やっぱ、たくましく生きていてほしいな
DITinoue(上楽竜文)
声高らかに、インコを逃がす人を批判できない
現在、都心を中心にインコが急増しているのだという。
インコというと、ペットショップなどで良く売られている、青や緑の丸っこくて可愛い、ぬいぐるみのようなセキセイインコや黄色い顔に赤いほっぺが可愛らしいオカメインコ、カラフルなコザクラインコなど多々種類がある鳥だ。南半球を中心に、様々な場所で生息している。
そんなインコが、飼うことが負担になった、マンションがペット禁止だった、可愛くなくなった、などの理由で街へ逃がされている。主にワカケホンセイインコと言う種類だそうだ。
いきなり見知らぬ環境へ放されるインコのことを思うと可哀想だと思うかもしれないが、小さな鳥は思いのほかたくましい。
オーストラリアやアフリカとも、ペットショップとも、マンションのワンルームとも、全く違う環境に何とか適応し、命のバトンを繋ぎ始めたのである。
そして、今や巷では「インコ駆除業者」を名乗る者が、格安、超速などの売り文句をぶら下げて横行している。
パッと見れば、あまりに理不尽で残酷なことだと思わないだろうか。人の手で持ち込まれたインコが勝手に逃がされ、生存のために繁殖すると人の手で駆除されるとは。
ペットショップに居れば可愛い可愛いとチヤホヤされるのに、家に居たら可愛い可愛いとチヤホヤされるのに、国は違えど、本来の棲み処である森林にいると忌まわしいものを見る目でで見られる。
私はここで語っているように、インコを野に放した全ての人間を声高らかに糾弾したいのが本音である。
だが、私には糾弾しようと口を開いても、ついそのまま固まってしまう事情があった。
私もインコを野に放したうちの一人なのだということである。
忘れもしない、幼稚園の年少時代。
当時の私には、仮面ライダーごっこを共に楽しむ気の置けない親友がいた。仮に、名前をS君としよう。
三月ごろだったか、マンションの五階くらい彼の家を訪ねると、ピーピーと春を感じさせるような透明な鳴き声が聞こえる。奥に入れば、見慣れない籠がぶら下がっていた。その中には、青色と緑色の可愛らしい小鳥が止まり木に止まっていた。
「新しく買ってん、この子。セキセイインコやねん」
彼の母がにこやかに言う。名前は果たして何と言ったか。
彼の母は窓を閉めたうえで籠を開け、二羽の鳥を腕に立たせた。
「かわいー」
パタパタと部屋の中を飛び回る二羽の鳥を、私とS君は一心不乱に追い掛け回す。走って、跳んで、それでもこの子達は捕まらない。
それが、彼の母の腕には自然に戻ってくるのだ。
私とS君は、小さな命に興味津々だった。
彼の母は小さな籠に二羽を閉じ込めて、洗濯をするから、と言ってベランダへ出ていった。
「あっ、そうや、籠は、絶対開けんといてなー」
それから私たちは、いつもの通り仮面ライダーごっこを楽しんでいたが、いつもの通り集中することはなかなか出来なかった。
「へーんしん!」
なんてポーズを決めていれば、嫌でも視界の片隅に色鮮やかな二羽の鳥が入っている籠が見えるのだから。
私は、パタパタと飛ぶ二羽の鳥の姿を頭から消し去ることが出来なかった。
同時に、ろくに身動きも出来ない、金網の小さな鳥籠に閉じ込められたインコが可哀想で仕方が無かった。
ガー、ガー、ガー
日が陰ってきた空に、カラスの群れが横切っていった。
「ちょっと、トイレ行ってくるわー」
そう言って、S君がライダーベルトを脱ぎ捨てて走っていった。
素直に、チャンスだと思った。
今、母親はどこか別の場所にいる。はたして、この空間にいるのは、私だけ。
ピィ、ピィ、ピィ
静かな鳴き声が部屋に響く。二匹のインコの声は、どこか虚しくて切なくて、クリクリ人形のようなおめめはじっと私の方を見つめていた。
私は、変身ベルトを丁寧に置いて、インコの籠に歩み寄った。
広い部屋の中なら、閉じていたままの羽を思い切り広げて飛び回ることが出来るだろう。
カチャン
鳥籠に備え付けられた鍵を外すと、扉は勝手に開いていった。
ピィ! ピィ!
二羽のインコは順番に飛び出し、思い切り羽を広げて空気を切り裂いた。
その時の私は、清々しいことこの上なかった。心地よさそうに飛び回るカラフルなインコは、モノトーンの部屋に相まって、美しいことこの上なかった。
ピュゥゥゥゥ
と、まだ春になり切れない寒風が、私の首筋をぬるりと撫でた。
「あっ、あかん!」
慌てて窓を閉めようと、固まっていた足を動き出した時にはどうやらもう手遅れで、空を飛ぶインコにはスピードで勝つことは出来なかった。
よく濁った大阪の低い空へ、二羽のインコは物凄い速さで飛び立っていった。
「あ……」
「あ……」
一人になった部屋で、人の気配を感じた。
S君と、S君の母も私と同様に、口を大きく開き、何も言えずにマンションの聳え立つ小さな窓からの景色を眺めていた。
小さなインコの姿は、あっという間に点になり、あっという間にふっと消えた。
元から、S君の家族が引っ越す予定であったことは後日、母から聞いた。
幼稚園にそれからまた通うことになっていたが、あれほど鬼ごっこやブロック遊び、土のお城作りを楽しんでいたはずの彼との思い出はそれから、すっぽりと欠落している。
彼はもちろんのことだが、彼以外のお友達との思い出も全くと言っていいほどない。
あるのは、幼稚園を卒業する年長の子から、
「最後に一緒に遊ばない?」
と誘われて、それを断った記憶くらいだった。
以来、インコを見ると思い出すのは彼の記憶だった。
何千円かをはたいて金で手に入れたと思われる二羽のインコは、同じく何千円かをはたいて手に入れた金色の小さな鳥籠だけを残して消えていった。
あのインコは、一体どうなったのだろう。二匹でたくましく命を繋いでいったのだろうか、それとも別々に、カラスの餌となってしまったのだろうか、あるいは冷たいアスファルトの上で死んでったのか。
どうにか、懸命に命の襷を繋いでいってほしいと祈るばかりだった。
そこに飛び込んでいた、飼われていたインコが都会へ逃げ、外来種として嫌われ者になっているというニュース。種類は違えど、たくましき小さな鳥たちは、厳しい人口の環境にもめげず爆発的に繁殖しているという事実。
私はこのエッセイを投稿した日の夜、インコにとっての幸せとは一体何なのか、パッチリと眼を開けて考えることになろう。
公開ボタンをワンクリックしようとマウスに手を添えた。
「やっぱり、あの子たちは元気に生活しといてほしいな……」
二匹の鳥それぞれに対して、結局思うことはそれだった。
やっぱ、たくましく生きていてほしいな DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555
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