心のささくれを癒やす白いフワフワ

あすれい

第1話

「はぁ……」


 休日の朝、いや、もうそろそろお昼かな?


 大きなため息とともにベッドから抜け出す。


 こんな時間まで寝ていたはずなのに、どこかすっきりしない。たぶん眠りの質が悪いんだ。


 最近、心が妙にささくれ立っている。


 激痛ってわけじゃない。その代わりにずっとチクチクと小さく痛み続けている。



 今週、仕事でやらかした。

 大したミスじゃないんだよ。後処理だって自分でやったし、報告だってきちんとした。


 なのに上司からネチネチ小言を言われて凹んだ。

 それもまぁ、いつものことと言えばいつものことなんだけど。


 嫌味な人なんだ。



 チラッと自分の隣を見る。見たところでそこには何もない。


 ……。


 じわりと涙が溢れてくる。


 寂しい。


 こんな時、前までは彼がここにいたのに。


 私が落ち込んだ時、悲しんでいる時、辛い時、そんな時はいつも彼が隣りにいてくれた。


 そっと寄り添って、静かに私のことを見つめてくれていたのに。


 でも今は……。


 彼がいなくなって、もう半年が経つ。


 私の目の前で、出ていってしまった。


 もちろん追いかけた。でも、追いつけなくて。


 最初は寂しくて、心配で、必死で探し回った。


 それも今はもうやめてしまった。


 いや、外に出る時は気にして探すけど、意味があるのかわからなくなって。


 どれだけ探しても、呼びかけてみても姿を見せない、返事をしてくれない。


 帰ってこないのだ。


 今はただ、どこかで元気に幸せでいてくれるのを祈ることにした。


 彼がいないと、ほんの小さな心の不調もすぐに治らない。ささくれのようにチクチクと痛み続ける。


 私の部屋には、彼のいた名残だけが存在している。それが余計に寂しさを大きくさせて。


 でも、捨てられない。


 いつか帰ってくるんじゃないかって期待して。



 ***



 翌日


 今日の私も色々とやらかした。


 まず、家に財布を忘れた。


 駅の改札で、鞄の中にないことに気が付いて、慌てて取りに戻ったけど仕事には遅刻した。


 もちろん嫌味な上司に怒られた。


 帰りは帰りで、駅の階段を登っている時に派手に転んだ。


 そんな私を周りの人は見て見ぬふりをする。

 私は恥ずかしくって、ぶちまけた鞄の中身を急いでかき集めて、走ってその場を後にした。


 どうにか帰宅して、ベッドに身を投げ出した。


 一つ一つは大したことじゃない。でもそれは乾いた心にささくれをいくつも作っていく。


 治ったそばから新しいものができる。


 癒やしが、潤いが足りてないから。



 ──カリカリ


 ん……?


 ──カシャカシャ


 ふいに玄関のドアの辺りから変な音がした。


 なんだろうと思い見に行くと何もない。


 インターホンのカメラで外を確認したけど、そこにも何も映らない。


 ──カチャ、カシャッ


 それでも変な音は続いてる。


 不思議に思って玄関のドアを少しだけ開けて、外を見てみる。


 でもやっぱりそこには何もなくて。


 ──スルッ


 何かが私の足元を通り過ぎて、部屋の中へと入っていった。


 スルリと私の足に触れたその感触には覚えがあった。


 慌てて振り返ると、私のベッドの上に彼はいた。


 随分と久しぶりなはずなのに、まるでそこが自分の定位置とでもいうかのような自然な姿で。


 伸びをして、ゴロリと寝転がった。


 確かにそこは彼のお気に入りの場所だった。


 駆け寄り、抱き上げる。


「んにゃっ!」


 彼は抵抗して、前足で私の顔を押し返してくる。


 前は真っ白でフワフワだったけど、今は少しだけバサバサになった毛並み。


 でもそれはやっぱり彼のもので。


 涙が溢れ出す。溢れ出して、止まらない。


 私が泣き出すと、抵抗がなくなった。

 代わりに彼は私の顔に口元を寄せ、涙を舐め取ってくれる。


 それがただただ嬉しくて。


「おかえり……」


「にゃ〜ん」


 帰ってきてくれた。ようやく。


 心が潤っていく。今日できたばかりのささくれもどんどん消えていった。


 その夜、私が寝ようとベッドに横になると、彼も隣にやってきた。私に触れて、丸くなる。


 私はその身体に顔を埋めて、久々にぐっすりと眠った。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 にゃんこ、わんこの脱走にはお気をつけください。


 大切な家族、いなくなると悲しいですからね。

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