ささくれバイオレンス

ムタムッタ

VS ささくれ(n回目3か月ぶり)


 3月。

 寒暖の差こそあるものの、そろそろ春が来てくれることを期待する今日この頃。いつもの電車での帰り道、運良く座れてスマホを構えようとした時に、指に違和感を覚える。


「あ……」


 右手中指の爪、その左側。

 乾燥した皮膚が何かに引っかかったのか、会いたくない奴を視界に入れてしまった。


 である。


 n回目、3か月ぶりのご対面だ。

 しかも知らぬ間に成長したのだろう、やや向けた白い皮膚はほどよく指で掴めそうな長さ。


「……」


 迷う。

 指のささくれ……縦に引き裂く? 横に剝き取る?

 君はどっち派?


 アホか……どっちにもやろうとするんじゃない。こういうのは爪切りでしっかり根本から切り取るんだよ。トーシローのスキルでささくれをスパッと倒せるわけがない。


「…………」


 瞳孔はスマホではなく、ささくれを映す。魅力的ではない、むしろ見たくもない相手だ。彼女はできないのにささくれは頻繁にできる。嬉しくもない。


「………………」


 いや、わかるよ。

 これを今ザラッザラの乾燥した手で引っ張ろうものなら皮膚は深く抉れて鮮血が滲み出る。そんなこたぁ分かってる。


「……………………」


 スマホをポケットに入れ、左手でささくれを弾く。硬い先端はデコピンにひるむことなく立派にそびえる。

 いやぁ……家まであとちょっとなんだから我慢するべきだと思うなぁ。仮にうまくできてもしょーもないことは分かってるんだ。


「…………………………」


 少し、引っ張る。

 爪の側面から根本へ向けて刺激され、痛覚が反応し思わず手を放す。

 どうしてこう……ささくれって痛いんでしょう? 一度気にし始めると終わらない。ささくれこいつが俺から切り離されるか、自宅に戻って安全に切除するまで、脳内は「ささくれ」で満たされる。


 明日の休みに何をしようとか、今日の晩飯を何にしようとか、そんなことを忘れるほどに意識の割合を占められてしまうのだ。


「………………………………」


 こうなったら奴の思う壺。

 もう思考はささくれのことでいっぱいになる。


「……………………………………」


 以前とは違う、今日はなんだかイケそうな気がする。

 どうせ明日は休みだし、万が一失敗しても問題はない。だったらここでうまく引き裂いて、家でケアした方が時間も無駄にならないのでは?


「……………………………………………」


 幾度となく失敗を重ね、今日まで生きていた。

 目の前のささくれを倒さずして、家に帰れるはずもない。ここで障害をぶち壊して、気分よく家に帰ろう。どうせこのままだとずっと気になるし。


 左手の親指と人差し指に全神経を集中し、右手に存在する敵を捉える。


「ふぅ…………ハッ!」


 プチン、と鈍い音と共に手ごたえ。

 見たくはないが、勝敗を確認する。


 ……まぁ、例の如く赤く滲んでいるんだけども。

 こうして、休日の間はささくれ痕の痛みにストレスを感じつつ、次に来るであろう再戦を待つのであった……

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