ある独身男の休日 ささくれた心の癒し KAC20244

愛田 猛

ある独身男の休日 ささくれた心の癒し KAC20244


久々の休みの朝、起きたら、右手のひとさし指にささくれが出来ていた。

引っ張ってもうまく取れないので、結局歯でかみちぎった。

すると、肉が裂けて、血が出てきたので、軟膏を塗って、絆創膏を巻いた。


まあ、これでいいだろう。

そう言えば、「ささくれは親不孝のしるし」って、ずっと昔に聞いたことがあるな。

最近はそんなこと言わないんだろうか。


まあ、親不孝ったって、俺には両親はいない。7歳の時に二人ともくたばっちまった。

死因は知らないが、どうせろくなものじゃねえ。


それの証拠に、葬式すら無かった。親戚もシカトしたらしい。

というのは、親戚がいるかどうかさえ、俺は知らないからだ。


戸籍を調べていけばわかるのだろうが、特に興味はない。

何十年も放置されたんだ。今さらだよな。


それで、俺は7歳から施設で育った。

施設にもいろんんな子がいて、親がいるけど預けられているやつもいた。

だが、別にそれを何とも思わなかった。


親が居ようが居まいが、施設にいたら大して変わりはないんだ。


それどころか、親が来なくなって、泣いている奴さえいたしな。へんに期待するのが悪いんだ。


学校に行っていると、結構多くの連中から「親がいなくて可哀そう」と言われたもんだ。

先生とか、ほかの保護者とかからな。


だが、そんなのは関係ないんだ。可哀そうかそうでないか、なんて他人の人生を評価するのがおこがましいんだよ。


それこそ、「同情するなら金をくれ」ってなものだ。

あんたらのいう「可哀そう」な連中は、施設にはゴマンといるんだよ。


俺ひとり見てどうのこうのいうくらいなら、全員にたらふく食わせるだけの銭を寄付してみろよ。親の愛がどうの、とか言うなら、全員養子にして面倒みろよ、ってなもんだ。


まあいい。

俺の心もささくれだっているようだ。原因はたぶん、昨日、先輩のミスを押し付けられて、上司に怒鳴られたことだろうな。

会社自体が生きていくのがやっとの中小企業で、何とかノルマをこなしていく毎日。


休日出勤や残業も無給だった。だが、この前労働基準監督署とかいうお役所に社長が怒られて、とりあえず二週間ぶっ通しで働いたら休みを取る、ということになった。


だから、今日はひさびさの休日だ。とはいえ、日曜ではなく、火曜日だ。

彼女なんかいるわけのない、しがない独身男に降ってわいた休日。


ささくれた心を癒すため、というか単なる気分転換に、俺は上野に行くことにした。

さしたる理由はないが、しいて言えば西郷さんの銅像を見ることだった。


駅からぐるっと回って階段を上ると、中腹、というか途中に銅像がある。

本当はこんな顔じゃなかった、という説もあるらしい。


まあこの人も、幕末の志士と言っても、最後は下野して不平士族にかつぎ出された、西南戦争、(最近では西南の役とはいわないのか?)で反乱者となっちまったんだよな。


まあ、ご苦労さんだ。

西郷さんは、何もいわずに犬を連れて立ったままだった。



そのあと、ちょっと高尚に美術館でも行こうかと思ったが、化粧くさいババアどもが並んでいたので、嫌気がさしてやめ、動物園に行くことにした。


平日の動物園は、まあこんなもんだろう、という感じの混み方、あるいは空き方だった


ベビーカーを押す母親や、ベレー帽を被った謎のじいさん、写生をするおっさん、写真を撮る女性などいるが、まあ適度に空いていると言えるだろう。



動物園か。親がいたころ、連れて行ってもらったのだろうか?それすらわからない。


歩いていると、ダチョウがいた。

昔、国語の教科書に「ぼろぼろの駝鳥」とかいう詩が出ていたな。


動物園の駝鳥が狭いところに閉じ込められロボロでみすぼらしく、「これはもう駝鳥じゃないじゃないか」とかほざいていた詩だ。


草原にいない駝鳥が可哀そう?そんなの勝手な言い分だろ。本人(本鳥かい?)からすれば、余計なお世話だよ。第三者が自分の主観でものを言うな、ってことだ。


サルがお前を見て、「しっぽがなくて可哀そう」とか言ってきたらどう思うんだよ。



俺は、狭い柵の中をゆっくり歩く駝鳥を見ながら、「どう生きようが、俺たちの勝手だ。なあ、そうだろう?」と心で語りかけた。


駝鳥がこっちを見る。「ああ、そうだな。」と言っている気がした。それだけで、俺の心が少し癒された。


ささくれ立った心を静めるのに、意外に動物園は悪くない。


向こうにパンダの獣舎、あるいは邸宅がある。

せっかく来たんだ、一応見てみよう。


パンダ舎はガラス張りで、それほど広いとは思わないが、まあ十分なスペースがある。そして冷暖房完備だ。


正直、底辺の俺なんかよりよっぽどいい生活をしている。

まあ、恨むまい。 心を鎮めるために来たんだからな。


俺は、一匹のパンダを見つめた。 可愛いらしいと言われるが、意外に怖い目をしている。

こいつら、本当は雑食らしいしな。


俺は パンダに心の中で語りかけた。

「幸せは、いつも自分の心が決めるんだよな。お前もそう思うだろう?」


パンダが俺の目を見ながら返事したような気がした。





































「そんなことより、笹くれ。」




===

お読みいただき、ありがとうございました。


動物園が出てきた時点、あるいは上野という単語で気づいた人もいるでしょう。


同工異曲の作品も多そうです。


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特に短編の場合、大体が一期一会です。


袖すりあうも他生の縁。

情けは人のためならず。


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…もちろん私が最初に幸せになるんですけどね(笑)。






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