モバイルバッテリー・シリアルキラー

 お待たせしてすみません。道がよくわかってなくて。良い雰囲気のカフェですね。

 はい、よろしくお願いします。匿名で内容もフェイクを入れてくれるなら構いませんよ。

 でも、こんなのが怪談になりますかね?


 メールで送ったとおり、私は神様から「無限モバイルバッテリー」をさずかりました。


 発端は、推しの舞台のチケットが当たったことですね。

 倍率的に当選しないと思っていましたから、それはもう嬉しくて。仕事の帰りに○○神社──うちの近所にある古い神社ですね、そこにお賽銭をして祈ったんですよ。「どうか無事に観劇できますように」って。ほら、風邪でもひいたら行けないでしょう?


 おかげさまで、体調を崩すこともなく公演日を迎えました。

 私は意気揚々と新幹線に乗り込んで、ビジネスホテルにチェックインも済ませました。夕日を眺めながら電車で劇場に向かう途中、スマホの充電が残り少ないことに気付いたんです。モバイルバッテリーがキャリーに入れっぱなしなことも思い出しました。そのキャリーはホテルに置いてきている。

 あーあ……と思いましたが、その時点ではそんなに焦っていませんでした。観劇中はどうせスマホを使わないし、ホテルまでの道もわかるので、最悪スマホの充電が切れても問題ないと。

 余裕ぶって待機列に並んだわけですが、カバンからチケットを出そうとして自分が思い違いをしていることに気付きました。いつも紙チケットなので今回もそうだと思い込んでましたが、その公演は電子チケットのみなんです。数日前に自分でオンライン発行したくせに、すっかり忘れていました。

 私は慌ててスマホを操作して、マイページにアクセスしました。チケット画面を出すことはできましたが、問題は電池残量です。残り一パーセントでした。前方の受付を見ると、人が詰まっていてまだ時間がかかりそうです。ドッと嫌な汗がでました。

 いや、でも、もしかしたらモバイルバッテリーをキャリーからカバンに入れ替えたかも。祈る思いでカバンに手を突っ込みました。

 すると……あったんです。モバイルバッテリーが。

 けれどそれは私が買ったものではなく、見知らぬデザインのものでした。覚えのないモバイルバッテリーに戸惑いましたが、それどころじゃありません。私はそれから伸びるケーブルをスマホに差し込みました。

 画面右上の真っ赤なバッテリーアイコンが充電モードに切り替わった安心感といったら……。

 私は無事に入場し、最高の舞台を見て帰ることができました。


 どうか無事に観劇できますように──私の願いを聞き入れた神様が用意してくれたんだと思います。


 そのモバイルバッテリーは今もあります。大事に使ってますよ。

 なんと本体の充電が不要なんです。スマホやタブレットにどれだけ使っても、本体のバッテリー残量が減らない。つまり、無限モバイルバッテリーなんですね。

 本体にランプが五つあるんですけど、いつでも緑のランプがフルで灯っています。普通だと、使うほどランプが消えていくものなのに。


 しかも、スマホやタブレット以外にも使えるんですよ! すごいですよね。

 本体とケーブルが一体型なんですが、ケーブルの先っちょ、つまり端子ですね、この端子が充電したいモノに合わせて自在に形状が変わるんです。マイクロBにも、タイプCにも、ライトニングにも。

 しかもしかも、端子が合ってても互換性はあるのか? みたいなやつも充電できちゃうんです。たとえば、スマホ用のモバイルバッテリーって携帯扇風機ハンディファンの充電には使えないじゃないですか。端子が合ってても認識しないのが普通なんです。でも、神様印のモバイルバッテリーならできちゃうんですよ。

 なんなら、コンセントから抜いたノートパソコンも電子レンジも動きました。科学の外見に神通力のエネルギーが宿ってるんだなって、確信しましたね。


 というのが、あなたが聞きたがったお話です。

 どうです? ぜんぜん怖くないでしょ。あはは。



 そのモバイルバッテリーはどこにあるのかって?

 カバンの中にありますよ。見たいですか? 私の宝物ですから、撮影しないなら良いですよ。

 ──これです。


 このバッテリーから伸びるケーブルは今どこに刺さってるのか?

 それ、聞いちゃいます? ここから先は記事にしないと約束してもらえるなら、お話ししますよ。ある意味、こっちのほうが怪談話にふさわしいかもしれませんね。

 聞きますか? はい、はい、良いですよ。話しましょう。


 この神様印のモバイルバッテリーは、今もあるものを充電し続けています。


 本体から伸びるケーブルをたどると……ほら、私の腕に。


 この点滴チューブ、モバイルバッテリーに繋がってるんです。おもしろいでしょ?


 これがにも使えるというのは、早い段階から気付いていました。

 生き物に近づけると、端子が注射針の形になる時点でね。


 電子レンジまで動かせる型破りなモバイルバッテリーなんて、どこまでできるか試してみたくなるじゃないですか。

 初っ端から自分に使う勇気はありませんでしたから、飼っていたハムスターのお尻に刺しました。

 ハムスターの寿命は二、三年です。そのとき飼っていた子は既に二歳は超えてました。普段からじっとしていることが多くて、明らかに寿命の近いおじいちゃんハムです。でも、充電状態にしたらそれから二年も生きました。しかも、最後まで元気に走り回って。ご飯ももりもり食べて。

 ある日、元気すぎてケーブルを噛みちぎっちゃったんですよね。途端に死んでしまったんです。充電との関連を感じざるを得ませんでしたね。


 断線した充電ケーブルは翌日になったらなんと直ってました。

 ハムスターに使い終わってしばらくは、スマホの充電にしか使ってませんでした。生き物に使えるとわかったところで、自分に使う理由がその時点では無いですからね。健康そのものでしたし。


