第6話 必修を落単した大学生
「皆さん、はじめまして。必修科目を担当する、
「この講義では授業のはじめに出席確認をします。では――
「はい」
「はっ?!」
ガタンッ! という大きな音が教室中に響き渡った。当然それほどの音を出せば注目が集まる。音の発信源である、
「貴方、どうかされました?」
「いっ、いえ! なんでもないですっ!?」
「……そうですか」
恭二は一瞬訝しげな顔を浮かべてから、すぐに次の学生を読み上げる。
(なんで美咲先輩が必修授業に!?)
必修授業とは基本的に大学一年生の間に取るものなので、二年生である美咲がこの授業に出席しているのはおかしいはずなのだ。それなのに美咲は、さも当たり前のように今こうして授業を受けている。
(単純に一年生の時に取らなかったのか、単位落としただけなのか……この間の様子もあったし、どっちにしてもあんまりちゃんとして無いのか)
この間、というのは優一が美咲に挨拶をしに行ったときのことだ。あの時、美咲の服装はタンクトップに短パンというかなりラフな格好で、ちらりと見えた部屋は散らかっているように見えたことを覚えている。
ほとんど無いとは思うが、自分からはあまり関わらないようにしようと誓った優一であった。
「この授業ではグループワークをメインに行なっていきます。では、配布しているPDFに従いグループに分かれて座席についてください」
「あ、やっほー。優一くんだっけ」
「なぁっ……!?」
次の日の必修授業。昨日とはまた別の授業のはずなのに、美咲はいた。
「なんだ優一、こんなきれいな人ともう知り合いだったのか」
どうやら同じグループらしく、蓮が二人の間に立つ。
「知り合いというか……」
「お隣さんだよねー」
言い淀む優一に対して、「隠す必要とか無いよねー」という様子で美咲が話す。
「おとっ……! いいなぁ!」
「何も良くない……っ!」
「そうそう、自己紹介をしないとね。私、木村美咲。桜陽大学文学部の二年生でーす」
ためらう様子もなく、あっけらかんと美咲は蓮に自己紹介を済ませた。
「えっ、せんぱっ……えっ」
「あはは、そうなるよねー。優一くんはもう気づいてるかもだけど、一年の必修授業全部落としてるー……みたいな?」
美咲はそう言ってからようやく恥ずかしそうに「ははー」と頭の後ろに手をやる。蓮と優一はというと、美咲になんと声をかければいいのかわからず固まっていた。
「ま、そんな感じで頼りにならない先輩をよろしくね」
「は、はぁ……あ、自分も自己紹介っすね。
へへっ、と少しばかり口角を上げて言った。わかりやすく言えばニヤけていた。
「蓮くん! よろしくね」
蓮の表情を気にした様子もなく、美咲は両手で蓮の手を握る。
「……っ、はい!」
美咲の行動に、先程まで少しばかりニヤけていた蓮の顔が赤く染まった。
(見た目が見た目だし、無理もないか)
美咲は、歩けばどうしても周囲の目を引いてしまうほどの美女である。それは今授業中であるはずの学生たちの視線が、教授ではなく美咲に集まっていることが何よりの証拠であった。
そんな美女に挨拶とはいえ手を握られたのだから、顔を赤くするのも当然の反応だろう。
「――好きです」
「はっ?」
「あー、ごめんね。付き合うとかはしないようにしてるのー」
「ぐはっ」
蓮の突然の告白を、動じることなくあっさりと断った。なんなら優一のほうが驚いたまであった。
「告白なら慣れてるからねー。一応モテるし」
優一の理解が追いついていない様子を見かねたのか、美咲がまるで世間の常識のように話す。きっとその言葉に嘘はなく、告白されるのも振るのも、誰とも付き合わないようにしているのだろう。
「友達から始めても?」
「友達で終わっていいなら」
「うおぉ! 頑張ります!」
「うそぉ……」
優一のことなど忘れたように、蓮は美咲にアプローチをする気満々になったようだ。
「そこ、グループになったのなら席につきなさい」
教授から飛んできた注意の声でようやく、周囲の視線に気がついた。周囲から優一たちに向けられる目線は、冷たいものばかり。
(やってしまった……!)
できる限り波風立てずに大学生活を送りたかったのに、思い切り波風を立てまくっていた優一は、思わず頭を抱えた。
「すみません、気をつけます」
抱えた優一の頭の上から、美咲の声がする。教授の注意に焦っていた優一と蓮に代わって、返事をしてくれたらしい。
「あ、ありがとうございます……先輩」
優一は席についてから、小さな声でそうつぶやいた。
「んーん、私がかわいすぎるのもわるいもの」
バツの悪い表情を浮かべる優一に、美咲は冗談めかしてそう言ってみせた。
しろつめ荘の日常 桜城カズマ @sakurakaz
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