ある日ぼくは呪いの魔法が使えるようになった。
あしわらん
不思議なできごと
朝、目が覚めてむくりと起き上がり、ひと言ぽつり、つぶやいた。
「人を呪わば穴二つ……」
ハッとした。
ぼくはいったい何を言ってるんだろう。
人をのろわばって? ぜんぜん知らない言葉だ。
学校でまだ習ってない。
ぼくは知らない言葉を口にしたんだ。
まるで何かにとりつかれたみたいに。
◇
昨日、夢を見た気がする。
でも、起きた瞬間に忘れちゃって、ぜんぜん思い出せない。
ぼくはTシャツと短パンに着替えて一階に下りた。
キッチンでおかあさんが忙しそうにしていた。
コンロにチッチッチッチって火をつけて、ぼくを見もしないで言う。
「早く着替えなさい」
「もう着替えてるよ」
「あらそう? じゃあ顔洗ってきて」
ぼくはムッとして、こころの中でこう思った。
おかあさんの指に、ささくれができちゃえばいいのに。
「痛ッ」
おかあさんは人さし指をまじまじと見て言った。
「いやだわ、ささくれができちゃった」
◇
へんなことも起きるもんだな。
ぼくは背中に大きなランドセルを背負って学校へ行った。
学校に着いたら、いじめっこのタケシ君に消しゴムを取られた。
先生に消しゴムを借りに行ったら、
「〇〇君、また忘れもの?」って、ぼくを困った子みたいに言う。
ぼくのせいじゃないのに、おもしろくない。
ぼくはこころの中で思った。
ふたりの指に、ささくれができればいいいのに。
「イテッ」
「痛っ」
ふたりの指にささくれができた。
これは偶然なんかじゃない。
◇
ぼくは魔法を手に入れたんだ。
呪文は、『〇〇の指にささくれができればいいのに』
ぼくは魔法使いになった気分だった。
いや、きっと魔法使いのたまごなんだ。
今使えるのは、ちんけな魔法ひとつだけれど、
毎日練習すれば将来偉大な魔法使いになれるかも!
ぼくはワクワクして練習にはげんだ。
嫌なことがある度に相手にささくれを作って、
今日だけでなんと十人!
この調子なら、明日には相手を転ばせるくらいのことができるようになっているかも!
その夜ぼくは、期待でむねをいっぱいにして布団に入った。
◇
次の日の朝起きたら、ぼくの指がチクッと痛んだ。
まさかと思って見ると、ぼくの指にもささくれができていた。
いっぽん残らず十本ぜんぶ。
ぜんぶの指がチクチク痛くて、見た目もとてもきしょく悪い。
ぼくは突然、一昨日見た夢を思い出した。
ぼくは夢の中で悪魔に会ったんだ。
悪魔は住むところを探していた。
悪魔は言った。
きみの心の中に棲みたい。
とても居心地よさそうだ。
きみの中に入れてくれたら、
悪魔の力をわけてあげる。
きみが受け入れてくれるなら、この呪文を唱えてよ。
『人を呪わば穴二つ――』
◇
どうしよう! ぼくのこころに悪魔が入っちゃったんだ!
この全部のささくれは、ぼくが悪魔の姿に変わるぜんちょうなんだ!
ぼくはこのまま全身ささくれだらけの悪魔になっちゃうんだ!
「うわーーーーん!!」
ぼくは泣き叫んで階段をかけ下り、転げるようにおかあさんのところへ走って行って抱きついた。
「悪魔をとって! 早くとって! おかあさんぼくの悪魔をとってよぉ!」
泣きながらせがんだら、おかあさんはぼくを抱きしめて、しゃがんでぼくの顔を見て、ちゃんと話を聞いてくれた。
ぜんぶ話したあとで、ぼくはぼくのしたことを謝った。おかあさんは腕をゆるめてぼくの涙でぐしゃぐしゃになったほっぺを、優しい両手で包んで言った。
「おかあさんもごめんね。最近忙しくて、こんな風にちゃんと、そうちゃんのお顔見ておはなし聞いてあげてなかったね。ごめんね、ごめんね……」
◇
ぼくのこころから悪魔はいなくなったのかな。
正直よくわからない。
でも、ささくれができちゃえばいいのにって、
あんまり思わなくなった。
すこし勇気が必要だけど、
消しゴムを取られたら、「返して」って言えるように。
違うことを言われたら、「違います」って言えるように。
今はそういう魔法を使えるように、
ちょっとずつ練習している。
ある日ぼくは呪いの魔法が使えるようになった。 あしわらん @ashiwaran
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