ジルスチュアートみたいな匂い

馬村 ありん

ジルスチュアートみたいな匂い

 同じクラスの櫻井さんから「きょうのお昼はあたしと一緒に食べない?」なんて突然の誘いを受けてしまい、弁当を包みからほどこうとする手が止まった。


 こちらの返事も待たずに、櫻井さんはどこからか空いているイスを持ってきてあたしと机をはさんで向かいに座る。

 ふわっとジルスチュアートの香水みたいな匂いがただよう。


 マジですか。


 櫻井さんはクラスの人気者。いわゆるギャルというやつで、髪は明るいカラー、スカートはとってもミニ。

 かっこいい男の人達といつも一緒にいる。話し上手で人好きがするから先生たちからも気に入られている。あたしとは一生縁がないものと思っていたからおどろいた。


「いつもお弁当だよね。誰が作っているの? お母さん?」

「うん……お母さん」

 蚊の泣くような声で返答するあたし。

「お母さん、お料理上手なんだね。すごいすごい」

「そ、そうですね」


「エッちゃん、きょうは食堂いかないの?」

 教室の出入口から遠藤さんが声をかけた。遠藤さんは櫻井さんのギャル仲間だ。

「ごめん、きょうは鯨谷さんとご飯たべるんだ」

「そう」

 遠藤さんは、二、三人の仲間たちと廊下の向こうに消えていった。


「鯨谷さんってさ、あだ名とかあるの? 友達になんて呼ばれているの?」

 櫻井さんは菓子パンの袋を開けながら言った。チョコチップ入りのチーズ蒸しパンだった。

「あだ名……ないかな」

「木村くんとか田沢ちゃんとかからはなんて呼ばれているの?」


 木村くんと田沢さんの名前がでてきてびっくりした。

 なぜ?

 あたしと彼らは友達ってわけじゃない。

 でも、そんな風に思われる心当たりはある。


 私と木村くんと田沢さんは友達のいない、いわゆるぼっち同士。授業中に「みんなグループを作って~!」ってなったときには、探るような目つきで互いを見合いながらグループを作ることになる。

 櫻井さんのようなキラキラしたヒトには、あたしたちが友達同士に見えるんだろう。


「それじゃ、あだ名つくろうよ。美月って名前なんだよね。〝みっちゃん〟とかでよくない?」

「〝みっちゃん〟」

 その名を心のなかで反芻はんすうする。なにか温かいものが胸に去来する。長らく欲していたような、でもあきらめてしまったようななにか。

「あたしのことはエッちゃんって呼んでね」


「住んでいるのはどこ?」「どこの中学?」「へえ、一中なんだ」「じゃあ、アッコ……遠藤とは同中おなちゅう?」「アニメ好きなの? あたしは『SPY×FAMILY』の映画見たよ」

 矢継ぎ早に質問をしてくるものだから、こちらの質問をぶつける隙間がなかった。なんで櫻井さんがあたしとお昼を食べようと思ったのか、それを知りたかった。


 しかし、ただでさえ口下手なあたしが、そんな疑問を言葉のまな板の上にうまく乗せることなんてできるわけがない。

 櫻井さんの隙なき言葉のマシンガンにただただ蹂躙じゅうりんされるだけだった。

 でも。

 それでいいかも……こんなにあたしの話を聞いてもらえる機会なんて貴重。うれしかった。


 鐘がなる。昼休みの終わりが告げられる。

「ああ、もうこんな時間かあ。みっちゃんと話してると時間が経つのが早いな」

 櫻井さんは借りてたイスを元の席にもどした(田沢くんのイスだった。彼は座る席がなくなって廊下をウロウロしていたようだ)。


「ねえ、またこんど一緒にご飯しようね」

 櫻井さんは言った。

「うん」

「指切りね」

 櫻井さんはネイルアートで飾られた小指を立てて、あたしの小指をからめとる。櫻井さんの小指は細くてちょっと冷たかった。

「約束だからね」

「うん」

 恥ずかしいやらうれしいやらであたしの顔は真っ赤になったと思う。


 その日の放課後のことだった。

 トイレの個室を出ようとした時、出入り口からにぎやかな声が聞こえてきた。

「――鯨谷さんのことだけど」

「――みっちゃんのこと? どうしたの?」


 声から遠藤さんと櫻井さんだと分かった。

 二人はどうやら洗面台の鏡を使ってメイクをし直しているらしい。

 ていうか自分が話題にされている。いま出るのは都合が悪くて、あたしは個室にとどまることにした。


「どうして急にかまったりしたの? あの子めっちゃキョドってたじゃん」

「あたしってさ、クラスのみんなのこと知りたいんだよね。みんなと友達になりたい。仲よくなりたい。そんな気持ちが強くてさ」


「エッちゃんがそういうキャラなのは知っていたけど、陰キャグループの子達にも声かけるなんてびっくり」

「でしょでしょ? あたしってえらくない? 陰キャグループにも分けへだてないのが私なのよ」櫻井さんは言った。

 

「本当いい子だよ、エッちゃんは!」

「アッコ~。ありがとう。あとは木村くんと田沢さんに話しかけるのがあたしの目標かな」

「本当に尊敬するよ〜」

 二人はトイレから出ていった。


 声が完全に消えたのを見計らって、そっと個室の扉を開けた。

 手を洗う。

 香水の匂いが残っていた。

 洗面台の鏡は見ない。あたし、どんな顔してるんだろう。


「陰キャグループね」

 あたしたちにはどうやらそういうグループ名が割り当てられているらしい。

 あれだけ色んな話したのに、相変わらずそういう目で見られるんだね。


「グループじゃないのよ。よせあつめ」 

 心のささくれを見て見ないふりをするために、私は自虐的に笑った。



終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジルスチュアートみたいな匂い 馬村 ありん @arinning

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説