お嬢さんに思えてしまうこの子

「ご飯できたよー」

「おー、サンキュ」


 ずっと病気をしてた妻は、娘が中学二年になる頃、逝ってしまった。

 なんとかこれまで通りをと思って、台所に立ってみても、調味料の位置や調理器具の場所は娘がよく知っていて、味は薄くても見栄えは完璧だった。


 いつかいなくなるのを考えてか、妻は私にノートを預けた。

 勉強の為に読んでおいてもいいけど、ちゃんと渡してあげてね、そう強く言っていた。

 だんだんと大人へなっていくことについて、身体や気持ちのこと。相手を好きになること。

 半分ほど読んで、ノートを閉じた。


 知った上で、私が出来ること。妻がいると錯覚するほどに台所に立つ頻度が増えて、料理が上手くなっていく娘。

 娘が要求してくることには、ただその通りにした。

 突っ込んで欲しくないこともあるだろうから、困らないように小遣いを多めに渡した。それを続けていたら、怒られた。

 料理をするのに必要な金額を言ってきたから、ざっくりと計算して渡した。返ってきたお釣りを小遣いにしたらいいと言ったら、じゃあそうすると声がした。


 ふと見た、娘の指先には、絆創膏が目立った。


 高いのを買ったら怒るだろうなぁ。けど、安いのを買って悪化しても困る。娘がいつも座るところへハンドクリームを置いた。


「えー何これ、結構考えたでしょ。あ、ネットで調べたらすぐに出てくるか」

「美味いものを食べさせてもらってるからな」


 少し期待した、ありがとうは無かったけど、聞いても変な反応をしてしまいそうだから、機嫌の良い顔が見られれば充分だ。


「ノートに書かれてあったけど、やっぱ言うね。買ってきてくれてありがと」

「何が書いてあったんだ?」

「お礼を言うのが恥ずかしいときは、機嫌良くいたら、お父さんも嬉しいんだって」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KAC20244 ささくれ 戌井てと @te4-3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