竜の眠る砂漠

いずも

冒険の始まり

「なぁオッチャン、この石なんてどうだ。東の岩場で拾ったんだ」

 バンダナを巻いた少年が指先大の黒光りする小石を見せる。

「うーん……なんだかよくわからんな。状態も良くないし加工するにしちゃ脆すぎる。これならせいぜい干し芋一袋ってとこかな」

「えーっ、そこの水が入ったひょうたんをおくれよー」

「馬鹿言うな。砂漠の国じゃ水は貴重なんだ、そう簡単にやるもんか。もっと珍しいもんを持ってきてから言うんだな」


「はぁー、このままじゃ喉がカラカラで死んじまうよ……」

「ようキッド、その様子じゃ大したお宝は見つからなかったみたいだな」

 顔は幼いが体格だけなら大人に負けないくらい大きくふくよかな少年がバンダナの少年――キッドに話しかける。

「ハルクー、助けてくれ。この石なんてどうだ、お前の親父さんなら加工素材として欲しがるんじゃないか!」

「んんー……ふむ、見習い鍛冶師の俺の見立てによると、……わからん。まぁ、見たこと無いし、何かに使えるかもしれないからもらってやってもいいぜ」

「よしっ、じゃあ」

「代わりにこれやるよ。オアシスの近くで取れたヤシの実だ。水分補給にはなるだろ」

「さっすがぁ。持つべきものは親友だな」

「でもなぁキッド。そろそろ探検家ごっこはやめといた方が良いかもだぜ。見渡す限り砂漠の世界で砂に埋れた古代の遺物を発掘するのは楽しいけれど、この周辺はあらたか調べ尽くしただろ。だからお前の父親ももっとすごいお宝を求めて遠くに出かけていったわけだし、子供のやることには限界があるぜ」

 ハルクの小言にキッドは目を細める。

「なんだよー昔は一緒になってあちこち探検してたのに。最近は付き合い悪いぞ」

「父さんが跡を継がせようと本格的に鍛冶師の仕事を教えてくれるもんだからさ、悪い。ああでも、行きたくないわけじゃないんだ。たまの息抜きくらいなら、明日は休みだし付き合ってもいいぜ」

「本当か!」

「ああ、でもどうせ行くんなら空振りは嫌だし……そうだ、ウィルに聞いてみろよ。あいつ最近は店番もせずに新しく届いた本を読み耽ってるらしいし、新しい発掘場の情報でも手に入ったかもしれないぞ」

「へぇ、じゃあ行ってみるか」


 キッドが向かったのは情報屋――主として書物を取り扱う場所で、村の外れにひっそりと佇む。

「おーい、ウィルー」

 返事がない。カウンターには誰もおらず、店の奥は居住スペースになっているがそこにも人がいる様子はない。

「あいつ地下の書庫にいるんだな」


「おい」

「わぁ! びっくりした」

 おかっぱでメガネを掛けた気弱そうな少年が書棚の前でじっと本を読んでいた。

「ウィル、新しい発掘場の情報なんて無いか。明日ハルクと探検に行きたいんだ」

「いきなりだね。そうだな……西の杭が打ち込まれているさらにその先に森があったんだ。今では枯れ木が残っているだけの場所だけど」

「へー……って、西の杭の向こうは行っちゃいけないって言われてたじゃんか。なんでそんなこと知ってるんだ?」

「僕はこの国の歴史や風習に関する本を読むのが好きなんだけど、そこに載ってた。それで、ここからがびっくりしたんだけど」

「ふんふん」

「なんでもその森はかつては子どもたちの遊び場であり、探検家を目指すものはそこで何らかのお宝を見つけるのが習わしだったんだって。けど、いつしか不気味な声がするようになって近づかなくなったらしいよ」

「西の森かぁ。確かにそこならお宝があるかも」

「でも、枯れ木になっているとはいえ森がこの近くにあっただなんて信じられないけどなぁ。オアシスだって日が昇る頃に出発して日が沈む前に到着できるかどうかってくらい距離があるみたいだし」

「ウィルは信じてないのか?」

「いくら本に載っていることとはいえ、本当かどうか怪しいなぁって」

「じゃあ、確かめてみよう」

「えっ」

「ウィルも一緒に明日の探検に行こうぜ。ハルクに伝えてくる!」

 キッドはすぐさま地下書庫の階段を駆け上る。

「ちょっ、ええっー……」



 翌日。

「よし、西の杭に到着っと」

「だ、大丈夫? 本当にこの先に行くの?」

「おいおい何今更怖気づいてるんだ。森があるか確かめたいって言い出したのはお前なんだろ」

「ち、違うよ!?」

 ハルクの言葉に涙目でウィルが答える。

 どうやらキッドには曲解して伝わっているのだとウィルは気付くが、ここで引き返すと二人が戻ってこられなくなるのでこのまま進むよりほかない。なにもない砂漠で方角の目印となるのは太陽や打ち込まれた杭などで、普段行き慣れない場所を移動する際には少しの判断ミスで方位を誤ってしまうことを彼は知っている。

