第56話 すばらしき日常

 ここはヨーロッパの最果てイニシュモア島。アイルランドの西に浮かぶ島だ。


「ねえイオリ、日本から届いたよ。魔法少女マジマジの新作DVD! 一緒に見るってボクと約束したでしょ」


「ちょっと待ってよ。カワセさんのお墓の手入れをだな……」


「カワセさんって、アンクウさんは死んでないじゃないか。死神さんは死なないの」


「でもこの下にご遺体が……」


「それは彼の魂が入ってた仮の器なのだよ。イオリくんはまだ理解できていないのかね」


 ユキは両手を腰にあててガッカリしたような顔で言う。


「いや、俺の中のこっちの世界の、いや日本人としての感性がそれはいかんだろうと強く訴えかけるのだが」


「じゃあ、向こうからアンクウさんを呼んで聞いてみようか? どうしたらいいかって」


「ダメだって、俺のしなきゃいけない仕事をアンクウさんに丸投げしてるから忙しいんだって。今こっちに呼んだら、レンブラント神父とトネリコさんも迷惑するだろ……」


 魔王は討伐されるも、帝国は崩壊。魔王到来時に民衆よりもいち早く国を捨てて逃げたのが皇帝一家であった。民衆の怒りが爆発したのである。帝都に魔王を誘導した責任を感じたのか当面の対応は【世界の意志】の悪魔たちが行うことになった。見た目は普通の人間なので問題ないらしい。魔王を倒したとされる俺を新たな国のリーダーに推す声が多く上がったようだが、そんなことは勘弁してもらいたいので先に顧問的な謎の役職に収まったのである。その仕事もアンクウさんがやっている。


「これだからジャパニーズサラリーマンってやつは……。せっかくお休みをもらったんだからのんびりしなきゃ」


「ん? イオリ。ボクと仕事どっちが大事なんだい?」


「は、はあ……」


「もう、ボクは怒ったよ!」


「ちょ、ちょっと」


「お母さんに言いつけてやるから! あのお気に入りの鞭でイオリをペシペシ叩いてもらおう。うん、それがいい」


「いや、だからあのトゲトゲは捨ててくださいって何度もお願いしているんだけど」


「だってあれを身につけてると血行が良くなって美容にいいって言ってたよ。ボクも試してみようかな」


「ダメダメ、絶対ダメだから。君の綺麗な柔肌に傷がついたらどうするんだよ。お母さんは特別なんだって、あと家の中でもちゃんと服を着てくれるように君からも言ってくれないか? 娘夫婦の前で全裸ってどういうことなんだか、あの変態は」


「誰が変態ですって? 婿殿とはいえそれは許せない発言よ!」


「そうよ、ダーリン!」


 木造の扉がバーンと開く。おいおい留め金が外れたぞ、直すのは俺なんだけど……。そんな俺の気持ちとは関係なしに、全裸の身体に植物の蔓を巻きつけた痴女魔王様が仁王立ちしている。その後ろにはビキニアーマーの痴女魔族も仁王立ちしている。


「へいへい。すんませんね」


 この魔王の命を救ったのは間違いだったのか? あのまま放って置いても自力で蘇生していたのではなかろうか。たしか俺の術だか魔法だとかの上を行ってるとか言ってた気もする。


 実際のところあのとき魔王は消滅する寸前で、俺はそれをただ受け入れるしかなかった。しかし奇跡というものは本当にあるようで、ユキの『再生』の力が爆発したように魔王に注ぎ込まれ、魔王は復活した。アデルちゃん、いや女神エポナ様が後でそう解説していたからそういうことなのだろう。ちなみにエポナ様は女神様として復帰。あの女神様の元でならきっと穏やかにあの世界は維持されることだろう。


「イオリ、お前の家はいつも賑やかでいいな」


 お隣の新婚夫婦までやってきた。


「はぁ。師匠も苦労されておられるようで……」


 能天気なクー・フーリンと違いブーディカ、お前は分かってくれるか。この二人もこっちの世界に戻ってきた。魔王との契約も破棄され自由になったのだが、故郷であるこっちで幸せに暮らすのだという。前世でも長い時間を彼らと過ごしていたのだが、二人がつき合っていたことを俺は全く気づいていなかった。ブーディカは『それは師匠ですから……』と言っていたがどういう意味だ。クーは笑っているだけだった。でもウチの隣に引っ越してくるってさ、それはどうなのよ。


「さあ、諸君! 私の新作料理が完成したぞ。皆で食べようではないか」


 そういえばもう一人ウチにはほぼ裸族がいたのだった。白い歯と爽やかスマイルが俺をムカつかせる。


「ほう、アポロン。不味かったら許さんぞ」


 魔王様がそう言う。男神アポロンさんはあの戦いの後すぐに蘇生した。実はあの程度なら彼にとって問題ないらしい。だが、圧倒的な敗北を喫したため魔王母さんに弟子入りしたとのこと。だがどうしてウチに居候を始めたのか。家主の俺は許可した記憶がないのである。

 

 雨の日が多いこの島であるが、今日は珍しくよく晴れ青空が広がっている。


 俺とアポロンさんで庭にテーブルを出し料理や飲み物を並べていく。クーも嫌々だが手伝ってくれた。女性陣たちはおしゃべりに夢中で働く気はないらしい。いつものことなのでもう俺は気にしなくなっているけど。


 

 海からの風は穏やかで柔らかい。


 もう春なんだな。




「た、大変なのです。世界の危機なのです!」


 せっかくの俺のいい気分が、可愛いらしい女神さまの声で邪魔される。


 

 アデルちゃんがユキに何かを一生懸命説明している。


 アカリが楽しそうにその上を飛び回っていた。あれ? 他の妖精さんたちがさらに上空にいっぱい見える……。



 うん、俺もそんな気はしていた。のんびりさせてはもらえないんだな。


 


 あの世界はまだ俺たちを必要としているらしい。


 俺はゆっくりとユキたちの方へと歩き出すのだった。



 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冬の精霊 春の精霊 〜この世界は俺が思うより君にやさしいのかもしれない〜 卯月二一 @uduki21uduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