知らないほうが良いこともあるだろう?
いいですね、禁止事項はお伝えしたとおりです。くれぐれも本当のことは言ってはいけません。あちらにいらっしゃるのはベリーキュートなネコです。それ以上でもそれ以下でもありません。はいどうぞ、ねこじゃらし。
では、扉を開けますよ。俺はすぐに出ていきますから、あなたも気が済んだら退室してください。
……一体、どんな方法をとったんですか? 無関係の一般人がここの見学を許されるなんて……。すごく運が良かった? もうちょっとマシな嘘ついてくださいよ。
本当にわかってますか? 変なことしないでくださいね。あれは自分をかわいいネコだと思い込んでいます。快適な部屋で、人間から無条件に愛され、おいしいものを食べ、好きなだけ寝る。あれに幸せな夢を見ていてもらうことがこの施設の目的です。人類の政治的・技術的な準備が整うまでね。
絶対に真実を悟らせてはいけません。
自分が地球上のどの生物とも違う、唯一の存在だと気付いたときの反動が未知数ですから。刺激しないほうが良いという国の判断です。
初めてあれと対峙した人間──今も飼育係として施設にいますけど──ド近眼で筋金入りの心優しいバカ。おっと、悪口言ったのは内緒ですよ。化け物を捨てネコと勘違いして、大切に保護して絆を結ぶなんて、冗談みたいなファインプレーじゃないですか。「バカ」としか形容できないじゃないですよ。一応、尊敬はしてますけどね。
あの化け物、知性が低くネコとして飼い慣らされてしまったのか、それとも記憶障害でもあるのか、それすらもわかりませんが、現状の最善手は「余計なことをしない」です。
人類としても、あれとしても、今が平和ならば知らないほうが良いこともあるでしょう?
それに……あれをおかしくしてしまうと、奇跡のバカが悲しみますんでね。
ん? 部屋の中に他の職員がいますね。まったく……。最近、ネコを本気でかわいがって休憩時間に遊びに来る職員がちらほらいるんですよ。ことの重大さがわかっているのかいないのか……。
まあ、あなたが入室すれば出ていくでしょう。
ドアロックの解除は音声認識です。あなたの声もゲストとして登録されてますよ。ここのボタンを押しながらこう言ってください。
ネコと和解せよ。
はい。では、俺は控え室にいますので。
■ ■ ■
にゃ〜ん♡ んにゃ♡ んにゃにゃ〜ん♡
にゃおにゃ〜♡
……おや? おまえは私をモフらないのかね。よいよい、その顔を見ればわかる。無理して私をネコ扱いしなくてもよい。どう見てもネコではないだろう私。自分でも思うからな。
でも良いのか? 人間たちは私をネコ扱いすることで秩序を守っているのだろう? ──おいおい、いまさら慌てるな。考えなしで顔に感情を出していたのか。バカだなあ。
なに? 他の人間が来たときだけ私をネコ扱いする? ははは、めちゃくちゃだな。
確かにもう、おまえは私がごまかされていないことを理解してしまっている。おまえが嘘をつくべき相手は、私がまだ人間の思い通りになっていると信じている人間だものな。多少は賢いじゃないか。
んにゃんお〜♡ にゃお〜♡
にゃああ〜ん♡
……行ったか? よし。
おまえ、なかなかやるな。良いねこじゃらしさばきだ。
おまえたち人間は一生懸命で愛おしいな。自分だけでなく、大して結びつきのない他人の心中まで思いやり、時に善意の嘘をつく。
あれだろう? 私という得体の知れない存在との接触を世に明かせば、多くの混乱が生じてしまう。人間の普遍的な幸福がおびやかされることをおまえたちは恐れているのだ。
仲間の日常を守るために、一部の人間だけで私を管理しようとする必死さに胸を打たれたよ。
だから私も、おまえたちのやり方を尊重しよう。
本来の私の目的はね、近いうちに訪れるこの星の終わりを告げることだ。けれどそう……おまえたちの言葉で言うなら、「知らないほうが良いこともある」だろう?
ああ、おまえが望むなら、部屋を出るときにここ十分ほどの記憶を消してやるぞ。構わん、構わん、それを選ぶのはおまえだけじゃない。人間はどれでも臆病で思慮深く、かわいいものよな。ははは。
にゃ〜ん♡
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