「んんー……枯れ木ってあれかな。山みたいに少し盛り上がってる場所があって、黒い点みたいなものが見える」

 望遠レンズのようなものを覗き込みながらキッドが言う。


「森……?」

「かつて森だった場所、かぁ……」

 太陽光など何一つ遮らないほどのやせ細った植物片が砂に埋もれた空間がそこにはあった。鋭く尖った先端は指先で触れれば乾いた音を立てて折れてしまうほど脆い。


「ところでこれ、なんだ?」

 樹木とは違う、長方形の石のような物体がいくつも転がっていた。

「軽い、けど丈夫だな」

 黒光りして重たそうな見た目に反して子供でも持ち上げられるほど軽かった。しかし大きさは彼らの体ほど大きく、一枚を抱きかかえるようにして持つのがやっとだ。片側だけ弧を描くように中心部は膨れ上がっていて、二枚貝のように平らな面を向き合わせればなんとか二つ持てる。

「お宝、にしちゃあそこらじゅうに落ちてるしなぁ。ここにあった木の樹液が固まったものだったりするのか」

「俺の見立てじゃ頑丈そうではあるが、加工するのに骨が折れそうな見た目ではあるな」

 ハルクが地面に突き刺さったそれを叩いていると、唸り声のような風が吹き抜ける。

『…………』

「ん、キッド何か言ったか」

「いや、何も。ウィルじゃないのか」

「ぼ、僕は何も言ってないよ。でも確かに今、風に混じって低い音っていうか、声が聞こえたような……」

『……か……そこに……誰か、居るのか……』

「うわぁっ!」

 足元がぐらつきながら、どこからともなく声がする。まるで遠くから語りかけているような声だった。

「な、なんだ!」

「ね、ねぇ、これ、もしかして、お墓、とかじゃないよね……?」

「うげっ、もしかして死者を怒らせちまった的なやつか」

 ハルクとウィルは急いでその場から逃げ出す。

「お、おいっキッド!」

 一人だけその場に留まり周囲を冷静に見回していた。

「これ、どこかで見たことがあるんだよな。昔親父が持ち帰ったお宝の中にあったような……」

『――そこにいるのはニンゲン、か』

 今度ははっきりと声がする。しかし声の主の姿はない。



「ええっと、誰だ?」

『お前たちにワシの姿は見えんじゃろうよ。ここじゃ、ここ』

 足元が大きく揺れ出し、鼓動のように脈打つ。

「な、なんだぁ!?」

『お主たちが立っているこの砂漠――この大地そのものがワシの体じゃ』


 三人は再び合流し、声の主の話を聞く。

『ワシはな、かつてこの地を支配していた恵みの竜じゃ。信じられんかもしれんがこの辺りはかつて水と植物で溢れかえっておった』

「全然信じらんねぇ……」

『しかしワシの力も随分衰えてしまった。今ではこの体を起こすことすらままならん。昔はニンゲンがよくやってきたから色々な話を聞かせてやったが、今ではそれも絶えて久しい。ワシが力を取り戻したなら再びこの地に恵みをもたらしてやるんじゃがのう……』


「そうだ、竜のおっちゃん。聞きたいことがあるんだ。この辺りにお宝があるって聞いたんだけど何か知らないか」

『お宝? ニンゲンがそう呼んでいたものならそこら中に落ちているじゃろう』

「この四角くて黒い軽石みたいなやつか」

『ああ、そいつはワシの皮膚片じゃ。お前さんたちは鱗と呼んでいたな』

「鱗!? これ竜の鱗なのかよ! すげーお宝じゃん」

「で、でも竜の鱗ってもっと大きくて重たいってイメージだけどな。そうそう、こんな風にがっしりとして艶があってさ」

 ハルクが地面に突き刺さったひときわ大きな石柱を指し示す。彼が最初に触れたものだった。

『そいつはまだ、とでも言うかな。転がっているのは完全に剥がれて干からびた鱗じゃ。今お主らが触れているのはワシの指先に残っている鱗、ささくれのようなものじゃ』

「ささくれ、ってことは抜いても良いのか?」

『おう、むしろ抜いてもらった方がありがたいわい。皆それを持ち帰っとったわ』

「なるほど、お宝ってのは竜の鱗を言ってたのか」


「簡単に言うけどなっ……これ、めちゃくちゃ硬いんだぜ」

 ハルクが普段から持ち歩いている金属加工用のヤスリで鱗の根本を削っていく。他とは違い、瑞々しく張りのある鱗を削り取るには随分と時間を要した。

「いよしっ、やっと取れたって重たぁ! こんなの引き摺らないと持ち帰れねぇぞ。ウィル、手伝え」

「ぼ、僕も!?」

 二人で鱗に縄をくくりつける。


「なぁおっちゃん。おっちゃんは竜の力を取り戻したら、って言ってたけど何か方法があるのか?」

 キッドの問いに竜は少し間をおいて

『そうさなぁ、世界のどこかにあるという黄金の果実を食せばその力を取り戻せるやもしれんが……』

「だったらオイラが見つけてやるよ、黄金の果実」

 キッドの言葉に二人の手が止まる。


「おいおい本気かよ」

「ああ、親父が言ってたぜ。探検家になりたいなら何か一つ、大きな目標を立てるんだって。砂漠を進む時の杭みたいに道標になってくれるって。だからオイラにとっての目標は黄金の果実だ。よーし、おっちゃんのために必ず見つけ出してやるぜ」

『フォッフォッフォッ、楽しみにしておるぞ』



 ――そして村に戻ると。

「これ、本物の竜の鱗じゃないか! こいつは貴重な代物だ。いいぜ、なんでも交換してやる。どれが欲しい」

「だったら、水と食料をありったけ!」


 一人の少年の冒険の舞台が今、幕を開ける。


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竜の眠る砂漠 いずも @tizumo

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