幽霊画の体臭
こちらが噂の絵です。とある画家の遺作で、いわゆる幽霊画ですね。と言っても近年のものですから、掛け軸ではなくキャンバスで描かれたものですが……。ええ、額縁も画家本人があつらえたそうですよ。
これを見にウチまで来るなんて、あなたも変わり者ですね。
相談したのはそっちじゃないかって? いやまあだって、「幽霊画の体臭がキツくてしんどい」という愚痴を信じてくれるとは思わないじゃないですか。
でも、来たからにはわかってくれますよね? そう! そうなんですよ。鼻にクるんです。このにおい、明らかに絵からで。
部屋の温度や湿度が上がるとさらにキツくなるので、幽霊の体臭で間違いないです。
画材のにおい? 違うんですよ。この画家の作品は他にも所有してるんですが、くさいのはこれだけなんです。
この絵に触ると不幸に見舞われるといういわくまであって。
実際、悪臭を相談して呼んだ業者はこの絵に触ろうとした途端、謎の発作を起こして亡くなってしまいました。以降、誰にも絵に触らせていません。
ただの絵が、異臭だけでなく不吉まで振りまくなんて恐ろしいことです。呪われた絵なんですよ。
絵の幽霊の足元を見てください。白骨化した死体が描かれてますよね。家族の中には、この死体のにおいだと言う者もいます。
でも、骨になっているんだから腐る肉もない。つじつまが合いませんよね。
そもそも、腐った肉のにおいとは違う気がしませんか?
じっくり嗅ぎたくないですけど、これ、卵が腐ったみたいなにおいですよね。
私はね、さっきも言いましたけど、幽霊の体臭だと思うんですよ。このにおい、知ってます。ワキガです。この幽霊は死してなお汗腺がバグってるんです。どうにかしてもらわないと私たちこの部屋を使えないですよ。換気するためにしか来てないです最近。
……絵の中にワキガ治療が得意な医者を描く? 一休さんじゃないんだから。
この絵はどういう絵なのかって? あんまり知りません。私は相続しただけで、購入したのは父ですし。
幽霊と白骨はそれぞれ違う人物だ、ということは聞かされました。白骨死体が作者本人で、幽霊にも実在のモデルがいるらしいですよ。どんな関係なんでしょうねぇ。
作者は生前、いつも何か思い詰めていたと聞きます。まさかワキガに悩んでいてその想いを絵に込めたなんてことないですよね?
それともまさか、ワキガがすごい幽霊に恋をして、そのにおいに当てられてついに死んでしまった絵だったりします? この骨、幽霊に向かって手を伸ばしてるし……。
絵のタイトルは『果て』です。
ワキガとは限らない? 性別がわからないからすそワキガの可能性もあるってことですか? 違う? ワキガから離れろ?
となると幽霊として描かれて一度もお風呂入ってないせいで体臭がキツいってこと?
絵を洗ってやるわけにもいかないし、どうしたら……。
絵の中にシャワーを描いてあげる? さっきから、一休さん方式への厚い信頼なんなんですか?
祟られるのが怖くて破棄できないのに、上から絵を描くなんて度胸が私にあると思います? ……譲ってくれればこっちでやる? いいんですか? じゃあどうぞ。医者でもシャワーでもなんでも書き足してください。
そういえば、絵の幽霊が他人なら、白骨化した死体の霊はどこに行ったんでしょうね。描かれていないのはあえてなんでしょうか。死んだら霊になるとは限らないですもんね。絵の幽霊を置いて成仏したって解釈なんでしょうかね。
私、この霊が悲しそうな顔をしてるのがなんだか不思議な感じがして、見ていると怖いというより……切ない気持ちになります。作者の霊と一緒に居ないからさみしいのかな、って。ポーズもこう、幽霊によくある「うらめしや」な感じじゃないじゃないですか。この幽霊、右手で上を指さして、左手で下を指してますよね?
えっ!? ちょっと!? おさわり禁止って言いましたよね!? 絵を壁から外して、何してるんですか!? 本当に医者を描くつもりですか!?
額縁の裏? 壁を見たい? 壁からにおってる可能性はないのかって?
……壁もくさい? においの元かも?
壁になにかいるんじゃないか、って?
まさか壁に死体が埋まってるとでも言うんですか?
こ、怖いこと言わないでください。ありえないですよ。反対側は廊下なんです、こんな薄い壁に細工できるわけない。そもそも、腐臭とは違うって最初に話してたじゃないですか。絶対に勘違いです。
じゃあなんで壁もくさいんだって? 知りませんよ。やっぱり絵がくさくて、においが壁に移っちゃったんじゃないですか?
壁に移るほどなら、裏もくさいんじゃないかって? さあ……そこまでは確認してない……うわっ、すごい顔。大丈夫ですか?
え、表より裏のほうがくさい……ですか?
それってつまり、どういうこと?
額縁から絵を外したことはあるか? 無いですね。触るのが怖くて。
額縁、取るんですか? あなたに差し上げた絵ですから、構いませんけど……。
うッ!? 裏板を外したら、もっとにおいが強烈に……! すみません、私、離れます。これ以上は近寄れない……。
作品の裏側に何か描いてある? なんですか、腐った卵か大量のピータンでも描いてありましたか? それとも、硫黄の温泉街とか?
え? なんです? なにが描いてあるんですか?
作品の裏側全体に、立派な風景画?
見ないほうがいい? な、なんですか……今更……。
絵、また額縁にしまうんですか?
わかった……って、このにおいの理由、わかったんですか? 何に納得してるんです?
温泉街って予想は近からず遠からず? じゃあこのにおいは硫黄なんですね?
過去に本で読んだことがある? 何を思い出したんですか? 「地獄は硫黄のにおいがする」? ……地獄の絵が描いてあったってことですか? これは地獄のにおいってこと?
あ……、はい。作者は過去に、親しい人を失って、それから絵を描きはじめたと聞いています。親しい人はどうやって死んだかって? いえ、死んだわけじゃないそうですよ。というより、生きてるか死んでるか今もわからないそうです。失踪したそうですから。
作者の死に方? 自宅で亡くなられたとしか……。自分から死を選んだわけでも、殺されたわけでも無いそうですよ。突然死ではあったようですが。
作者は白髪の痩せた初老くらいの男かって? 右目の下に泣きぼくろがあるかどうか? 確か……そうだったと思います。……なんで知ってるんですか? どうしていま確認したんです?
なんで……、いえ、私はもう、その絵とさえおさらばできれば、それでいいです。どんな地獄の絵だったのか聞きません。
でも、においの理由はわかっても、取り除き方はわからないままですよね? その絵をあなたが持って帰って、どうするんですか?
……触ると不幸があるって説明したのに、どうしてケロッとしていられるんですか?
強力な味方が家にいる。はぁ、そうなんですね。
絵は最悪、カードショップに寄付する? 木を隠すなら森の中? それ、怒られますよ。
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