ささくれ妖怪がいる

加藤ゆたか

ささくれ妖怪がいる

「あ、ささくれ!」


 教室で美優が私の指をさして言う。

 なるほど。確かに右の中指の爪の上に二、三本、ささくれが出来ている。

 これ痛いんだよね。

 冬だから乾燥してたのかな。

 ささくれが出来るなんて思ってもなかったから、ハンドクリームを指の先まで塗ったかどうかも憶えてない。

 あー、なんか残念な気持ちになる。

 私は口を曲げて美優を見た。


「なんて顔してるの、沙織。」

「だって、ささくれって痛いじゃん。」

「ごめんね、私が見つけなければよかったね。」

「いや、美優とささくれは関係ないでしょ。」

「ふははは、実は私はささくれが大好物のささくれ妖怪だったのだ!」

「はあ?」


 美優が指をかぎ爪のようにした両手を顔の横にかざしてポーズを取った。

 そういうふざけた仕草も可愛いのだからズルい。


「がおー。ささくれはどこだー。ささくれはー。」

「ささくれ妖怪ってそんな感じなんだ?」

「説明しよう。ささくれ妖怪は人の指にささくれを作っては食べてしまう恐ろしい妖怪なのだっ。」

「食べるの? ささくれ?」

「そうだよ。沙織の指を食べさせろー。」

「こら、ダメ。」


 美優が口を開けて本当に私の指を食べようとしてきたので、私は手を引っ込めてそのまま美優の額にチョップを入れた。


「いたっ。」

「ふざけるからだよ。」

「……むうー。でもさ、沙織の細くて綺麗な指にささくれなんて出来ちゃって、私怒りが湧いてきちゃってさー。」

「ええ?」

「これは私が食べるしかないなって思ってさー。」

「なんでそうなるの。」


 たかがささくれくらいで。

 でも美優に自分の指を褒められて悪い気はしない。

 細くて綺麗だなんて。

 本心だろうか?

 考えてみれば、美優が私のささくれを見つけたのだって、私の指を見ていたからではないか。

 美優は私の指を見ていた。

 私の指。

 はあ。それなのに私はささくれを作ってしまった。

 腹を立てるなら、相手は私自身だ。


「ねえ、もう一度見せて。ささくれ。」

「んー?」


 待って。美優の言葉の意味が頭に入ってこない。もっと別のことで頭の中は占められている。

 もう一度。

 美優は私の何を見て、何を好きなの?


「沙織? 指、見せて。」

「あ……うん。」


 美優の少し冷たい指先が私の手を取る。やさしく私の指に触れる。

 

「……赤くなってる。私が今からおまじないで治してあげる。」

「うん……、って、え? 治す?」

「言ったでしょ。私、ささくれ妖怪だって。」

「え? え? 本当に?」

「ふふふ。信じてなかったの?」


 ええ? 本当に美優は妖怪なの?

 確かに美優は肌が白くて髪も艶々で、普段はこんなだけど、ふと消えてしまうんじゃないかって思ってしまうような時もあって、人間じゃないって言われたら、百人中一人は本当に信じちゃうような雰囲気があった。

 きっとその一人は私で。

 それくらい私にとって美優は特別だったのだ。

 ……でも、さすがに、ささくれ妖怪はおかしいのでは?



 私は美優の顔を見る。

 きっと私の顔には不安の色が浮かんでいる。

 美優はそんな私を見返して笑みを浮かべる。目を細めて、口角を上げて。

 私の指を握る美優の手が強くなる。

 強い力で無理に私の指を引き寄せようとする。

 そこで私はしまったと思った。


「いただきます!」


 美優はそう言うと掴んだ私の指を自分の口に入れた。


「ぎゃあ!」


 美優の表情。いつものイタズラっぽい笑みだった。なんですぐ気付かなかったのか。美優の顔に見とれてしまっていた。

 

「ううー! うううー!」

「何言ってんだかわからん! 離せ、美優!」

「べおべおべおー!」

「あっ! 舐めるな! 舌、気持ち悪いから!」


 必死に私の指に食いついて離そうとしない美優。

 これが恐怖のささくれ妖怪か……!



 やっとのことで美優の口から指を引き抜くと、私はまた美優の額にチョップを入れた。


「あー、いったーい。」

「ふざけるからだよっ!」


 私の指は美優の唾液まみれだ。

 私にチョップされた額をさすって美優が申し訳なさそうに謝る。


「ごめんね、でも、沙織のささくれ治したかったの。」

「そんなの、してくれなくていいよ。」

「でも、私のせいだから。」

「美優の?」

「うん。だって私がささくれ妖怪だから、沙織の指に……。」

「まだその設定続ける気なの?」


 私は自分の右手の中指を見た。

 当然、ささくれは治ってない。

 っていうか、さっきよりも赤みが強くなってる気がする。

 私はささくれをよく見ようと指を顔に近づけた。

 近づけすぎて吐いた息がささくれに触れてチクリと痛みが走った。


「痛っ。」


 私はとっさに唇に指を持っていってしまう。

 指が、美優の唾液が私の唇に触れた。

 一瞬空いて、そのヤバさに気付いて、私の頬は教室が暑くなるくらいの熱を帯びた。

 そっと美優の顔を盗み見ると美優の顔も赤くなっている。

 美優のこんな顔、見たことない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ささくれ妖怪がいる 加藤ゆたか @yutaka_kato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説