【KAC20244】しなやかな中毒性

あばら🦴

しなやかな中毒性

 動物園で飼育員として働く田村がスタッフルームにいる時、疲れきった様子の同僚の原口が部屋に入ってきた。


「お疲れ様。そっち大変そうだね」

「大変なんてもんじゃないよ、全く……」


 原口は崩れるようにパイプ椅子に座った


「どうしたどうした? いつになくやつれてるな、原口」

「それがさぁ……経費の見直しで餌をいろいろ変えたろ?」

「そうだったな。値上げの波だね」

「新しい食べてくれない動物がほんとキツくてなぁ。話しても分かってくれるわけじゃないし。いや餌の対策とか経営は俺には関係ないんだけどな。ただ、食べなかった餌を運ばされるのは俺なんだぜ? 腕が痛えよ」

「ははは。早く慣れてくれるといいな」

「他人事か〜? 田村はいいよな、餌変わっても関係ないところばっか担当でよ」

「おいおい、ただの運だろ? 僕がそっち側だったかもしれないんだ」


 原口は不承不承そうに「はいはい。その通りですね」と言った。

 田村は話を続ける。


「それで、特に手こずった子って誰だった?」

「特に? リンリンだよ、リンリン。前の餌が良かったみたいでな。新しいのに全く手を付けないんだ」

「なるほどなぁ。あの子わがままだからね」

「昨日まで一日中餌食べてたのにな。ジャンキーかと思ったら意外とソムリエだったのかよ」

「まぁまぁ。うちの動物園の目玉にそんなこと言わないの」

「そうは言ってもな。あの子、いつもどんなこと考えてるんだろうな。中毒みたいに餌食べてて……」



 その頃、噂のパンダのリンリンは、前よりも品質が落ちた笹に囲まれながら悶えていた。


(笹を……! いつもの笹をくれぇ! 笹をくれ! 笹くれ! ささくれ! ささくれ! ささをくれぇ……!)


 しばらくすると、リンリンの檻に休憩を終えた原口がやってきた。

 彼は台車で笹を運んできていた。


「ほらよ、リンリン。いつものやつだぞ」


 リンリンは原口が持ってきた笹を見ると目を輝かせ、そしていつも通り愛くるしく笹をバクバクと食べ始める。

 原口が話しかけた。


「お前はうちのエースだからな。園長がしぶしぶ良いって言ったんだぜ。ちゃんと味わって食えよ」


 園長が餌を据え置きに決定するほどリンリンは園にとって貴重な存在だった。この佐々暮動物園の一日の来場者数は一万人ほど。そのうちリンリン目当ての客は、3390人だった。






【あとがき】

 ひらがなだったのが悪いのです。

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