きっと彼女は着物が似合う
りりぃこ
着物の似合いそうな女子高生
「池田さん、今日は新しい着物ですか?素敵です。え?お祖母様の時代のもの?え?見せてください。わあ、保存状態素晴らしいですね、色も綺麗……。
あ、川村さんも新しいやつじゃないですか。オシャレ!やだ、全然派手じゃないですよぉ!似合ってますよ!
古川さんは今日はお洋服ですか?あ!ちょっと!Tシャツが和柄!着物リメイク!?すごーい!」
キャハハ、ウフフ、とお互いの着物を見ながらはしゃぎ合うこの時間が、とても楽しい。
私以外、平均年齢50代のこの集まりは、表千家の茶道教室である。
着物にハマっていた私は、どうにかして着物を堂々と着ていく場が欲しくて、ネットで色々検した。
そして、皆が着物でお茶を飲んでいる写真がSNSにアップされていたこの茶道教室に目をつけたのだ。
勿論、TシャツGパンで通っている人もいるが、三分の一くらいの生徒さんが、訪問着の着物で通っている。
私の通っている時間帯の授業は特に着物女子が多い。
お上品なおば様な池田さんも、オシャレおば様の川村さんも、器用でなんでもできるおば様の古川さんも、皆私の着物友達だ。
私は20代で、おば様達とは年も離れているが、とても話が合って楽しい。
スッと和室の
丁寧な所作で和室を歩き、掛け軸に丁寧にお辞儀をしてから私の隣に座る。
「ティアラちゃん、こんにちは」
私はドキドキしながら隣に座った彼女に声をかける。
「こんにちは。今日も皆さん素敵なお召し物ですね」
ニッコリと微笑む彼女に、私達は皆でうっとりしてしまう。
名前を聞いた時はあまりの漢字の厳さにびっくりしたけど、本人は、とても所作の柔らかで、優しい口調の大和撫子だった。色白でちょっと細目、黒髪ストレートなのが更に和美人を感じさせる。
――絶対に彼女、着物が似合うわ!
初めて彼女を見た時から、我々は皆そう思っていた。
「今日のお菓子も楽しみ。前に食べた落雁超美味しかったですね」
ティアラちゃんはそんな我々の想いもつゆ知らず、Tシャツとジーンズ生地のスカートで、ニコニコと微笑んでいた。
「ねえティアラちゃん、私、今日家に余ってた着物持ってきたんだけど、着てみない?」
大変!池田さんの先制攻撃だ。
私達は慌てる。
そう、私達は皆、ティアラちゃんに、自分が選んだ着物を着せたいという願望があったのだ。
ティアラちゃんは、浴衣はあるけど着物は着たことが無いのだという。
そうなると、皆、ティアラちゃんの初めてを奪いたくて必死だ。
「え?今ですか?」
「そう、ほら、まだ先生来ないし、女子しかいないから大丈夫よ。これね、とっても値打ちのある生地らしいの。ぜひティアラちゃんに着てもらいたくて」
いつも上品な池田さんが、ハアハアと興奮したようにティアラちゃんに詰め寄る。
「池田さん、そんないい生地の着物ならやめておいたほうがいいよ。ここは古い茶室だから、ささくれがちらほら出ている。着物敷持ってきてるのかい?」
川村さんが親切そうな顔をして言った。
「池田さんの持ってる着物は皆高級だからね。ホコリがついたり畳のささくれで傷がついたら大変だよ」
「えっ!そんなお高い物なんて、怖くて着れませんよ」
ティアラちゃんが恐縮する。
遠回しに断られて、池田さんはプクッと膨れた。
「それよりティアラちゃん、これ、どう思う?私最近買ったんだけどね。若い子なんか、こんな柄好きじゃないかい?ちょっと着てみたかったら来週持ってくるよ」
そう言って、今度は川村さんの攻撃だ。
川村さんはティアラちゃんに、Amaz◯nのページをみせているらしい。
「わ、わぁ。すごい……ドクロ……ですか?」
川村さんが見せたのは、真っ黒な着物で、まさかのドクロ柄だ。
「お、オシャレですね、川村さんにお似合いだと思いますが、私にはちょっと……」
ティアラちゃんが完全に引いている。
「川村さん、ティアラちゃんはそういうパンクなのは似合わないよ。まず、着物に慣れていかないとね」
古川さんがそう言いながら、大きなトートバッグから何やら取り出した。結構手の込んだロングスカートだ。
「ねえティアラちゃん、これ、私が今作ってる、着物をリメイクしたスカートなんだけどね。これは私のサイズで作ったんだけど、良かったらティアラちゃんのサイズも作ってあげようか」
はっ!今度は古川さんだ。古川さんの得意攻撃、着物リメイクだ!
