ゾンビランド葬儀師(短編)
ジャック(JTW)
第1話 ゾンビだって元は人間だから
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風は冷たく、空は灰色に覆われていた。廃墟と化した街並みには、かつての賑やかさは微塵もなく、ただゾンビの群れがうろついているだけだった。その中を、一人の少年が大きな荷物を背負い、静かに歩いていた。
彼の名は
螢は、ゾンビ黎明期の英雄である祖父の
彼の仕事は、ゾンビを焼いて弔うことだった。それは、生前の人々に最後の敬意を払うためのものであり、同時にゾンビの脅威を取り除くためのものでもあった。
「初めまして。ゾンビ葬儀師の螢です。本日は、貴方を火葬させて頂きたいと思います」
そう告げて、螢は近づいてきたゾンビに火炎放射器を向けた。
*
20年前の『大災害』、ゾンビウイルスパンデミックが世界中で猛威を振るい、人々は恐怖と絶望に包まれた。ゾンビウイルスに抗体を持たない人々は次々とゾンビ化し、生ける屍となって新たな感染者を生み出す地獄絵図が広がった。
しかし、人類は完全にゾンビウイルスに駆逐されることはなかった。
抗体を持った人々は、勇気を持ってゾンビに対抗し、炎がゾンビの弱点であることを突き止め、駆逐していった。最初は、この職業はゾンビ退治人と呼ばれていた。
しかし、人々はゾンビも元は普通の人間であったことを忘れず、ゾンビ退治人という職業名を変更することに決めた。
その新しい名前は、ゾンビ葬儀師であった。彼らはゾンビを焼き、弔い、そしてその魂を安らかに送ることを使命とし、同時にゾンビの脅威を取り除くことを誓ったのである。
*
螢の両親は、螢がゾンビ葬儀師として働くことに反対した。
しかし、螢は、「じいちゃんは言ってた。ゾンビ葬儀師の仕事は、ゾンビになった人達に最期の尊厳を取り戻させる立派な仕事だって。おれもそう思うよ」と言った。
「あの人達の家族はもう居ないのかもしれないけど、最期くらい、弔ってあげたいから」
螢は、そんな思いを抱いてゾンビ葬儀師になったのである。
とはいえ、ゾンビ葬儀師は過酷な仕事だ。螢は、20kgもある携帯用火炎放射器(バックパック式。燃料となるタンクと推進ガス、そして噴射用のノズルが付いたもの)を背負って歩き、場合によっては複数のゾンビと対峙しなければならない。
ゾンビ黎明期の英雄である祖父から過酷な訓練を課された螢は、火炎放射器の射程がそこまで長くないことをよく知っていた。
ゾンビの動きが鈍く炎が特に効果的であるため採用しているが、それでもゾンビに接近されてしまう危険性が高い、ハイリスクハイリターンな武器だ。
螢と同業のゾンビ葬儀師の中には、火炎放射器の燃料切れを起こして為す術なくゾンビに食い散らかされた者も少なくない。
螢はそんな過酷な仕事に身を投じていた。
そして彼は常に慎重に、そして決意を持ってゾンビとの対峙に臨んでいる。彼の心には、ゾンビたちに最期の尊厳を取り戻すという使命が深く刻まれていた。
螢は、ゾンビ一体に丁寧に時間をかけて火炎放射器を噴射した。ゾンビは炎に弱い。火炎放射器によって火を放たれると、水分が抜けて関節が曲がり、動けなくなるのだ。
ゾンビに噛まれて怪我をしても、抗体を持つ螢はゾンビ化を発症することはない。しかし他の雑菌で死ぬ可能性は勿論ある。その為、怪我をしないように、丁寧に一体ずつ火葬して、着実に数を減らしていくことが望ましい。
螢は、無力化したゾンビを、丁寧に遺体袋に入れて包み、火葬用棺に入れて飛び出してこないように厳重に封をした。この状態のゾンビは、また別の火葬事務担当者に引き継がれる。
完全に骨にしてから引き渡すことも可能なのだが、最近は、ゾンビ化したご遺体から親族を割り出すために、できるだけ肉を残した形で次の担当者に引き渡すようにしている。
ゾンビウイルスパンデミックが起きたのは、たった20年前。20年前に家族や親友、恋人を失った人の中には、無論、いるのだ。変わり果てていても、彼等彼女等に会いたいと願う人が。墓に遺体や骨を埋葬して、追悼したいという人達が。
ゾンビ葬儀師は、そんな人達の切なる願いを叶える為にも存在している。
螢は、ゾンビが入った大きな棺に声をかける。
ゾンビパンデミック後に生まれた螢は、神や仏や宗教や宗派について、詳しいとは言えない。
それでも、祈ることや、願うことは出来る。
「ご冥福をお祈りします」
ゾンビになってしまった人の最期に、せめて弔いを。
螢は、手を合わせて、祈りの言葉を告げた。
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ゾンビランド葬儀師(短編) ジャック(JTW) @JackTheWriter
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