 でもある日、うっかり食べちゃったんですよね。カニ。

 私、甲殻類アレルギーなんです。

 仕事の帰りに処分価格になってたレトルト食品を買ったんですよ。帰宅して、それを一人で食べてたら「あれ? なんか変だぞ?」ってなって……。

 いやー、まさかカニが入ってるとはね、思わなくて。これは私が悪いんです、先入観で大丈夫だと思って、パッケージの裏を読んでなかったから。

 アレルギーだこれ、やっちまったなって、気付いたころにはもう呼吸できなくなってて、助けを呼ぶ声も出せなくて「死んだわ」って思いました。

 で、机の上でスマホを充電してるモバイルバッテリーのことを思い出したんです。

 無我夢中でスマホから引っこ抜いたケーブルをね、自分の腕にさしました。

 するとどうでしょう。みるみる身体の異常が治っていく。息ができるようになって、私はボロボロ泣きました。怖かったぁ……って。


 というわけで、その日から私はバッテリー点滴と共に生きています。カバンで持ち歩けないときは、袖の中を通してブラジャーの中に入れてます。うふふ。


 それ以降、どうなるかわからないからケーブルを抜けないんです。ハムスターは途端に死んでしまいましたし。


 不安ばっかりですよ。このバッテリーが本当に無限なのかもわからないし。

 そもそも、このチートエネルギーはどこからきてるんでしょうね。神様から供給され続けてるとして、これが無償なんてことあると思います?



 ……実はね、腕にバッテリーをさした日から、おかしなことが起きるようになったんです。



 地元で特定の人とすれ違うと、ビビーンってなることがあるんです。脳が何かを受信したみたいに、その人のことが一瞬でわかっちゃう。


 わかっちゃうっていうのは、名前とか、生い立ちとか、その人がどんな悩みを抱えていて、、です。


 そうなんですよ。○○神社印のモバイルバッテリーと繋がっていると、出会った人間が○○神社の参拝者だとわかるときがあるんです。

 そして、神様にどんな願掛けをしたのかとか、いろんな情報が頭に流れ込んでくる。


 知ってしまうだけで、だからどうとかの指示はないです。だから、私はひたすら戸惑いました。人間にバッテリーをさしたエラーなのか、神様なりの意図があるのか、考え続けましたよ。

 人のプライバシーを覗いてしまう申し訳なさもありましたからね。


 後から知ったんですが、あの神社は縁切りの神様として有名なんだそうです。

 だからなんですね。私が覗き見てしまう参拝者たちの願いはみんな、でした。

 どれもが同情するほど気の毒な内容です。会社でのハラスメント、交際相手からの暴力、家族間の問題、いじめ、犯罪に巻き込まれた人……。

 その人たちがどんな人間で、誰に何をされて、どう耐え忍んでいるか、私は知りました。


 あの神社の近くに住んでますから、事情がある参拝者とはしばしばすれ違います。そういうを何度もしていると、やっぱりこれは何かのエラーではなく、意味があるんじゃないかと思いました。

 しかも私は今、無限モバイルバッテリーでどんな怪我もすぐに治るし、普通の人間よりも肉体のパフォーマンスが上がってるんです。あ、言ってませんでしたっけ。今の私、ジャンプで二階建ての家の屋根までいけるんですよ。鈍器で頭を殴られても死にません。ギャグでしょう? あっはっは。


 だから、私はやりました。

 縁切りのお手伝いをね。


 神使しんしって知ってますか? 神様の意志を伝えたり、代行をする動物のことだそうですよ。

 私は、このモバイルバッテリーと接続されたことであの神社の拡張デバイスになったんだと思います。

 だから無償で命をチャージしてもらえている。


 神様はちゃんと適性を見て、私にこれを与えたんだって、今ならわかりますよ。

 人の役に立てるなら、肉体労働も悪い気はしません。結構、楽しいですし。計画を練って、実行して。悪い人間が怯えた顔で最期に私の顔を見るんです。うふふ。

 祈った人は何が起きたかなんて知りません。ただ、願いが叶ったことだけはわかる。○○神社にお礼参りに行く。その人もにっこり、神様もにっこり。ハッピーエンドですね。


 モバイルバッテリーと繋がってから三年ほど経ちました。沢山の人にいなくなってもらいましたね。

 強化された肉体もあるし、神様の後押しもありますから、ヒヤリとすることはあっても失敗知らずですよ。


 縁切りの難しさもピンキリとはいえ、どうして神様だけで解決できないんだろう? 私が代行する理由ってなんだろう? と、初めは不思議に思っていましたが、やるうちになんとなくわかってきました。縁切り対象の人間も○○神社の参拝者だったりするんです。つまり、神様からしたらその悪い人間も一応は守護してあげたい人間なんですね。

 だから私に情報だけ与えて、最後の判断は任せてるんだと思います。神頼みならぬ人間頼みですね。



 ……あー、その顔。注射針だって、モバイルバッテリーだって、その辺で用意した小道具かも、って顔してますね。私のこと、危険な妄想に取り憑かれた女だと疑ってるでしょう。

 あは。どう思っていただいても構いませんよ。


 なんにせよ、私の町では人の恨みを買わないようにすることです。

 約束もしてないのに私と会うときがあったなら、つまりそういうことですから。

 今話した内容も、他言無用ですからね?

 そのときは、死体も見つからないですよ。

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今日も誰かが生きている もぐもぐしてるよ @mgmgshiteruyo

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