KAC20244「あなたのささくれの味をわたしだけが知っている」

地崎守 晶 

あなたのささくれの味をわたしだけが知っている

 なめらかな指の腹、つるりとした爪の表面。あなたのその完璧さは誰もが知っている。

 けれど、這わせた舌に突き刺さるそれは乾いて、尖って、硬くて。

 貴女が万人に見せる柔らかな甘い笑顔の裏に隠した、誰かを責めるハリネズミの針のような、冷ややかな目線のような。

 親切に差しのべるしなやかでふっくらした指先の、たった一つの瑕疵を。

 わたしだけが、知っている。

 それがたまらなく、たまらなく嬉しくて、誇らしくて。

 あらゆる人に愛される貴女、天使のような貴女、誰よりも眩しい貴女を、この瞬間だけはわたしがひとりじめ。

 

「痛っ……」


 放課後、人気のない教室。貴女の形の良い唇から漏れた声が空気を震わせる。

 わたしは貴女と二人きりだった。

 文化祭のクラス展示の準備で、飾り付けの紙の鎖を作っていた。他の生徒は部活の企画の準備を優先していて、だからこそ好都合だった。いつも人に囲まれていて、わたしだけのものではない貴女。

 そんな貴女と二人になれる貴重な時間を、わたしは毎日心持ちにしていた。取り立てて特別なこともないけれど、貴女と並んで黙々と手を動かす時間は心地が良かった。

 そんな中、貴女が漏らした声にわたしは顔をあげる。貴女は右手の人差し指の先をもう片方の手で抑えていた。


「どうしたの」

「ちょっとね、引っかけちゃった……」


 恥ずかしそうに貴女が抑えていた指を見せる。

 その、色紙の端がかすめて血の滲んだ、さかむけ。その根元から貴女の赤い赤い血液が、つうっと指先を伝って、机に広げられた赤い色紙に違う赤みを染み込ませる。

 その光景は、あまりにも鮮烈で。完璧で誰もが褒めそやす、わたしには手が届かない貴女の、白魚のような指の先端に、異質なほどにめくれ上がったさかむけが、貴女の透き通るような血で彩られているさまが、わたしの目を焼いた。


「血が……」


 消毒しないと、そう言いけたのは理性か言い訳か。

 その瞬間、わたしは貴女の人差し指をわたしの口に含んでいた。ほとんどけだもののように。


「えっ……」


 目を丸くする貴女という熱に浮かされたわたしは、口腔を満たし鼻に抜ける貴女の豊潤な血の味と匂いを、なめらかで薄く柔らかな貴女の指の皮と、そして乾いて厚く固く鋭い貴女のさかむけの舌触りを感じて、ほとんど昇り詰めていた。腰から脳天にかけて、撃ち抜かれたような快楽が走り抜ける。


「あっ、っう」


 もっと、と本能のまま動かした舌先が、さかむけをちろちろとなぶるたび、ねぶるたび。痛痒で小さく震える貴女は、けして拒んではいなくて。

 その事実が、わたしが貴女になにかを与えているということが……たまらなかった。わたしは頂点に達していた。

 

 やがてわたしの口から指を引き抜いた貴女の目。

涙に濡れた、羞恥と悦楽と、それを覆い隠すような睨んだ目。


「誰にも……言わないでね」

 

 わたしはうなづいた。誰にも言わない……すなわち、貴女のさかむけを、その味を、わたしだけが、知っている。




 





 


 

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KAC20244「あなたのささくれの味をわたしだけが知っている」 地崎守 晶  @kararu11

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