは探偵
日奉 奏
緋色の携帯
「私、メリーさん。今三宮駅にいるの」
「な、なんなんだお前!いたずらならやめろ!」
電話の切断音が、私の鼓膜に響く。
今回の標的の背後に立つまで、あと2回ってところか。
私は大きな交差点を走り出す。
季節は8月、真夏の太陽の下を走り続ける。
今日は焼肉でも食べに行こう。
標的を始末したら、ね。
◇◇◇
「私、メリーさん。今あなたの家の前に…」
最後まで言い切る前に、電話は切断された。
「ふふ。電話を切っても結果は同じなのに」
そのまま、私はドアをすり抜ける。
携帯電話のボタンを押し、標的に最期の電話をかける。
背後はとった。
「私、メリーさん。今あなたのうし…」
「あぐわぁっ!」
―――え?
男は叫び声をあげると、そのまま横に倒れこんだ。
「さよなら」
目の前の女は包丁を握りしめている。
見たところ、標的を先に殺されてしまったらしい。
「とりあえず、指紋を拭いて…」
彼女は今後の計画を暗唱しだした。
私は標的以外からは見ることができない。
しっかし、なんで彼女は彼を殺した?
彼女の冷静さを見るに、これは計画殺人だ。
よほどの動機がなきゃ、ただの人間が人を殺すはずがない。
どうして?
私の頭はその疑問で埋まった。
当然、私は探偵ではない。警察でもない。
だが――――目撃者ではある。
どうせ私の行動は、彼女には見えもしないし聞こえもしない。
『名探偵メリー』。悪くない響きだ。
◇◇◇
まずは情報を整理しよう。
部屋を拭いて指紋を消そうとしている彼女。
服装は赤いワンピース。
色のせいか、返り血があまり気にならない。
部屋の真ん中で死んでいるのが私の標的。
白と青のボーダーTシャツ。心臓を横向きのナイフで貫かれており、とうに息はない。
隣の部屋には灯油缶。
この部屋にはヒーターがあり、おそらくそのヒーターに使われているのだろう。
「舞……もう大丈夫だからね」
彼女はうわごとのようにつぶやいた。
どうやら指紋の始末を終えたらしい。
つまり……もうすぐこの部屋を出ていくかもしれない。
そうされたら、私は永遠に真相を明らかにできない。
そんなことになったら最悪だ。
「うーん……どうしようか」
そのまま部屋をうろつく。
あとはなにか、方法はないか?
本人に聞くわけにもいかない。
私は彼女には見えないし、例え見えても聞き出せるわけがない。
おそらく、手の包丁であの世に送られるだろう。
「んー……うわっ!?」
そうこう考えていたら、私は何かに引っかかった。
そのまま、私は派手にずっこける。
「腎臓は……まぁ、どう見ても刺殺だしいいか」
彼女は私に気づくこともなく、独り言をつぶやいている。
こういう時ばかりは、自分の『標的以外には見えない』という特徴が憎い。
そのまま、私は何に引っかかったのか覗く。
それは、黒いロープ。というか、家電のコード。
―――家電。
その言葉が、妙に引っかかる。
「まさか、あれ?」
私はふと、ヒーターを見つめてみる。
それは―――灯油を必要としない、電気ヒーターだった。
「え?」
だとしたら、あの灯油缶はなんなんだ?
まさか―――入っているのは、灯油ではないのか?
私は大急ぎで隣の部屋に向かう。
ドアをすり抜け、灯油缶に手を伸ばす。
「なんか……甘い」
その瞬間、一つの仮説が思い浮かんだ。
『舞』という人間、甘い液体、そして腎臓。
この説なら、すべてのピースが繋がる。
だが、どうやって仮説を立証する?
当然ながら、私は標的以外には見えない。
声も聞こえない―――いや。
今思い出した。
私は持ってるじゃないか。声を誰かに伝える方法を。
そのまま、私はポケットに手を伸ばす。
そこには、携帯電話があった。
◇◇◇
「私、メリーさん。あなた、誰かを守ろうとしてる?」
「え?!」
わかりやすい動揺。
「あ、あなた誰よ?!」
「安心して。死体はどうにかしておくから」
「は、はぁ?!ふざけんじゃないわよ!」
耳に響く切断音。
―――これで、謎は解けた。
私は彼が持っている携帯電話を起動する。
通話履歴には―――病院が複数個。
「ふふっ」
私は彼を座らせる。
そして、その後ろに私は立つ。
「私、メリーさん。今あなたの後ろにいるの」
彼の首をむりやり振り返らせると―――彼は破裂した。
赤い鮮血が部屋中に飛び散り、そして消える。
おそらく、『舞』という人物が彼を殺そうとしたんだろう。
あの甘い液体―――不凍液を少しずつ体に取り込ませることで殺す手段は、最近増加している。
しかし、彼は自分の体の悲鳴に気づいた。
病院で検査を受けたら、不凍液に彼が気づくかもしれない。
だから彼女は殺人に手を染めた。
舞を、守るために。
舞がなぜ彼を殺そうとしたのかは深入りしないでおこう。
ひょっとしたら、それは理不尽な内容なのかもしれない。
でも―――私は、彼女と『舞』の情に免じて、この事件を忘れることにした。
「焼肉、取らないと」
愛する人のために殺人を犯す。いい美談じゃないか。
そんなことを考えながら、私は出前アプリを起動した。
メリーさんは探偵 日奉 奏 @sniperarihito
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