本編
北海道の小樽港から車で西へと海岸線を突き進むと、ウィスキーの里で知られる余市の町が現れる。そこには、観光客の目に触れることのない、「フゴッペ岬」という小さなパワースポットが潜んでいる。
岬は季節を問わず、荒々しい日本海の波に洗われ、龍が天に昇るような形をしている。その岬の先端部分には、波浪侵食によってできたこの世のものとは思えない不思議な洞窟が隠れている。洞窟内には、エジプトのピラミッドで見られるような絵模様に似た岩面刻画があるという。
僕の名前は野々村幸太郎。この町の高校で歴史を教えている。縄文時代からの歴史が息づくこの地に魅了され、考古学研究者としての一面も持つ。今日も、同僚の百合子先生と生徒たちを連れ、古墳時代の秘密を探し求める聖地巡礼の旅に出た。
フゴッペ岬の洞窟には、75年ほど前、海水浴で来た中学生が偶然に見つけたという、歴史的な大発見となる壁画がある。黄金色の羽を持ち、頭に鋭い角を生やした龍神の姿が描かれている。他にも、翼で仮装した人から舟、魚、海獣、四本足の動物を描いたような岩を彫りこんだ壁画がある。でも、それらの壁画が本物かどうかは長い間疑われていた。
しかし、最近になり、岩面刻画の他にも土器や骨角器、炉跡などが近くから発見され、約2000年前の続縄文期の遺跡であることが明らかになった。僕と百合子先生は、この地に眠る歴史の遺物に心を動かされていた。
今日、僕たちは懐中電灯のあかりを頼りにして、心霊スポットとも言える洞窟の奥深くへと足を踏み入れた。石段を上り下りして、草をかき分け、弥生の風に吹かれながら、僕は何かを感じ取った。洞窟の奥に見える湖水の方から、神風が奏でる不気味な囁きが聞こえてくる。それは、縄文の遺跡が語る無言の言葉のようだった。
そして、僕は見た。遥か彼方の昔に描かれたギリシャ神話に登場するといわれる未来を予言するパンドラの龍神が、まるで生きているかのように目を光らせたのだ。百合子先生や生徒たちも、信じられないといったまなざしで目を見張っていた。
その瞬間、洞窟は青と緑の光に包まれ、まるで異世界へと引き込まれるかのような感覚に陥った。僕は、時代も地域も越えたこのいにしえの鼓動に耳を傾け、その神秘にひたすら敬意を表した。そして、僕たちは知った。この地には、ただの歴史ではなく、生きた伝説が息づいているのだと。
洞窟の奥深くで、僕たちは時の狭間を歩いているような錯覚に捉われた。そこは、魔界の伝説が息づき、天国に続く階段が隠されているかのような神聖な場所だった。
壁画の龍神が目覚めると、洞窟内はいにしえの鼓動で脈を打ち始め、生命の息吹が岩肌を通じて感じられた。
僕たちが見守る中、壁画は次第に立体的な輪郭を帯び、龍神が壁から解き放たれる瞬間を迎えた。その姿は、まるで2000年の時を経て蘇ったかのように、荘厳でありながらも温かみを帯びていた。龍神はゆっくりと洞窟内を舞い、その動きは古代の神話を彷彿とさせるものだった。
「これは……」と百合子先生が呟いた。龍神は、その黄金色の羽を広げ、洞窟の中を優雅に舞い始めた。その動きは、蛍火を呼び込み、まるで古代の祭りの舞を再現しているかのようだった。僕たちの方へと少しずつ近づいてきた。
僕たちは息をのんでその光景を見守った。龍神はよそ者たちに気づいたのか、その鋭い目で僕らを一瞥し、何かを伝えようとしてきた。そして、龍神は新たに摩訶不思議な絵を壁に描き始めた。それは、謎めいた図形だった。知恵と啓示、時間の螺旋、運命の星々。僕らは目を凝らして、その図形を見つめた。
龍神が壁に描いたのは、複雑で抽象的な模様だった。それはまるで未来の出来事を暗示しているかのように見えた。渦巻き状の線が真ん中の点から放射状に広がるデザインで、その中心には、目を象ったようなシンボルが描かれていた。この目は、全てを見通す知恵の象徴であり、未来を予知する魔性の力を持つとされていた。
渦巻きは、時間の流れや宇宙の法則を表しているとも解釈され、その線のひとつひとつが異なる時代や出来事を象徴しているかのようだった。また、図形の周囲には小さな点が無数に散りばめられており、これらは星々や運命の糸を表しているとも考えられていた。僕はカメラを取りだすと、思わず、その図形を写真に収めた。
そのとき、龍神の目が警告のように赤く輝き始め、鋭い角が僕らへと向けられた。もう、僕らは絶体絶命の淵に立たされていた。洞窟内の空気が突如として凍りつき、氷のような冷たさが僕たちを包み込んだ。僕たちの呼吸が白い息となり、周囲を支配するのは死のような静けさだけだった。
「ぎゃあ……」
百合子先生の叫びが洞窟内に轟いた。
聖地巡礼の歴史探索が一転、ミステリアスなホラーへと変わり、恐怖で身体が震えた。僕たちは必死に洞窟からの脱出を試みるが、出口が見つからず、迷宮のような暗闇に迷い込んだ。
しかし、突然、洞窟の外から強い風が吹き込み、龍神と共にその絵は消えてしまった。僕らは、命拾いをして、この不思議な出来事をどう解釈すればいいのか、言葉を失った。
ところが、ひとつ確かなことは、僕たちが目撃したのはただの壁画ではなく、何千年もの時を超えて伝わる生きた伝説だったということだ。
僕らは洞窟を後にし、外の世界に戻った。でも、僕の心の中には、今もその龍神の姿が焼き付いている。そして、僕は知っている。このフゴッペ岬には、まだまだ解き明かされていない秘密が眠っているのだと。
この地には、時の流れが刻み込まれた複雑怪奇な歴史が息づいており、そこから織りなされる物語は、まるで異世界からの伝説のように僕の心を捉えて離さなかった。
このいにしえの鼓動に耳を傾け、その神秘にただ敬意を表する。縄文の遺跡が語る無言の言葉に、弥生の風が運ぶ囁きに、僕は深い感動を覚え、この地の叙事詩に自らの魂を重ねるのだった。
――フゴッペ岬の龍神伝説(了)
フゴッペ岬に伝わる龍神伝説の謎 神崎 小太郎 @yoshi1449
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