「えっ!いいんですか!えー可愛い」
ああ!ティアラちゃんの反応が上々だ!
「いいよ。サイズ後で教えておくれ」
「ち、ちなみに古川さん、それってどれくらいで出来る?」
「あー、今週孫の世話で忙しくてね、まあ再来週には出来るかなぁ」
よし!よし!古川さんの言葉に、私は心の中でガッツポーズをする。
そうこうしていると、
お稽古が始まるので、私達は慌ててちゃんと姿勢を正す。
「ティアラちゃん、来週日曜日の約束、後でラインするね」
私はおば様方に聞こえないように、ティアラちゃんに囁いた。
ティアラちゃんはニッコリと頷いた。
来週の日曜日、私はティアラちゃんと一緒に、着物の即売会イベントに参加する約束をこっそりとしていたのだ。
若い子向けで、気楽に着物を楽しめるようにと、安い着物や中古の着物、洋服のように楽しめる着物などが出るイベントである。
私はティアラちゃんと二人きりで行くのを邪魔されないように、「こっそり着物買っちゃって、今度のお茶のお稽古、皆にびっくりさせようよ」と誘ったのだ。勿論、私が選んで私が買ってあげる予定だ。恐縮させないようにあまり高くないものを……。
ふふ、ティアラちゃんの初めては私が貰うのだ。
楽しみすぎて、ぐへっと顔がニヤついてしまう。
「あら、花田さん、大丈夫ですか?ストッキングの膝が破れているようですが……」
ふと、先生がティアラちゃんに問いかけた。
ティアラちゃんは真っ赤になった。
「あー、さっき躙口のあたりでビリってなった気がしてて」
「あらぁ。ここ、古いので、畳にささくれが目立ってまして。来週には畳を張替えする予定なのですが。ごめんなさいね」
先生は申し訳なさそうに、ティアラちゃんにひざ掛けを差し出す。
ティアラちゃんは素直にそれを受け取った。
お稽古はつつがなく進んだが、終わる頃にはティアラちゃんのストッキングの伝線は更に進んでいた。
「これ、いっそ脱いで帰ったほうがいいかも」
私はそう言うと、ティアラちゃんも、「そうですね」と困った顔で言った。
「花田さん、お詫びにこれ着ていって」
そう言って、先生は和室を出て、何やら布を持ってきた。
ま、まさか!
「これ、簡単に着れるセパレートタイプの着物なの。これから足を隠せるからどうぞ。洗濯機で洗えるから、汚しちゃっても気にならないから気楽に着て帰ってちょうだい」
「あ、ありがとうございます!」
ティアラちゃんはあっさりと受け取った。
そ、そんな!
「あ、わ、私の持って来た着物着てもいいのよ!」
池田さんが言うが、ティアラちゃんは、「高級なのは汚したら申し訳ないので」とニッコリと断った。
「わ、私が持ってきたスカートもあるわよ」
古川さんも言うが、「あんたのサイズじゃ、ティアラちゃんガバガバでしょ」と川村さんに一蹴された。
そうこうしているうちに、ティアラちゃんは、先生から借りたセパレートタイプの着物をさっさと着てしまった。
ああ……。
ティアラちゃんの初めて……そんな適当になるなんて……。くそ!畳のささくれめ!お前のせいで、お前のせいで……!
でも……。でも……
「ティアラちゃん、やっぱり着物似合うわあ」
私達は声を揃えて言った。
うっとりしている私達の横で、先生がニヤリと笑ったのには誰も気づかなかった。
END
きっと彼女は着物が似合う りりぃこ @ririiko
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