ある日空の向こうに隙間が見えて

季都英司

ある日空のささくれを見つけた少女のお話

 空を眺めていたら、不思議な隙間を見つけてしまったのです。


 それは、ある暖かい日。

 私がおうちの近くの河原で、のんびり空をながめながら寝転がっていたときのことです。

 お昼ご飯を食べたあとのまったり時間で、おなかいっぱい少しおねむのころでした。

 明るくまぶしい空をぼんやりと見ていたら、青い空の中に細く短い隙間のようなものが見えたんです。

 空は明るいはずなのに、そこだけが深い夜みたいに濃い青でした。

 まるでひまわりの種をもっと細くしたような、もしくはたくさん細めた目のような、そんな感じの形でした。


 私は不思議に思って、目をゴシゴシこすってみたり、お日さまの光が目に入らないように手をかざしてみましたが、相変わらずその隙間は見えています。

 それどころかよく見ると、その隙間の端からは、なにかが垂れ下がっているのがくっきりと見えてきました。

 それはまるで、指にできる『ささくれ』のようでお空にできた傷みたいだななんて思ったのです。


 気になって立ち上がると、そのささくれは空にあるのに手に届きそうで、なんとはなしに手を伸ばしてみると、びっくり。

 本当にささくれの伸びた皮のところに手が触れてしまったのです。

 慌てて手をはなして、今度はおそるおそる隙間をのぞき込んで見ると、向こう側に広い空間があるように思えました。

 細い隙間だったのであんまりはっきりとは見えなかったけれど、不思議と宇宙みたいに広い世界がそこにあるようなそんな気がしました。


 なんだかわくわくしてきました。

 とっても興味が湧いた私は、このささくれを引っ張るとどうなるのかなあ、なんていたずら心を起こしてしまったのです。

 ゆっくりと空のささくれに手を伸ばし、皮のところを指でつまみます。

 そうっと、つまんだ手をひっぱると皮が空とつながっているところでひっかかり、ぴんと皮が伸びました。


 そのときです。

 いきなり強い風がびゅーっと吹きました。

 太陽がぴかぴか強くなったり弱くなったりしました。

 そして、

 空の隙間から、色とりどりのお星様がざざざっと、たくさんあふれてきたのです!

 私はびっくり。

 隙間の前に立っていた私は、お星様におされて転んでしまいました。

 あふれてきたお星様は川みたいな勢いで、転んだ私の上を流れていったかと思うと、そのまますーっと溶けるように消えてしまいました。

 とっても不思議なできごとに私はしばらく動けませんでした。


 もう一度ささくれに近づきます。

 まっすぐ前には立たないで、少し横に立ちます。また何か飛び出してきたら怖いからです。

 ささくれをつまんで、もう一度せーので強く引っ張ってみました。

 すると、ささくれがあっちこっちに揺れるようにいそがしく動きました。つかんでいた私もいっしょに激しく揺さぶられます。

 また強い風が吹き、空がぴかぴかしました。

 そして今度は……、

 空の隙間から、なんと虹が吹き出しました!

 赤やオレンジや、緑や青、紫、たくさんの色の光が噴水みたいに吹き出します。

 まぶしくて目がチカチカしましたが、とても綺麗で素敵な景色でした。

 今度の虹もしばらく吹き出したあと、空に溶けるように消えていきます。


 私はもう面白くて面白くて何度も何度も、同じようにささくれをひっぱっては、隙間からいろいろなものが出てくるのを楽しんでいました。

 そしてしばらくして気づいたのです。

 これが本当に空のささくれだったらどうしようって。

 そうだとしたら、こんな風に私にひっぱられてすごく痛かったんじゃないかって。

 前に右手の指にささくれができたとき、間違って引っ張ったらとても痛かったのを思い出しました。

 そして、とっても申し訳ない気持ちになりました。

 空も痛かったのかもしれない。

 風が吹いたり空が光ったりしたのは、痛くて暴れていたのかもしれない。

 星や虹が吹き出したのは、血が出てるみたいなことだったのかもしれない。

 そう思ったのです。


 そうしたら、空がとってもかわいそうに思えてきました。なんとかしてあげないとって思いました。

 私は急いで家まで走って帰ると、救急箱を棚から取り出して、両手で抱えてもどってきました。

 救急箱を開け、中から大きめの絆創膏を取り出して、ささくれのところにペタッと貼りました。

 そして空に向かって「いたくしてごめんなさい」と大きな声で言いました。


 空がやさしく光ったような気がしました。

 

 まぶしくて少しだけ目を閉じました。


 次に目を開けた時には、空のささくれはなくなっていました。不思議なことに私が貼った絆創膏もいっしょに消えていました。

 辺りはいつも通りの河原で、なんだか全部が夢だったようなそんな気がしました。


 それからは空にささくれを見ることは、一度もありませんでした。

 あの空の向こうに見えた隙間が、本当にささくれだったのかはわかりません。

 絆創膏が効いたかどうかもわかりません。

 でもあれから空を見るたびに、もう空が怪我をしていないといいな、そんなことを思うのでした。

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ある日空の向こうに隙間が見えて 季都英司 @kitoeiji

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