恋の切れ目は、ささくれの始まり

美澄 そら

お題【ささくれ】


 天使の輪が見えるつやりとした黒髪。

 日焼け止めを惜しみなく使い維持している白い肌。

 美容液をたっぷり使い、扇のように広がる長い睫毛。

 口紅も要らないくらい、ぷるぷるで赤味のある唇。

 指の先まで念入りにハンドクリームを塗る。

 可愛いを維持するためなら、毎日全力で頑張る。

 大好きなこーたんのために、今晩はお気に入りのボディクリームを使って、浮腫まないように丁寧にマッサージをする。

 明日はこーたんと遊園地デート。

 ベッドの上に転がる、こーたんに貰ったくまのぬいぐるみを力いっぱい抱きしめる。

 付き合って二ヶ月。明日で三回目のデート。

 そろそろキス以上も……なんて、焦ってるつもりはないけど、友達の恋話コイバナ聞いていると、つい羨ましくなってしまう。

 こーたんの代わりに、くまのぬいぐるみにおやすみなさいのキスをした。

 


 卸したての可愛い下着、ジェットコースターも乗れるようにデニムのパンツに、上はシアー感のあるロンティーでいつもよりちょっとセクシーを目指してみた。

 待ち合わせ場所に行くと、こーたんが笑顔で「おはよう」と出迎えてくれた。可愛い!って、にやけて、彼の二の腕に全然力の入ってないパンチをする。

「おはよー」

「ふふっ。いこっか」

 はいって左手を差し出されて、右手を重ねる。

 当たり前みたいに恋人繋ぎになって、そういうところが好きって心の中できゃーきゃーはしゃいでいると、あっという間に遊園地の入り口の列に並んでいた。

「はい、これチケット」

「ありがとう!」

「任せて、今日楽しませる自信しかないから」

 それってサプライズ的な?

 ドキドキと一緒に期待も膨らむ。

 入り口でキャストさんに入場の登録をしてもらって一歩踏み込むと、「走って!」と声がした。

「え?」

「全部周るにはここのアトラクションから攻めないと」

 攻めるってなあに?

 そして、こーたんは私の手を引くと、なかば引きずるようにしながら駆け抜ける。

 最初のアトラクションに並んで、その待ち時間。

 こーたんは戦国時代の軍師もびっくりなほど、スマホと紙のマップを見せながら私に今日の計画を説明する。

「ここが一番人気で午後に並んだらもう他のアトラクションに乗れなくなるから――次はここのあとここに行って――ここで、お昼に十分使って――」

 こーたんのきらきらした表情を見ながら、私は頭の中であれ?を繰り返す。

 こーたんって、こんな顔してたっけ。

 こーたんって、こんな話し方だったっけ。

 こーたんって。こーたんって。

                                           

 なんで、私、こんなに頑張ってたんだろうね。

 遊園地デートからボロボロになって帰ってきた自分。

 足は豆だらけで立っていると痛い。

 指先に出来た小さなささくれを見て、なんだかどうでもよくなってしまった。クローゼットの奥に封印していた黒のスウェット上下を引っ張り出して着替える。

 メイクを落として、化粧水だけぺたぺた塗って、ヘアターバン付けたまま、あぐらでふやけたカップラーメンをすする。


「ってか、こーたんって呼んでたのやば」


 明日、ごめんねと別れようのラインを送ろうと決めた。



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恋の切れ目は、ささくれの始まり 美澄 そら @sora_msm

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